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第40話 真実

 扉を開けた先には、下の階層に降りるための階段が用意されていた。明かり一つない暗闇の中、私たちは階段を降りていく。


「出口が見えたぞ」


 先行していたレイカさんが出口にたどり着いた。


「なんなんだ、ここは……」


 そこは壁一つない地平線が広がる白い空間だった。入口となる階段の部分にだけ、空間に穴があいている。


「なんでこんなところに家具が……」


 サクヤさんが指した先には家具が設置されていた。ブルーアースの世界観には、およそそぐわない現実世界の家具だ。ソファーにリビングテーブル、キッチンまで用意されている。少し離れた場所には書斎用のデスクや本棚も設置されており、さながらモデルルームの一角を切り取ってきたかのような異質な空間だった。

 それぞれの家具には使用された形跡がある。誰かが生活をするために用意された部屋のようだ。



「やあ、みんな! 僕の部屋へようこそ!」



 階段を降りた私たちの後ろから、何者かが声をかけてきた。


「その声はまさか……」


 サクヤさんが振り返った先には、白いシャツにジャケットを着た男が立っていた。


「兄さん!?」

「久しぶりだね、亜弥子(あやこ)


 私たちに声をかけてきたのは、サクヤさんの兄、屋島宗太郎だった。


「私の名前を……本当に兄さんなんですね!」

「そうさ、君たちがここへ来るのを待っていたんだ」


 死んだはずの宗太郎が私たちを待っていた……あり得ないことが起きている。


「今回はブルーアースのベータテストに参加してくれてありがとう! ベータテストで得られたデータは、今後のブルーアースの運営に役立てさせてもらうよ」


 宗太郎は満面の笑みで私たちを迎えた。サクヤさんは目の前で起きていることが飲み込めず、唖然としていた。


「屋島宗太郎、あなたがブルーアースの管理者なのですか?」


 私は疑問をぶつけた。宗太郎が事件に関わっていることは予想していたが、管理者である可能性までは予測できていなかった。


「管理者……レーベンの言葉か。ブルーアースというシステムを創り出し、管理している立場としては言い得て妙だね」

「ブルーアースを開発したのはレグナントなのでは……」

「厳密に言うとその認識は間違いだ。レグナントが開発していたのは単なるゲームとしてのブルーアースに過ぎない。今、君たちがいる世界……新しい世界としてのブルーアースを創ったのは僕なんだよ」


 今回の事件はレグナントが引き起こしたものではなかった。全ては宗太郎の意志に基づく計画だったのだ。


「新しい世界……」

「そうとも、僕は最初から現在の仕様のブルーアースを創ろうとしていたんだ。クッキーを食べても味がしなきゃつまらないだろう? だけどレグナントの連中は単なるゲームを作ることにしか興味がなかった。だからベータテストが開催される直前にシステムに手を加えたんだよ」


 カイルは、宗太郎が死亡する直前にシステムに手を加えたと話していた。あの話は事実だったようだ。


「……兄さん、あなたには聞きたいことがたくさんあります。ですが、その前に私たちを現実世界に帰してください」


 サクヤさんは神妙な面持ちで、現実世界への帰還を求めた。



「残念だが、それは不可能だ」



 宗太郎は妹の願いを一蹴した。


「不可能って……どうしてですか!?」

「今の君たちはブルーアースのサーバーに保存されている『精神データ』なんだ。最初から帰るべき世界なんてものは存在しないんだよ」


 ――私たちが精神データ?


「う、嘘だ!」


 レイカさんは血相を変えて反論した。


「嘘なんかじゃないさ。ベータテストの初日、頭に激しい痛みが走ったのを覚えているだろう? あの時、HMDに搭載されていた『メンタルディバイドシステム』が、君たちの脳から人格と記憶をデータとして抽出し、ブルーアースのサーバーに保存したんだよ」


 メンタルディバイドシステム――それこそが脳波コントロールシステムの正体だった。宗太郎は表向きはVRゲーム用のシステムを開発しながら、密かに人間の精神をデータとして抽出するシステムをHMDに搭載していたのだ。


「ちょっと待て、だったら現実世界の私たちはどうなったんだ……」

「脳から精神データを抽出された結果、『抜け殻』になっているよ。世間的にはブルーアースのベータテストは、致命的なバグが原因で中止されたことになっている」

「抜け殻だと……」


 その言葉に背筋が凍りつくのを感じた。


「まさか、ゲーム中に昼寝でもしてるつもりだったのかい? 現実世界の人間どもは君たちを死んだも同然に扱っているよ。抜け殻が『処分』されてしまうのも時間の問題だろうね」


 血の気が引くような恐ろしい言葉を宗太郎は平然と言い放った。


「カスミ、サクヤ、こいつの言うことを信じるな。こいつは私たちをこの世界から出したくないんだ。だからデタラメなことばかり言ってるんだ」


 レイカさんは宗太郎の言葉を真っ向から否定する。しかし、宗太郎は余裕の表情を崩さない。


「本当にそうかな? 現実世界で既に死亡している僕が、君たちの目の前にいることに疑問を抱かないのかい?」

「まさか……」


 私はようやく気づいた。死んだはずの宗太郎が目の前にいる理由を――


「そうだよ。僕は死亡する直前にメンタルディバイドシステムで精神データをブルーアースのサーバーに保存したんだ」

「待ってください、兄さんがレグナントの開発室に火を付けて自殺したという話は本当だったんですか?」

「事実だ。精神データさえ抽出してしまえば、現実世界の僕の身体は不要だからね。邪魔になった資料と合わせて処分したんだよ」


 全ては宗太郎の思惑通りだった。宗太郎は自分の身体と計画に関する資料を焼却することで、誰にも本当の目的を悟られることなく、計画を実行できたのだ。


「兄さんが亡くなった後、ブルーアースのHMDが届いたのは……」

「僕が手配しておいたんだよ。亜弥子にブルーアースにログインしてほしかったんだ。僕の死の謎を追ってここまで来てくれたんだろう? 君は本当にいい妹だよ」


 サクヤさんは自らの意志でブルーアースにログインしたつもりでいたが、それすらも宗太郎の計画の内だった。イースターエッグとして用意されていた幻灯機のギミックも、サクヤさんがその秘密を解き明かすことを前提に仕組んだものだったのだ。


