第36話 謀略の末路
尋問が終了した後、私たちは要塞内の施設で待機するように指示された。事実上の軟禁状態だ。
「サクヤ、どうしてあんな奴の言いなりになるんだ」
レイカさんは不満をぶつけた。
「……今の私には、兄さんが無実であることを証明することができない。平定団の人たちに信用してもらうには、こうするしかないのよ」
カイルは宗太郎がシステムに手を加えたと話していた。奴の話を裏付ける証拠はないが、宗太郎が無実である証拠も存在しない。平定団の監視下に置かれることは、サクヤさんにとって苦渋の決断だった。
「しかし気になるな。なぜカイルは、屋島宗太郎がサクヤの兄だと知っていたんだ?」
「おそらくですが、カイルはレグナントの人間です」
「……なるほど、そういうことか」
レイカさんは私の推測に納得してくれたようだ。
「ええ、ブルーアースを運営するレグナントの関係者であれば、プレイヤーの情報を入手できたとしても不思議ではありません」
「大陸平定団がこれ程大きな拠点を入手できたのも、カイルの手引きという訳か」
「大陸平定団はブルーアース攻略を目的として活動していますが、実態はレグナントの関係者たちが火消しのために組織したギルドなのでしょう」
カイルは、サクヤさんが自分でベータテストに応募していないことも知っていた。奴の正体は、ベータテストを管理するためにログインしていた運営側の人間だと推測できる。しかし、サクヤさんに脱出方法を詰問していたところを見ると、事件の全容を把握している訳ではないようだ。
「残る疑問はイースターエッグの存在ですね」
「平定団はイースターエッグの存在を知らなかったはずよ。知っていれば、もっと早くに確保しようとしていたはずだわ」
「レグナントの関係者がイースターエッグの存在に気づいていなかった……では、グリフォンの卵にフィルムを仕込んだのは誰だ?」
議論を重ねても答えは出なかった。真実を知るには、フィルムを奪還し、イースターエッグを完成させるしかなさそうだ。
翌日、私たちは再び講堂に呼び出された。昨日のような尋問が始まるのかと身構えていたが、不思議なことにカイルが座っていた法壇は撤去されていた。代わりに大きな円卓が設置されている。
カイルは講堂の入口から一番遠い席に座って、私たちを待っていた。残りの席にはアルマたち幹部が腰掛けているが、入口側の3席だけは空席になっている。
「何を見ている? 早く座りたまえ」
カイルが私たちに席に着くように促す。昨日の奴とは明らかに様子が違った。
「サクヤ、昨日はすまなかった。事件の真相を探るためとはいえ、君に不快な思いをさせてしまった。そのことについては申し訳なく思っているよ」
「……」
今までとは打って変わって頭を低くするカイルだが、サクヤさんはこの男を信用していない。何かしら裏があることは明白だ。
「事件の犯人について調べることも大事だが、我々の最優先目標が現実世界への帰還であることに変わりはない。それは君たちも同じ思いのはずだ」
「今更そんな話をするんですか」
私は呆れ返っていた。今まで散々プレイヤーたちの邪魔をしておいて、よくもそんなことが言えたものだ。
「我々はブルーアース攻略のために活動を続けてきたんだ。これからは互いに協力し、共に現実世界への帰還を果たそうではないか」
「調子のいいことを……」
レイカさんも私と同じ気持ちらしく、カイルに軽蔑の目を向けていた。
「本題に入ろう。君たちが見つけたこのフィルムだが、使い道について心当たりはないか?」
「……」
私たち三人は互いに顔を見合わせた。
カイルが態度を変えてきたのは、フィルムの使い道を見つけられなかったからだ。奴は本当の意味で愚か者だった。他人からイースターエッグを奪っておいて、自分で謎を解くことができなかったのだ。
「……それは幻灯機のフィルムよ。フィルムを投影させるためには幻灯機が必要になるわ」
