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第46話 悪戯

「レーベン……情報屋風情が、なぜ私の邪魔をする?」


 アイラがレーベンを睨みつける。どうやらレーベンは、ミラーアースでも情報屋として知られているらしい。


「君はキル数ランキングトップのアイラだな。気に入らない相手を見つけては、PKを繰り返しているようだな」

「いけないかよ? ミラーアースは元々そういうゲーム(・・・)だろ?」

「……君のプレイスタイルに口出しをするつもりはない。だが、そこにいる『カスミ』を殺されては困るのでな。今回ばかりは邪魔をさせてもらった」


 レーベンは投擲用のナイフを手に、アイラを威嚇する。レーベンの技量であれば、アイラが大剣を構えるよりも先にナイフを命中させることができるはずだ。


「ちっ……こんな偽者に守る価値があるっていうのかよ」


 レーベンを敵に回すことを嫌ったのか、アイラは悪態をつきつつも剣を収めた。


「君の目は節穴か? 君が戦ったカスミは偽者ではない。私が彼をここに呼んだんだ」

「……どういうことだ?」

「詳しいことはサイレンスシティで話そう。君も聞いて損はない話だからな」


 レーベンと合流した私は、アイラを連れてサイレンスシティへと向かった。アイラが後ろから攻撃してこないか心配だったが、流石に街の中では彼女も手出しはしてこなかった。


 サイレンスシティは、ブルーアースの拠点に比べるとかなり近代的な街並みだ。舗装された道路や高層ビルが立ち並ぶ光景は、現実世界のそれとさほど変わらない。

 一方で相変わらずプレイヤーが搭乗できる乗り物は存在しない。帰還した後に知ったことなのだが、ブルーアースで乗り物が存在しなかったのは、レグナントによる意図的な調整だった。移動手段に制限を設けることで、アイテムの輸送や長距離移動に戦略性を持たせたかったらしい。ミラーアースもブルーアースと同じ開発コンセプトを受け継いでいるのだろう。


 街に入った後、レーベンは私とアイラを表通りにあるカフェのテーブルに座らせた。


「レーベン、この女は本当にブルーアースのカスミなのか?」


 アイラがレーベンに詰問する。未だに疑いは晴れていないらしい。


「その通りだ。私はブルーアースに閉じ込められた際に、カスミと直接会ったことがある。見間違えるはずもない」

「だが、ミラーアースはゲームなんだぞ。他人に似せたPCを作ってログインすることだってできるだろう?」

「ミラーアースは、ブルーアースと全く同じキャラクター作成システムを採用している。プレイヤーの深層心理を解析し、唯一無二のPCを生成するんだ。他人になりすますことなど不可能だよ」


 ブルーアースとミラーアースで同じPCが生成される……目の前のレーベンが3年前と同じ姿をしているのもそれが理由か。


「本当かよ……」


 レーベンの話を聞いて、アイラの目の色が変わった。すると突然、彼女は私の手を握ってきた。


「わわっ!」


 BCSを通じて柔らかな女性の手の温もりが伝わってくる……この温もりは錯覚なのだろうか。


「さっきはすまなかった。ネットでずっとアンタの情報を追いかけていたんだ。まさかミラーアースで本物のカスミに会えるとは思わなかったよ」


 私を殺そうとしたPK――アイラさんは態度を一変させた。彼女が私をキルしようとしたのは、「偽者のカスミ」が存在することを許せなかったからなのだろう。もっとも、本物(・・)のカスミなんてどこにも存在しないのだが。


「ブルーアース事件の首謀者……屋島宗太郎を倒したって話は本当なのか?」

「……ええ、事実です」


 屋島宗太郎――それは思い出したくない名前だった。現実世界の身体を捨てた奴は、もはや人間ではなかった。あれ(・・)は悪意によって心を蝕まれた怪物だったのだ。


「マジかよ……ここじゃアンタの名前を知らない奴はいないよ。ブルーアースに閉じ込められたプレイヤーたちを救い出した英雄だと言う奴もいる」

「私は英雄ではありません。ブルーアースのプレイヤーたちが帰還できたのは、現実世界の人々の助けがあったからです。それに……私は一人で戦っていたわけではありません」

「三麗騎士のことか。ブルーアースの真実にたどり着いた三人のプレイヤー……アンタがその内の一人だとはな」


 私が宗太郎を倒した後、プレイヤーたちが現実世界に帰還するまでには1年の月日が必要だった。その間にもメタバース管理局によってブルーアース内の調査が行われ、事件の真相は現実世界の人々にも知れ渡ることになった。


