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第38話 覚悟

 私たちはランタンを手に、アルマが立てこもった地下訓練場へと足を踏み入れた。訓練場はいくつかの部屋に分かれている。アルマが待ち構えているのは4人用の部屋だ。


「気をつけろ。奴が罠を仕掛けているかもしれない」


 レイカさんは周囲を警戒していた。薄暗い地下訓練場は、罠を仕掛けるには絶好の場所だ。アルマが数的不利を覆すために、罠を用意している可能性は否定できない。

 だが、レイカさんの予想に反して罠の類は設置されていなかった。アルマが立てこもった部屋の入口にだけ、壁掛けの松明(たいまつ)が設置されている。まるで挑戦者を導いているかのようだ。


「扉を開けるぞ……」


 レイカさんがゆっくりと部屋の扉を開けた。

 眼前には平坦なフィールドが広がり、障害物は存在しない。訓練場と言うよりも、闘技場と呼ぶに相応(ふさわ)しい場所だ。


「三麗騎士……やはり君たちが来たか」


 アルマが私たちを待ち受けていた。ただ一人、武器も持たずにフィールドの中央で(たたず)んでいる。既に108人のプレイヤーと戦っているにもかかわらず、疲れの色は見えない。その表情は絶対的な自信をうかがわせた。


「私を殺しに来たのだろう? さあ、早く武器を取りたまえ」


 アルマは挑発的な態度を取った。彼は、私たちに先に手を出させようとしている。自分から動かないのはスタミナの消耗を抑えるためか?


「アルマ……私たちの目的はあなたを倒すことではありません。あなたが奪ったイースターエッグを取り戻すことです」

「そうか、では力ずくで奪えばいい」


 アルマは不敵な笑みを崩さない。あくまでも私たちと戦うつもりのようだ。


「あなたは間違いなく最強のプレイヤーだ。正しき心があれば、本物の英雄になれたかもしれないのに……」

「私が英雄に? ……ははっ、ははははっ!」


 私の言葉を耳にした途端、アルマは狂ったように高笑いを上げた。その豹変ぶりに私たちは言葉を失ってしまった。


 アルマはしばらく笑い声を上げた後、突然顔を下に向けたかと思うと、静かに語り始めた。


「……君は、現実世界の私がどんな人間だと思う?」

「え……」


 アルマは思い詰めた声で私に問いかけてきた。


「現実世界の私は交通事故が原因で身体を動かすことができなくなったんだ……他人の助けがなければ、満足に生きることすらできないんだよ」

「そんな……!」

「だが、ブルーアースでは自由に身体を動かすことができる……誰よりも強く戦うことができる」


 確かにブルーアースの脳波コントロールシステムであれば、現実世界の身体を動かさずともPCを操作することができる。ブルーアースは、アルマにとって自由を得ることができる唯一の手段だったのだ。


「まさか、あなたは……」

「そうだ……私は最初から現実世界へ帰還するつもりなんてないんだよ。君たちがこのゲームのクリア方法を見つけ次第、それを妨害することが私の目的だったのだ」


 レーベンはアルマの正体を語ることを躊躇(ちゅうちょ)していた。彼はアルマの目的に気づいてしまったのか……


「待ってください! たとえ私たちが現実世界に帰還できたとしても、あなたが最強のプレイヤーであることに変わりはありません。アルマ、考えを変えてください!」

「それはできない……もし、君たちが現実世界に帰還してしまえば、ブルーアースは重大な事件を起こしたゲームとして存在を抹消されてしまうだろう。そうなれば私は何もできない人間に戻ってしまう……」


 ブルーアースが抹消される――それはすなわち、最強のプレイヤーとしてのアルマの存在そのものが失われてしまうことを意味していた。


「そんな……そんなことは……」

「現実世界に帰還したいのであれば、私を倒せ。私は何度でも、何人とでも戦うつもりだ」


 アルマは本気だった。彼は自分の存在意義を守るため、プレイヤー全員に戦いを挑んできたのだ。


「カスミ、こいつに何を言っても無駄だ。アルマは既に覚悟を決めている」

「分かっています。ですが……」

「戦うことを躊躇するな。迷いを抱えたままでは奴に勝てない」


 レイカさんは槍を構え、戦闘態勢をとる。しかし、アルマは微動だにしない。武器を手にする素振りさえなかった。


「感謝するぞ、銀の殺し屋(シルバーマーダー)。君は私のことを理解してくれたようだな」

「理解? そうだな、今の私にははっきりと分かる……お前が倒すべき敵だということがな!」


 レイカさんはアルマに向けて槍を投擲した。銀の槍は一直線にアルマに向かって飛んでいく。

 だが、槍はアルマに命中する寸前に弾き飛ばされてしまった。まるで見えない壁に攻撃が阻まれたかのようだ。


「なんだと!?」


 レイカさんは驚愕した。アルマは武器を装備していない。本来であれば攻撃を防ぐことなどできるはずがないのだ。


(魔法で攻撃を防いでいるのか?)