「そんな……私には兄さんが何をしようとしているのか理解できません」


 突きつけられた真実を前に、サクヤさんは動揺を隠すことができない。兄の無実を信じていた彼女にとって、宗太郎の所業は裏切りにも等しいものだった。


 困惑するサクヤさんに対し、宗太郎は突如として険しい顔を向けた。


「……亜弥子、7年前に父さんと母さんを通り魔に殺された日のことを忘れたわけではないだろう?」

「それは……」


 7年前、都心で14人の犠牲者を出した大きな通り魔事件があった。犯人は逃走中に自動車と衝突して死亡し、犯行動機は一切不明と報道されていた。


(サクヤさんの両親はあの事件の犠牲者だったのか……)


「あの日から君は外に出ることを怖がり、家から一歩も出られなくなった」

「……」


 サクヤさんは何も答えずに俯いていた。


「僕はあの日からずっと考えていたんだ。現実は理不尽なことが多すぎる。誰も管理できない世界そのものに問題があるんじゃないかって。そこで、メタバースに目を付けたんだ。メタバースに人間の精神を移植し、管理可能な新しい世界を完成させる。それこそがブルーアースを創った目的なんだ……もう現実世界にこだわる必要はない。君たちはこの世界で永遠に生き続けることができるんだ」


 ……データとして永遠に生き続ける。それはもはや人間とは呼べないのではないか。


「ふざけるな! 誰もそんなこと頼んでない!」


 レイカさんは怒りの形相で、宗太郎に向けて槍を投げつけた。宗太郎がサクヤさんの兄であろうと、容赦できるはずもない。悪意の根源たる宗太郎は串刺しになり、絶命した。


「おいおい、乱暴なことはやめてくれよ」

「馬鹿な……!」


 だが、死んだはずの宗太郎が階段から降りてきた。レイカさんが倒したはずの宗太郎の死体は、いつの間にか消えていた。


「ブルーアースのルールを忘れたわけではないだろう? PCは何度殺されても復活できるんだ」

「だったら、お前の心が折れるまで何度でも殺してやる!」


 レイカさんは槍を拾い、宗太郎に向けて突進する。戦意を失わないレイカさんを相手に、宗太郎は冷めた表情を見せた。


「君は自分の立場を理解できていないようだね……」


 宗太郎の手から突然レーザーライフルが出現した。発射した瞬間に命中する光学兵器――あんなものはブルーアースに存在しないはずだ。宗太郎はレイカさんに向けてレーザーライフルの引き金を引いた。


「ぐあぁぁ!」


 レイカさんがいかに優れた戦士だとしても、光速で飛来するレーザーを(かわ)すことは不可能だった。レーザーで身体を撃ち抜かれたレイカさんはその場に倒れてしまった。


「兄さん! やめてください!」


 瀕死のレイカさんを庇うように、サクヤさんは宗太郎の前に立った。


「心配する必要はないさ。何度死んでも復活できるんだから」

「兄さんのやっていることは間違っています! こんな世界は誰も望んでいません」

「そんなことはないだろう。元々ブルーアースはゲーム……現実逃避の道具として作られた世界だ。人間がゲームを遊ぶのは現実から逃げるためだろう? 僕はみんなの夢を実現させたんだ。永遠にゲームの世界の住人になれるという夢をね」


 永遠にゲームの世界で生きる――それは夢ではなく悪夢だ。


「あなたは……あなたは兄さんなんかじゃない!」


 サクヤさんは強い意志を込めて言い放った。


「なんだって?」

「本当の兄さんは現実から逃げたりするような人じゃなかった。父さんと母さんがいなくなったときも、私を守ってくれた。兄さんだって辛いはずだったのに……」


 両親を亡くしたサクヤさんにとって、宗太郎は唯一の家族だった。兄を大切に想う気持ちがあったからこそ、彼女はブルーアースで宗太郎の死の謎を追ってきたのだ。


「亜弥子……どうして僕の気持ちを理解してくれないんだ。僕は君のためにブルーアースを創り出したんだ」

「私のため?」

「ああ、そうさ。家から出られなくなった君を救いたかったんだ。この世界ならなんだってできる。今の世界が気に入らないなら、また創り直せばいい。僕と一緒に新しい世界を創るんだ……」


 宗太郎はサクヤさんに手を差し伸べ、一歩ずつ近づいていく。人間の領域を超え、「管理者」と化した宗太郎に、もはや人の心は残っていなかった。


「やめて……もうやめて」


 サクヤさんは兄を救う術がないことを悟り、膝から崩れ落ちてしまった。



「やめろ! それ以上サクヤさんに近づくな!」



 世界の全てを支配する管理者を相手に、私は最後の戦いを挑んだ。

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