第37話 託されし希望
アルマの裏切りによって、大陸平定団本部は大混乱に陥った。私たちは混乱に乗じて武器を奪還し、イースターエッグを持ち出したアルマを追っていた。
「アルマはイースターエッグを奪って、自分が英雄になるつもりなのかしら?」
「違うな。奴は今までアイテムに興味を示さなかったはずだ。それが今になってイースターエッグを奪ったということは……」
「私たちの現実世界への帰還を妨害しようとしている?」
アルマは一人でモンスターを倒し続けていたものの、現実世界に帰還するためのアイテムや情報を集めようとはしていなかった。フィルムを催促された際のカイルの反応から見て、間違いないだろう。
「アルマは平定団の最強プレイヤーなんでしょ? そんなことをする理由が分からないわ」
「……いずれにせよ、奴と戦えば真意は分かるはずだ」
平定団本部を脱出すると、街全体で騒ぎが起こっていた。これもアルマの裏切りが原因か?
「おい、一体何があった」
レイカさんが、近くにいた男性PCに声をかけた。
「大陸平定団のアルマが地下訓練場に立てこもったらしいんだ」
「地下訓練場に?」
「ああ、詳しいことは分からないんだが、討伐に向かった平定団のプレイヤーを何人も殺したらしい。アンタたちも関わらない方がいいと思うぜ」
そう言って男性PCは立ち去っていった。
「……地下訓練場に向かうぞ」
レイカさんを先頭に、私たちはキャピタルシティの地下訓練場へと急いだ。
地下訓練場の入口にたどり着くと、大勢のプレイヤーがひしめき合っていた。
「カスミ、無事だったんだね!」
「シズマさん!」
群衆の中にシズマさんたちがいた。彼女たちも騒ぎを聞いて、ここに駆けつけたようだ。
「君たちもここにやってくると信じていたよ」
「ええ、アルマがここに立てこもったと聞いて……」
「やはり来たか」
私たちの背後からレーベンが現れた。彼は平定団の目を盗み、キャピタルシティで潜伏を続けていたようだ。
「レーベンさん、あなたも来ていたんですね」
「ああ……知っての通りアルマは、この街の地下訓練場に立てこもっている」
地下訓練場……半年前にキャピタルシティを訪れた際には、立ち寄っていなかった施設だ。
「戦技訓練を行うための施設ですよね。プレイヤー同士で実際に戦うこともできると聞きました」
「厄介なのは、一つの訓練場に入室できるプレイヤーの人数制限があるということだ」
レーベンが地下訓練場について説明してくれた。宿に一人部屋が用意されているように、訓練場も部屋毎に入室できるプレイヤーの人数制限が設けられているとのことだ(用意できるスペースの関係で現在の仕様になったらしい)。
「そして、アルマが立てこもっている訓練場の人数制限は4人……」
「アルマを除けば、3人までしか入ることができないというわけですね」
アルマは街から脱出せずに、訓練場に立てこもることを選んだ。まるでプレイヤーたちの挑戦を待っているかのようだ。
「アルマがイースターエッグを奪ったという噂を聞きつけて、腕利きのプレイヤーたちがここに集まってきたんだよ」
シズマさんが状況を説明してくれた。訓練場の入口でひしめいているプレイヤーたちは、文字通り挑戦者というわけだ。
「既に平定団の討伐隊を含め35組のパーティーが戦いを挑んだが、全員がアルマにキルされてしまった」
「35組って……」
レーベンから話を聞いたサクヤさんは、思わず口を押さえた。
「一人で105人も殺したのか」
アルマの規格外の強さに、レイカさんも険しい表情を浮かべた。
スタミナ回復用アイテムを備蓄していたとしても、一人で戦い続けるには限界があるはずだ。アルマは自身の消耗を最小限に抑え、100人以上のプレイヤーを倒したというのか……
「レーベンさん、アルマは武器も使わずに他のプレイヤーを倒していました。ブルーアースにはプレイヤーが使用できる魔法が存在するんですか?」
「私の知る限りでは、プレイヤーが使用できる魔法は存在しなかったはずだ。管理者の仕業か、あるいは……」