「今度はこちらの番だ」


 アルマがレイカさんに向けて突進してくる。レイカさんが槍を回収する前に仕留めるつもりのようだ。


「レイカ、私に任せて!」


 サクヤさんは咄嗟(とっさ)にライフルを発砲した。正面から突進してくるアルマは、銃弾を回避することができないはずだ。


「その程度か」


 しかし、銃弾はアルマには命中しなかった。レイカさんが投擲した槍と同じく、銃弾もアルマに命中する直前に弾かれてしまったのだ。


「一体何が起こっているの!?」


 攻撃を(ことごと)く無力化してくるアルマの前に、サクヤさんは驚きの声を上げることしかできない。その間にもアルマは距離を詰めてくる。


「終わりだ……」


 アルマが攻撃を仕掛けてくる――武器を使わずに魔法で攻撃ができるのか? いや、違う。距離を詰めてきたということは近接武器を装備しているはずだ。抜刀術で対抗できる可能性はある。


「アルマ、私が相手だ!」


 私はアルマの前に躍り出る。そして抜刀術の構えをとった。


「仲間を守るつもりか……いいだろう」


 アルマは攻撃の目標を私に切り替える。そしてすれ違いざまに攻撃を繰り出してきた。


「ぐっ!」


 私は抜刀術を発動させて、見えない攻撃を受け止めた。だが、予想以上に重い一撃が刀身に加わり、身体全体が硬直してしまった。


「受け止めたか……しかし!」


 アルマが追撃を放とうとしてくる。こちらは防御が間に合わない――


「カスミ! 危ない!」


 ライフルを再装填したサクヤさんが、アルマに向けて威嚇射撃を行った。一瞬だが、アルマの注意がそれる。その隙に私はアルマから距離をとった。アルマの技量は私を遥かに上回っている。このまま接近戦を続けるのは危険だ。


「カスミ、奴の攻撃の秘密に気づいたか?」


 槍を回収したレイカさんが問いかけてきた。


「ええ……あの攻撃は魔法なんかじゃありません」

「魔法じゃない? 他に武器も使わずに攻撃できる方法があるっていうの?」


 サクヤさんが疑念を口にする。しかし、直接アルマの攻撃を受け止めた私には確信があった。


「抜刀術で攻撃を防御した時に気づいたんです。アルマは片手剣を装備しています」

「片手剣って……武器を隠し持っていたの?」

「隠していたと言えば間違ってはいません。ですが、アルマの片手剣は誰にも見えない不可視の武器なんです」

「……精霊剣(スピリットソード)の秘密に気づいたか」


 精霊剣――アルマは魔法を使っていたわけではなかった。不可視化の特殊効果が付与された剣を用いることで、見えない攻撃を実現していたのだ。


「でも、アルマは腕を動かさずに槍や銃弾を防御していたわ……別の防御手段を用意しているの?」

「そうではありません。アルマは精霊剣(スピリットソード)を目で捉えることができないほどの速さで振るい、こちらの攻撃を防いでいたんです」

「そんな速さで剣を振ることができるだなんて……」


 サクヤさんは、神速の剣術が存在することを信じられないようだ。だが私はブルーアースにやってくるよりも先に、その剣術を目にしていた。


「現実世界で居合の達人の演武を見たことがあります。達人は人間の目では見えないほどの速さで刀を抜き、巻藁(まきわら)を両断していました。限界まで修練を積んだ人間であれば、神速の斬撃を放つことも可能なんです」


 ブルーアースでは装備の強さがステータスに直結する。しかし、数値化できないプレイヤー自身の技量が重要であることに変わりはない。常人離れした剣術を用いるアルマは、間違いなく最強のプレイヤーだった。


「達人レベルの剣術に、見えない剣が加わったとしたら……」

「ええ、近づいたプレイヤーを一瞬で斬り伏せる不可視の斬撃を繰り出すことが可能になります」

「それが魔法の正体というわけだ」


 最強のプレイヤーであるアルマが精霊剣を手にすることによって、他のプレイヤーを圧倒する魔法の如き剣技を可能としていたのだ。 


「私の攻撃の正体を暴くとはな……だが、それだけでは勝てないぞ」


 アルマは自信を崩さなかった。精霊剣の正体が明らかになったとしても、不可視の攻撃によるアドバンテージが失われたわけではなかった。やはり最強のプレイヤーである彼を倒すことはできない――

 

「そうでもありませんよ」

「なんだと?」


 彼は気づいていなかった。攻撃の正体を見破った時点で、私たちは既に勝機を見出していたのだ。


「お前が魔法を使えないことさえ分かれば、いくらでも戦いようはある」

「確かにあなたは強い……でも、私たちだって何の準備もせずに、ここまで来たわけじゃないのよ」


 レイカさんとサクヤさんが、私の隣に立った。たとえ最強のプレイヤーが相手だとしても、私たちが力を合わせれば――


「面白い……では君たちの力を見せてもらおうか」

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