第42話 幻想のヒーロー
西橋鈴花はどこにでもいる普通の女子高生だった。クラスでいじめが起きても見て見ぬ振りをし、街で不良に絡まれている同級生を見つけても素知らぬ顔をして過ごしてきた。
でも鈴花には秘密があった。彼女の心にはいつもヒーローがいたのだ。目の前で苦しんでいる人々を助けてくれる正義のヒーロー「レイカ」だ。
鈴花は現実の人々を助ける代わりに、心の中のレイカに救いを求めた。レイカは鈴花の代わりに悪人と戦い、人々を救ってくれた……そんなわけがないだろう。
鈴花は知っていた。ヒーローがどこにもいないことを――幻想であることを知っていた。
世界は悪意で溢れている。だけど、悪意と戦ってくれるヒーローはどこにもいない。彼女は弱い人間として、息を潜めて生きることしかできなかった。
鈴花に転機が訪れたのは、ブルーアースのベータテストに参加したことだった。仮想世界であるブルーアースでは、誰もが理想の自分になれると喧伝されていた。
鈴花は、すがるような思いでブルーアースにログインした。ブルーアースのAIは、鈴花の心の中にしかいないはずのレイカを具現化してくれた。鈴花はゲームの中で理想の自分に――レイカになろうとしたのだ。
ブルーアースは、鈴花の望みを叶えてくれる夢の世界になるはずだった。しかし、プレイヤーたちがログアウトできなくなったことで状況は一変した。ブルーアースは無法地帯と化し、プレイヤーたちは瞬く間に「悪意」という名の病に感染していった。
レイカに選択の余地はなかった。悪意が蔓延する世界を生き抜くためには、悪人と戦うしかなかった。彼女は弱者が悪意の獲物にしかならないことを知っていたのだ。
レイカは自ら作り出した銀の槍を手に、次々と悪人を殺していった。それは正義のための戦いではなかった。彼女は自分の心が抱える悪意への恐怖を打ち払うために戦っていたのだ。
そして、いつしかプレイヤーたちはレイカを「銀の殺し屋」と呼ぶようになった。それは、鈴花が望んでいたヒーローの姿とは程遠いものだった。
だが、レイカに戦いをやめることはできなかった。悪人どもは何度殺しても復活し、悪事を繰り返した。現実であろうと仮想世界であろうと人間の本質は変えられない。レイカにできることは、悪人どもが音を上げるまで「死の痛み」を与え続けることだけだった。
理想を見失ったレイカが、カスミと出会ったのは必然だったのかもしれない。レイカは、サクヤを守るために戦うカスミの姿を見て、自分が求めていたヒーローの姿を思い出した。正しき心を持って戦うヒーローの姿を――
『あなたは正義の味方か?』
――答えるまでもない。
レイカは幻想のヒーローではなくなった。悪意と戦う戦士の心に、もう迷いは残っていなかった。