レーベンが言い淀んだ。彼はなぜかアルマについて語ることを躊躇しているようだ。
「あなたは、アルマについて何か知っているのではありませんか?」
「……彼はブルーアースのアルファテストに参加していたプレイヤーだ。彼の実力は参加者の中でも抜きん出ていた」
アルファテスト……今回のベータテストよりも以前に実施された試作段階でのテストだ。ベータテストとは異なり、参加者の公募は行っていなかったはずだ。
「まさか、アルマもレグナントの関係者なのですか?」
「そうではない、彼は……」
またしてもレーベンは口をつぐんでしまった。
「すまないが、これ以上は私の口からは説明できない。アルマの真意を知りたければ、彼と直接対峙するんだ」
そう言い残して、レーベンは群衆の中へと消えていった。
アルマには何か重大な秘密があるようだ。彼がイースターエッグを奪ったことと何か関係があるのだろうか。
「だめだ、36組目がやられた!」
入口付近にいたプレイヤーの一人が声を上げた。
「嘘だろ? 全員合わせて108人だぞ……」
「誰にもアルマは倒せないのか……」
プレイヤーたちの間にどよめきが起こる。アルマを倒さんと意気込んでいたプレイヤーたちの表情にも、陰りが見えていた。
「次はアタシたちの番だ。必ずアルマを倒してイースターエッグを取り戻してやる!」
「アルマがいくら強くても限界はあるはずよ。私たちなら……」
ナツミさんとセリナさんが、アルマの討伐に名乗りを上げた。二人とも強気を装っているが、手の震えは隠せていない。
「待ってください。アルマとは私たちが戦います」
私は二人の前に立ち、行く手を阻んだ。
「私たちはアルマの魔法を直接この目で見ています。ここは先に私たちが戦うべきです」
「それはそうかもしれないけど、アタシたちだってイースターエッグを取り返したいんだ。何もせずに待つのは嫌なんだよ……」
ナツミさんは俯きつつも、アルマと戦う意志を示した。イースターエッグを奪われて悔しいのは彼女も同じなのだ。
「ナツミ、ここはカスミたちに……三麗騎士に任せよう」
シズマさんが真剣な面持ちで、ナツミさんを説得した。
「アルマを倒せるとすれば彼らしかいない。ナツミだって気づいてるよね?」
「それは……」
「イースターエッグを見つけられたのも三麗騎士がいてくれたおかげなんだよ。彼らこそイースターエッグを手にするべきなんだ」
「……うぅっ」
ナツミさんは悔しさに耐えきれず涙を流していた。
「……ごめんね、カスミ。最後まで君たちに頼ってしまって」
シズマさんが私たちに頭を下げてきた。彼女にもイースターエッグを取り戻したいという気持ちはあるはずだ。だが、今はそれを押し堪えて、私たちに希望を託してくれたのだ。
「謝る必要はありません。これは私たちの戦いなんです」
「そうよ、イースターエッグは私たちが必ず取り戻すわ」
「アルマは私たちが倒す。そして奴の真意を確かめる」
サクヤさんとレイカさんも覚悟を決めたようだ。
「シズマさん、短い間でしたが、あなたたちと冒険ができて楽しかったです」
「別れの挨拶は必要ないよ。君たちは必ず希望を持ち帰ってくる。僕はそう信じているんだ」
「……分かりました。イースターエッグは――世界の鍵は私たちが取り戻します!」
私たちは地下訓練場の入口へと歩き始める。
「三麗騎士だ……」
「彼女たちがアルマに戦いを挑むのか?」
「女の子だけで……なんて勇敢なんだ」
入口付近に集まっていたプレイヤーたちは、左右に分かれて道を空けてくれた。私たちは振り返ることなく、地下へと通じる階段を降りていった。
「本当にこれでよかったの?」
セリナがシズマに問いかける。アルマに敗北すれば死の痛みを避けることはできない。セリナは最初から捨て石になる覚悟でアルマに戦いを挑むつもりだったのだ。
「カスミたちだって女の子なのよ。こんな危険な戦いに巻き込むなんて……」
「その心配はないよ」
シズマは自信を持って答えた。
「だって彼らは『本物』なんだから」




