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第47話 招待状

 差出人:夢島リミカ

 件名:依頼

 初めまして。

 公認ストリーマーの夢島リミカです。

 突然のメールで申し訳ないです。

 今日の20時からミラーアースでライブ配信を行う予定なんですが、ペインフルというギルドのプレイヤーから「配信を中止しなければ殺す」という脅迫メールが届いたんです。

 本当は配信を中止するべきなんですけど……期待してくれているファンのみなさんのためにも配信は中止したくないんです。

 そこでアイラさんにペインフルのプレイヤーをキルしてもらえないでしょうか? アイラさんは凄く強いプレイヤーだと聞きました。どうか力を貸してください。





 アイラさんに届いたメール――それはバーチャルタレント「夢島(ゆめしま)リミカ」からの依頼文だった。


「夢島リミカってソムニウムスタジオ所属のバーチャルタレントですよね? 一般のプレイヤーにメールを送るなんて、あり得ないと思うのですが……」


 ソムニウムスタジオは、ソムニウム社が運営するバーチャルタレント事務所だ。大手のバーチャルタレント事務所では、配信者と一般人の私的なやりとりは原則禁止されている。ソムニウムスタジオの人気配信者であるリミカが、こんなメールを送るとは思えない。


「確かに一般人と私的なやりとりをするのはアウトだけど、ゲームシステムを利用して他のプレイヤーに依頼を送った……という体裁ならセーフだろ?」


 ソムニウムスタジオがどんな方針で運営しているのかは知らないが、他の大手バーチャルタレント事務所なら確実にアウトだろう。中の人(・・・)の行動には、事務所側もかなり神経を尖らせているはずだ。


「そもそも送り主が本物の夢島リミカとは限らないだろう。この依頼は罠の可能性が高い」


 レーベンの言う通りだ。このメールは不審な点が多すぎる。仮想世界が発展した今日においても、バーチャルタレントのなりすまし事案は決して珍しいことではない。


「それくらいのことは分かってるよ。だけどペインフルは悪評に事欠かないクズみたいな連中なんだ。ミラーアースじゃ殺人ギルドって呼ばれてる。奴らが本当にリミカを狙っているのだとすれば、放置しておくのは気分が悪い」


 アイラさんは大剣を手にリミカの配信会場へ向かおうとする。自信ありげな表情を見せるアイラさんとは対照的に、私は言いようのない胸騒ぎを感じていた。


「……私も連れていってください」

「駄目だ、メールをもらったのは私だけなんだ。それに『ブルーアースのカスミ』が、夢島リミカのライブ配信に乱入なんてしたら大騒ぎになるだろ? アンタはもっと自分の立場を理解するべきだ」

「それはそうかもしれませんが……」


 ブルーアースから帰還したプレイヤーたちは「カスミ」の顔を知っているはずだ。ライブ配信の視聴者の中に彼らがいないとは限らない。変に騒ぎ立てられたら、私自身が妨害者になってしまう可能性もある。


「もちろん罠だと分かれば手出しはしないさ。ペインフルの連中がリミカを殺そうとするなら話は別だけどな。アンタたちは大人しくリミカの配信を観てればいいんだよ」


 アイラさんは、そう言って配信会場へと駆け出した。私が後を追おうか迷っている内に、彼女の背中は消えてしまった。


「……言って聞くタイプではなさそうだな」


 レーベンは呆れ気味に語った。彼も、アイラさんのような直情的な人間は苦手なようだ。


「仕方がありませんよ。彼女はただゲームを遊んでいるだけなんですから」


 タバスコ味のチョコレートが出てきたところで、ミラーアースはただのゲームに過ぎない――そんな甘い(・・)考え方を私は後悔することになる。





「みんな、リミカチャンネルを観てくれてありがとう! 今日は視聴者参加型のイベントを開催するわよ!」


 夢島リミカの配信が始まった。リミカは、サイレンスシティの外れに設営された野外ステージからライブ配信を行っている。私とレーベンは、シティ中央の大型ビジョンでリミカの配信を視聴していた。


「わざわざゲームの中でバーチャルタレントの動画を配信するんですね……」

「夢島リミカはソムニウムスタジオの配信者だからな。ミラーアース内での配信は、彼女の宣伝も兼ねているんだろう」


 一昔前のバーチャルタレントは、画面の隅に3Dモデルのアバターを配置してビデオゲームの実況を行うスタイルが一般的だった。

 しかし仮想世界の発展に伴い、バーチャルタレントも大きく様変わりしてしまった。とりわけBCSを採用するミラーアースでは、ゲーム内のPCを配信者のアバターとしてそのまま使用することができる。モーションキャプチャーやコントローラーによる操演を行う必要がなくなったのだ。ここまで来ると一般のプレイヤーと配信者を区別することも難しくなってくる。


「これから抽選で選ばれた参加者さんと、新しく実装された大型モンスターを倒しに行きたいと思います! あっ、投げ銭入れても優先で参加できたりしないからそこんところよろしくね〜」


 夢島リミカはミラーアース内で活動しているバーチャルタレントだ。輝きを放つ紫色の長髪と桜色の瞳。白い羽衣のようなドレスが浮世離れした印象を与える。リミカのコスチュームはソムニウムスタジオが用意した物ではなく、リミカ自身がデザインしたゲーム内アイテムらしい(ミラーアースにはプレイヤー自身がアイテムをデザインできるシステムがある)。