「三麗騎士か……サクヤとレイカは変わりないか?」


 レーベンが遠くを見るような目で尋ねてきた。「三麗騎士」という通り名を私たちに与えたのは、他ならぬ彼自身であった。


「変わりがない、と言えば嘘になりますね。今のお二人は現実世界で生きることに専念されているので……」


 本当であれば、私もここに来るはずはなかった。ブルーアースを否定した私には、現実と向き合って生きていく義務が課せられているのだ。


「……今回は突然呼び出してすまなかった。だが、どうしても君に話しておきたいことがあったんだ」

「この世界――ミラーアースについてですね」

「そうだ」


 そう言って、レーベンは一粒のチョコレートを差し出してきた。


「今度はチョコレートですか……」


 ブルーアースの不味(まず)いクッキーの味が(よみがえ)る。あれはもう二度と口にしたくない。


「食べてみてくれ」

「嫌ですよ……」


 チョコレートはブルーアースには存在しなかったアイテムだ……何か嫌な予感がする。


「あー、そのチョコレートってさ、タバスコ味のやつだろ?」

「タバスコ味!?」


 アイラさんの口から恐ろしい言葉が出てきた。ミラーアースには、そんなおぞましいアイテムが存在するのか?


「元々このゲームのチョコレートには味がないから、みんな文句を言ってたんだ。でも、なぜか1週間前から急にタバスコの味がするようになったんだよ」

「まさか、そんな……」

「でさ、結局誰もチョコレートを食べられなくなったんだ。運営に問い合わせても『仕様です』の一点張りさ」


 あり得ないことが起きているのは分かる。だが、その前に――


「レーベンさん、私にそんな恐ろしいものを食べさせようとしたんですか?」

「すまない。口で説明するよりも、食べてもらった方が早いかと思ってな」


 レーベンはわざわざ水まで用意していた(水を飲んだと錯覚させれば、タバスコの辛味を抑えられると考えたらしい)。悪気がないことは分かるが、もっと別の方法があったのではないだろうか。


「あなたが仰っしゃりたいことはよく分かりましたよ……」

「そうだ。ミラーアースでは、かつてのブルーアースのような仕様外の現象が発生している」

「開発スタッフにタバスコ好きがいたんじゃないですか?」

「VR技術の研究者にも話を聞いているが、現在の技術で食品の味を再現することは極めて困難であるとの結論だ」


 チョコレートはミラーアースで追加されたアイテムだが、味までは再現されていなかった。ソムニウムには、食品の味を再現する技術はなかったのだ。


「ですが、ブルーアースでは……」

「そうだ、ブルーアースでは再現できていたんだ。そして、それを実現できた人間を私は一人しか知らない」



「……屋島宗太郎」



 まさか……奴がまだ生きているのか?


「だが、宗太郎はこんな悪戯じみたやり方を好む人間ではなかった。仮にチョコレートに味を設定するのであれば、チョコレートそのものの味を再現しようとするはずだ」

「宗太郎と同じことができる人間が他にもいると?」

「宗太郎が完全に消滅したと仮定するのであれば、そうとしか言いようがない」


 宗太郎はレーヴァテインの効力によって完全に消滅したはずだ。となると、今回の悪戯を仕組んだのは誰だ?


「……ん? 誰かからメールが届いたみたいだ」


 アイラさんがPDA(携帯情報端末)を手にしていた。ミラーアースでは、ゲーム内で他のプレイヤーとメールのやり取りができるようになっている。


「ひひっ……」


 メールを読んでいる最中、アイラさんが薄ら笑いを浮かべた。


「アイラさん? どうしたんですか?」


 アイラさんが私にメールの文面を見せてきた。そこに書かれていたのは――


「アイドルからの『ファンレター』だよ」

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