第34話 道標のゆくえ
フィルムを入手した翌日、私たちは幻灯機本体を探すべく、キャンプを発つことにした。フィルムは持ち運びやすいように、木製の円筒ケースに収納してある(ケースはキャンプを訪れていた職人に作ってもらった)。
「しかし、幻灯機本体については何も手がかりが無いね。グリフォンのようなボスクラスのモンスターの生息地を調べるしかないか……」
シズマさんは思案に暮れていた。キャンプを出発する準備はできたものの、私たちは次の目的地を決めかねていた。
「私たち以外にも、強力なモンスターを倒したことのあるプレイヤーはいるはずです。他のプレイヤーから情報を入手できないでしょうか?」
ベータテストが開催されてから既に1年近くの月日が経っている。大陸各地のモンスターは、その多くが討伐されているはずだ。
「もしかしたら、誰かが幻灯機を手に入れているんじゃないかしら?」
サクヤさんは、他のプレイヤーが幻灯機を発見している可能性を指摘した。
「もし幻灯機を見つけたのであれば、私たちとは逆にフィルムを探しているでしょうね」
「そうよ、幻灯機とフィルムが揃えば……」
「現実世界に帰還できるかもしれない……か」
レイカさんはイースターエッグの存在を確信してはいるものの、現実世界に帰還できるかどうかについては半信半疑のようだ。
「そうだね……この高原の東に小規模な町があるんだ。まずは、そこで幻灯機に繋がる情報を探ってみようか」
私たちはキャンプを出発し、木々に囲まれた山道を東に下り始めた。時間帯は昼間だが、暗雲が空を覆い始めている。急がないと雨に降られそうだ。
「だけどさ、イースターエッグが見つかって本当によかったよ」
片割れとはいえイースターエッグを発見できたことに、ナツミさんは高揚していた。
「これまでモンスターを何体も倒してきたけど、手がかり一つ手に入らなかったからな」
「全くだよ。カスミたちの協力がなければ、本当の意味で詰んでいたかもしれないね」
「ようやく光明が見えてきたわね」
シズマさんたちはイースターエッグに全てを賭けている。彼女らだけではない。現実世界への帰還を望むプレイヤーたちにとって、イースターエッグは最後の希望なのだ。
「しかし、私たちがイースターエッグを手に入れたとなれば、それを狙う者も現れるだろう」
レイカさんは、イースターエッグが他のプレイヤーに狙われることを危惧していた。
「そうよね……悪意ある人間にイースターエッグを渡すわけにはいかないわ」
サクヤさんがフィルムのケースを強く握りしめた。イースターエッグが、現実世界へ帰還するための鍵になると決まったわけではない。だが、このフィルムが特別なアイテムであることに変わりはないのだ。
「いつ、誰から攻撃されてもおかしくない状況です。これからは警戒を強めなければいけませんね」
「――その必要はない」
突如、男の声がこだました。周囲の木陰からPCが次々に現れる。木々が邪魔して全容は把握できないが、かなりの大部隊だ。
「お前たちは……!」
私たちを取り囲むPCは、見覚えのある灰色の野戦服を身に着けている――奴らは大陸平定団だ。
前方の団員たちの中から、軍帽とマントを身に着けた指揮官らしき男が出てくる。あの男は……
「私は大陸平定団の団長、カイルだ。イースターエッグの入手、ご苦労だった。早速だが、そのフィルムを渡してもらおう」
私たちの前に現れたのは、平定団の団長であるカイルだった。奴はイースターエッグを奪うために待ち伏せしていたのだ。
「あなたが悪名高き平定団のカイルですか。プレイヤーの妨害だけでは飽き足らず、盗みまで働くようになったのですか?」
「人聞きの悪いことを言う。私は君たちがイースターエッグを運んでくるのを待っていたのだ。イースターエッグの謎を解き明かすのは、他ならぬ私の役目なのだからな」
「そして自分が英雄になるつもりか」