「えーと……はいっ! 抽選で選ばれたのはクロスさんとテツジさんです!」


 参加者の抽選が終わり、ステージの上に二人の男性プレイヤーが上がってきた。


「クロスです……よ、よろしくお願いします」

「俺、テツジっていいます。リミカさんと一緒にゲームが遊べるなんて最高です!」


 憧れのバーチャルタレントを目の前にして二人は舞い上がっているようだ。テレビやパソコンのモニター越しにアイドルを眺めていた時代が、遠い昔のように感じてしまう。


「それじゃあ、早速だけど悪いモンスターをやっつけに行こう! あ、参加できなかった人たちはステージのモニターで観戦してね。邪魔しちゃだめよ〜」


 案内役のスタッフに連れられて、リミカと二人の参加者はモンスターが出現するエリアへと移動を始めた。当然のことだが、周囲のエリアはソムニウムスタジオの警備員が見張っているため、無関係のプレイヤーが乱入することはできなくなっている。


「こんな状況で本当にペインフルは現れるんですかね?」

「ペインフルについては私も知っている。彼らはゲーム内で初心者狩りやハラスメント行為を繰り返している危険なギルドだ。何を仕掛けてくるかは分からないぞ」


 そんな危険な連中が野放しにされている時点で、このゲームは色々とおかしいんじゃないか……


 しばらくすると、リミカたちはモンスターが潜む廃工場にたどり着いた。工場に残されていた蜘蛛型の自律兵器が次々に起動する。


「雑魚モンスターめ! 私の剣を受けなさい!」


 リミカはファルシオンを手に自律兵器の群れへと突撃した。武器の重量を活かした上段からの斬撃で、自律兵器を一刀両断にしてみせる。


「リミカさん、一人で戦うのは危険です!」

「ここは俺たちに任せてください!」


 クロスとテツジは、突出したリミカをフォローしようとする。しかし二人がモンスターに近づく前に、リミカは自律兵器の群れを全滅させてしまった。


「す、すごい……」

「リミカさん、流石です!」


 リミカの活躍に興奮する二人だが、私は自律兵器の動きに違和感を覚えていた。


「おかしいですね……あの自律兵器、リミカが近づいても攻撃していないように見えました」

「うむ……もしかすると配信用にAIが調整されているのかもしれないな」


 この手の演出(・・)はどこでも行なわれているものだ。バーチャルタレントに限ったことではない。ゲームのプレイヤーとしては、いささか不満は残るが。


 リミカたちは、出現する自律兵器を殲滅しながら廃工場の奥へと進む。最深部には、大型のボスクラスモンスターが待ち構えていた。


「現れたわね……ラスターゴーレム!」


 リミカが剣を向ける先には、鏡のように輝くゴーレムタイプのモンスターが仁王立ちしていた。


「あのモンスターは……!」


 テクスチャこそ変更されているものの、ラスターゴーレムの体躯(たいく)は、ブルーアースで戦ったアビスゴーレムそのものだった。


「モンスターのデータを使い回しているようだな」


 レーベンもラスターゴーレムの正体に気づいたようだ。どういう訳かは不明だが、ソムニウム社はブルーアースのモンスターのデータを所有しているらしい。


「ソムニウムにはレグナントの関係者もいると聞きましたが……」

「わざわざモデルを作り直したとは思えないな。作業工程を減らすためにテクスチャだけを変更して、新しいモンスターとして実装したのだろう」


 アビスゴーレムは、月鉱石(げっこうせき)を使用した武器でしかダメージを与えられないモンスターだった。大陸平定団の団員が何人も殺害された光景を昨日のことのように覚えている。


 起動したラスターゴーレムはリミカにヘイトを向け、右腕を振り下ろしてくる。しかし、その動きはアビスゴーレムに比べれば幾分緩慢なものだ。


「遅いわね!」


 リミカはバックステップでゴーレムの拳を回避すると同時に、ファルシオンをゴルフクラブのように振り上げる――斬撃を受けたゴーレムの右腕はあっさりと切断されてしまった。


「あれ? あのゴーレム、あんまり強くないみたいですね」


 ラスターゴーレムはアビスゴーレムほどの強敵ではないようだ。リミカの動画配信を考慮しているのかは不明だが、普通のプレイヤーでも倒せるようにステータス調整が行われているのだろう。


「我々が参加したブルーアースはベータテストだったんだ。バランス調整も十分に行われていなかったんだよ」

「それって管理者(・・・)の怠慢ですよね……」


 私たちがブルーアースの記憶を思い起こしている間に、ラスターゴーレムはリミカたちによって倒されてしまった。


「こんなモンスターじゃ私たちは倒せないわよ!」

「リミカさん、かっこいいです!」

「僕たち、ほとんど見てるだけでしたね……」


 ゴーレムを討伐したリミカたちは意気揚々とステージへ帰還しようとする。

 しかし、リミカたちの行く手に黒い人影が現れた。


「あのプレイヤーは……」


 レーベンが、大型ビジョンに映る一人のプレイヤーを凝視した。黒い覆面と防弾ベストを身に着けた物々しい出で立ちの男性PCだ。そいつが招かれざる客であることは誰の目にも明らかだった。


「……間違いない、あれはペインフルのメンバーだ」

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