サクヤさんはフィルムの使い道をカイルに教えた。教えたところで、どの道カイルが真実にたどり着くことはないだろう。
「幻灯機のフィルムか……そんな物を卵の中に仕込むとはな」
「大陸平定団もイースターエッグについて調べていたのでしょう? あなたたちも何か情報は掴んでいないのですか?」
平定団とて現実世界に帰還するための情報は集めていたはずだ。フィルムの使い道を教えた以上、奴らからは少しでも情報を引き出さなければならない。
「大陸の各地で調査は進めている。だが、このフィルムに関連するアイテムの類は見つかっていない」
「使えない連中だな」
レイカさんが私の心の声を代弁してくれた。全くもってその通りである。
「……君たちがフィルムを見つけてくれたおかげで、ある程度の指標はできた。今後は君たちも団員たちと協力して調査に当たってほしい」
カイルの表情には焦りが見えた。大陸平定団はプレイヤーたちを帰還させると公言していたものの、ろくな成果をあげられずにいた。こんな状況が1年近く続けば、団長であるカイルへの風当たりが強くなるのは必然だろう。
「カイル、私にフィルムを見せてくれ。何か分かるかもしれない」
カイルの隣に座っていたアルマがフィルムを催促した。焦燥するカイルに対して、アルマは至って冷静な表情を見せていた。
「……珍しいな。お前がこんな物に興味を示すとは」
「プレイヤーたちが、この世界から脱出できるかどうかがかかっているんだ。気にもなるさ」
アルマはカイルからフィルムを受け取ると、それを凝視し始めた。
「ふむ……なるほどな」
「何か分かったのか?」
「ああ、分かったよ……このフィルムはお前が持つべき物ではない」
「なんだと?」
アルマは不敵な笑みを浮かべ、フィルムを自身の懐に入れた。カイルはアルマの行動を理解できずにいる。
「カイル、お前はイースターエッグの謎を解き明かして英雄になるつもりなんだろう?」
アルマは席を立ち、カイルを見下ろしていた。カイルはアルマの不遜な態度に耐えきれず、席を蹴飛ばすように立ち上がった。
「それの何がいけない? 平定団を組織したのは私なんだぞ。私には英雄になる資格があるのだ」
「お前は英雄にはなれない――本質を理解できない人間にその資格はない」
「訳の分からないことを……もういい、早くフィルムを返せ!」
カイルはフィルムを奪い返すべく、アルマにハンドガンを向ける――しかし次の瞬間、ハンドガンを握っていたカイルの右手が切り落とされた。
「なっ……ぐあああっ!」
右手を失ったカイルが悲鳴を上げた。
「何が起こった!?」
レイカさんが目を見開いた。状況から見てアルマがカイルの右手を切り落としたのだろう。しかし、アルマは武器を装備していない。それどころか指一本動かしていないように見えた。
アルマは、悶え苦しむカイルを尻目に、講堂の出口へ向けて歩き始めた。
「アルマ、よくも団長を!」
「我々を裏切るつもりか!」
異変に気づいた守衛の団員たちがアルマに斬りかかる。
「道を空けてくれ」
アルマがそう呟くと、近づいていた団員たちの身体が真っ二つに切断された。
「うわあああっ!」
「な、何が起きているんだ!?」
アルマはそのまま出口へ向かって歩いていく。そして武器を振るうこともなく、道を塞いでいた団員たちを死体へと変えていった。
「魔法だ……」
「アルマは魔法が使えるんだ……」
遠巻きに見ていた団員たちは恐れおののき、追撃しようともしなかった。
「何よこれ……」
惨状を目にしたサクヤさんは唖然としていた。イースターエッグがアルマによって奪われ、平定団の団員たちが魔法によって殺害された……そうとしか表現できない状況だった。
「アルマを追いかけるぞ」
「レイカさん……」
慌てふためく団員たちをよそに、銀の殺し屋がアルマの後を追い始める。彼女はただ一人、自分の使命を見失っていなかった。
「アルマを殺してイースターエッグを奪い返す。それが私たちの成すべきことだ」