この男はプレイヤーたちを帰還させるためにイースターエッグを欲しているわけではない。全ては自らの野望を叶えるための行為なのだ。
「察しが早くて助かるよ。さあ、イースターエッグを渡せ」
カイルはさも当然という顔で手を伸ばし、イースターエッグを要求してきた。
「ふざけるな!」
傲岸不遜な態度をとるカイルを前に、シズマさんは怒りをあらわにした。彼女が一度も見せたことのない表情だった。
「イースターエッグは、カスミたちが苦労して手に入れたんだ。何もしていないお前に渡せるわけないだろ!」
「ほう……ではどうしようというのだ?」
「どうするかって? こうするんだよ!」
シズマさんはライフルを構え、カイルを狙い撃とうとする。敵の指揮官であるカイルを倒し、包囲を突破するつもりなのだ。
「遅いな」
「何っ!?」
しかし、カイルはシズマさんが引き金を引くよりも先に、懐から取り出したハンドガンをシズマさんに向けて発砲した。
「ぐあぁっ!」
右肩を撃ち抜かれたシズマさんはライフルを落とし、その場にうずくまってしまった。
「シズマ! しっかりして!」
セリナさんがシズマさんに駆け寄った。
「くっ……ハンドガンを隠し持っていたのか」
ハンドガンは希少性が高く、滅多に出回らない武器だ。ボルトアクションライフルに比べ、威力と射程は劣るが、自動式なのである程度の連射ができる。何よりも携帯性に優れるため、隠し武器としての利用価値が高かった。
「無駄な抵抗はやめろ。仲間たちが傷つく姿を見たくはあるまい」
カイルの両脇に展開している団員たちが、ライフルを私たちに向けてくる。この状況での正面突破は困難だ。
「ちくしょう、ここまでなのかよ……!」
ナツミさんが地団駄を踏んだ。イースターエッグを渡さなければ、私たちは射殺されてしまうだろう。抵抗すれば敵を何人か道連れにできるかもしれないが、イースターエッグを奪われてしまうことに変わりはない。
「大勢は決したな……サクヤ、私のもとへイースターエッグを運んでくるんだ」
(なぜサクヤさんを?)
「君には直接聞きたいことがある。キャピタルシティの大陸平定団本部までご同行願おう」
「そんな……」
サクヤさんは躊躇した。イースターエッグが悪人の手に渡ることなど容認できるはずがない。
「我々に従ってくれるのであれば、君の仲間には手出ししないと約束するよ」
「……分かったわ」
仲間を盾に取られては、サクヤさんもカイルの要求に従うしかなかった。だが、このままサクヤさんを引き渡すわけにはいかない。
「待ちなさい。サクヤさんを連行するつもりなら、私も連れていきなさい」
「私もだ。聞き入れなければ、貴様の部下が大勢死ぬことになるぞ」
私に続いてレイカさんがサクヤさんの前に立った。カイルが受諾しなければ徹底抗戦する構えだ。
「……いいだろう。君たちにも話しておきたいことがあるしな。だが、武器は預からせてもらうぞ」
カイルは部下に指示を出し、私とレイカさんから武器を奪い取らせた。もはや抵抗は不可能だ。
「カスミ、カイルに従ってはだめだ! イースターエッグは君たちが……本当の英雄が持つべきものなんだ」
シズマさんは痛みに耐えながらも、私たちにカイルに従わぬように訴えてきた。
「シズマさん、イースターエッグはまだ完成していません。カイルの野望は私たちが阻止します」
私はシズマさんに耳打ちした。フィルムはイースターエッグの片割れに過ぎない。カイルが謎を解き明かすには時間が必要なはずだ。
「でも……」
「私たちは捕まったふりをして、平定団の本部を脱出するつもりです。その後、キャピタルシティで合流しましょう」
「分かった……必ず再会しよう」
無責任な約束だった。平定団の本部から脱出する算段などつけられるはずもない。だが、私はなんとしてもサクヤさんを守りたかった。それだけはどうしても譲ることができなかったのだ。




