第45話 鏡の世界
ミラーアースにログインすると、新規登録者向けのアンコモン武器が用意されていた。ミラーアースがサービスを開始してから、既に半年が経過している。ソムニウム社も新規プレイヤー獲得に躍起になっているのだろう。ビギナーにアンコモン武器を配布するのは、ゲーム序盤を楽にクリアさせて、既存プレイヤーに追いつかせるための措置だ。相変わらず武器の種類は多いが、やはり魔法は使えない。
私が受け取ったのは、黒い刀身を持つ打刀だ。鞘も無機質な工業製品を思わせるデザインに仕上がっている。ミラーアースはSF寄りの世界観なので、カーボン素材を意識しているのだろう。個人的には、もう少しクラシックなデザインの方が好きなのだが、文句は言っていられない。
防具は3種類の初期装備が用意されている。困ったことに女性用防具は、いずれもスカートタイプの防具だ。亜弥子さん……サクヤさんには申し訳ないが、私は青と黒のツートンカラーの戦闘服を選択し、追加でタイツを装備した。
ベレー帽は……課金装備? ソムニウムはレグナント以上にがめついみたいだな。頭部に何も装備しないのは寂しいので、汎用アクセサリーのヘアピンで手を打とう。
初期装備選択後、私は荒野の真ん中に転送された。レーベンが待ち合わせに指定したのは、ミラーアース内のサイレンスシティだ。サイレンスシティにたどり着くには、チュートリアルミッションをクリアする必要がある。
辺りを見回していると、いきなり地中から2体のモンスターが出現した。ジャンクソルジャー……ガラクタを繋ぎ合わせて作られた人型のモンスターだ。
2体のジャンクソルジャーは軋みを上げながら突進してくる。だが関節が錆びついているのか、その動きは非常にぎこちないものだ。初心者に倒されるために作られた哀れな標的だった。このモンスターを倒せばチュートリアルはクリアだ。
私は抜刀術の構えを取る。BCSによるPCの操作は、脳波コントロールシステムと同じ仕組みだ。「カスミ」の身体は脳内のイメージ通りに動く。だが、左手に鞘を握る感覚があることに私は一瞬たじろいだ。
(落ち着け……ゲームの中に取り込まれたわけじゃない)
BCSから脳に送られてくる情報は、私がゲームの中に入ってしまったかのように錯覚させる。かつてのブルーアースのように――
(ここはブルーアースじゃない!)
私は抜刀術を発動させ、前方に迫っていたジャンクソルジャーの1体を斬り伏せた。続けて打刀を両手で振りかぶり、2体目のジャンクソルジャーも斬り下ろす。
(なんだこの感覚は……)
このゲーム――ミラアースは明らかにブルーアースを再現したものだ。武器やモンスターの見た目が変わっていても、あの世界に閉じ込められていた私には、それがはっきりと分かった。
(なぜこんなものを作る必要がある?)
かつてブルーアースで戦った最強のプレイヤー「アルマ」は、ブルーアースが重大な事件を起こしたゲームとして抹消されることを予想していた。
確かにブルーアースは、その存在を抹消された。それが正しいことだとプレイヤーたちは信じていた。ブルーアースの実態はゲームではなく、現実世界を否定するためのシステムだった。ブルーアースは存在してはいけない世界だったのだ。
だが私たちの想いとは裏腹に、現実世界の人々はミラーアースを作ってしまった。人々の心は、幻像の世界に取り憑かれているとでもいうのか――
「おい、そこのお前――」
ジャンクソルジャーを破壊し、立ち尽くしていた私に誰かが声をかけてきた。
「金髪碧眼の打刀使い……お前、『ブルーアースのカスミ』のなりすましか?」
振り返った先にいたのは、ウルフカットの金髪の少女だった。PC名はアイラ――背格好は私に似ているが、髪は私よりも黄色味が強く、瞳の色は真紅だ。赤と黒の戦闘服に、身の丈を超える大剣を装備していた。
「『なりすまし』とはどういう意味です?」
「そのままの意味に決まってんだろ。こんなところにブルーアースのカスミがいるわけない。お前は偽者なんだろ?」
どうやら彼女は、私を「カスミの偽者」だと思っているらしい。おかしな難癖をつけられたものだ。
「私が偽者? だったらなんだというんです?」
「不愉快なんだよ……お前みたいな卑怯者は!」
「――!」
アイラは敵意をむき出しにして私に襲いかかってきた。私は振り下ろされた大剣をすんでのところで避ける。
「何をするんですか!」
「消えちまえよ!」
アイラの攻撃には明確な殺意がこもっていた――彼女は正真正銘のPKだ。アイテムを奪うためでもなければ、正義のためでもない。ただプレイヤーをキルすることだけに意義を見出しているかのようだった。
私は打刀を納刀し、大剣の攻撃範囲外に逃れる。大剣は一撃でPCをキルできる威力があるものの、攻撃後に大きな隙が発生する。そこを狙って反撃を加えれば十二分に勝機はある。
「逃げるな! 臆病者!」
アイラは大剣を大きく振りかぶり、こちらに向けて飛び込んでくる――至って単純な攻撃だ。私は身体を右に動かして大剣を回避すると同時に、抜刀術を発動させた。右手で振り抜いた刀身がアイラに向かう――
「なめるなよ!」
「何っ!?」
アイラは大剣を握ったまま左足で私の右手を蹴り上げ、打刀の軌道を逸らしてきた。対人戦闘に慣れていなければ思いつかない芸当だ。
(ログインして早々、こんなPCに出会うとはな)
私は再度後退して距離を取る。お互い同じ手は通じない――私とアイラはしばし睨み合った後、同時に突撃した。
(次の攻撃で勝負を決める!)
目の前にいるアイラは、ゲームに興じる少女でしかない。彼女のような人間に偽者呼ばわりされた挙句、敗北することなどあってはならないのだ。私はすれ違いざまに抜刀術を発動させようとした――
「二人ともそこまでにしろ!」
突然、私とアイラの間にナイフが飛んできた。私たちは反射的に動きを止めてしまった。
「どこのどいつだ! 私の邪魔をする奴は!」
アイラが叫びを上げる――その視線の先には見覚えのある人物が立っていた。
「レーベンさん……」
「久しぶりだな、『ブルーアースのカスミ』」




