第32話 エッグハントⅡ
頭上に現れたオスのグリフォンは、私たちに向かって急降下してきた。
「みんな、武器を構えて!」
シズマさんが仲間たちに指示を出す。だが私たちが戦闘態勢をとるよりも先に、グリフォンの鉤爪が私に襲いかかる。
「カスミ、逃げろ!」
レイカさんが咄嗟にグリフォンの前に飛び出した。銀の槍を振るい、グリフォンの鉤爪を弾き返す。
「グリフォンの狙いは卵か!」
「カスミ、空の卵なんて捨てて早く逃げろ!」
グリフォンの意図に気づいたシズマさんとナツミさんは、私に卵を置いて撤退するように促してきた。
「待ってください! この卵が価値のないアイテムであれば、グリフォンは私たちを襲ったりしないはずです」
目の前にいるグリフォンは本物の生物ではない。プログラムに従って行動しているだけだ。卵を持ったプレイヤーを攻撃する設定が、開発者の意図したものだとすれば――
「その卵には何か秘密があるってこと?」
「あくまで推測ですが」
「……君の勘に賭けてみるよ。ナツミとセリナはグリフォンを攻撃して注意を引きつけるんだ。サクヤとレイカはカスミの護衛を頼む!」
シズマさんの指示に従い、ナツミさんとセリナさんが前衛に出る。ナツミさんは野太刀、セリナさんはハルバードを装備している。いずれも攻撃に特化した大型の武器だ。
「こいつを喰らいな!」
ナツミさんが野太刀を手にグリフォンへ突撃する。だがグリフォンは巨大な翼を羽ばたかせ、突風を発生させた。
「うわあぁっ!」
突風を受けたナツミさんは後方に吹き飛ばされてしまった。
「くそっ、このままじゃ近づけない!」
「僕が先にライフルで攻撃する……二人はグリフォンが怯んだところを追撃して!」
シズマさんはグリフォンの頭部に向けてライフルを発砲した。しかし、射撃武器ではグリフォンに有効なダメージを与えることはできない。密集した硬質な羽が鎧の役割を果たしているのだ。近接武器であれば有効打を与えられるかもしれないが、飛行能力を持つグリフォンが相手では接近すること自体が難しい。
ライフルの弾丸をも意に介さず、グリフォンは私に向けて滑空攻撃を繰り出してくる。私は卵を抱えたまま逃げ回ることしかできない。スタミナが尽きるのも時間の問題だ。
「だめだ、まともに戦って勝てる相手じゃない!」
「このままじゃカスミがやられてしまうわ! 早くなんとかしないと……」
突風を巻き起こし、空中を自在に飛び回るグリフォンを相手に、前衛のナツミさんとセリナさんは近づくことすらできない。このまま消耗戦になれば、勝ち目はないだろう。
「カスミ……悔しいけど、僕たちじゃグリフォンを撃退するのは不可能だ。今は卵を置いて逃げるしかないよ」
シズマさんは卵の確保を断念してしまったようだ。だが、私はここまできて諦めるほど聞き分けのいい人間ではない。
「撃退が不可能? だったら倒してしまえばいいんですよ」
「グリフォンを倒す? 君は一体何を……」
シズマさんは私の言葉を理解できずにいる。私は前方の峡谷に視線を向けた。
「既にレイカさんが、この先の峡谷に向かっています。あの場所に誘い込めば、グリフォンを倒せます」
レイカさんは峡谷に先行し、グリフォンを倒すための準備を進めている。卵を抱えて逃げ回っていたのも、時間稼ぎが目的だ。
「本当にそんなことができるの!?」
「できますよ、仲間を信じる心があれば」
私は卵を抱えたまま、峡谷に向けて走り出した。
……グリフォンの最大の武器は巨大な翼だ。翼を利用することで猛スピードの滑空攻撃を仕掛けてくる上、強力な突風を起こすこともできる。勝機を見出すには、あの翼を封じるしかない。
グリフォンは、卵を運ぶ私にヘイトを向け、空中から鋭い鉤爪で攻撃を仕掛けてくる。
「シズマさん! カスミを援護して!」
「分かった!」
サクヤさんとシズマさんが、後方からグリフォンを狙撃した。致命傷は与えられなかったが、わずかにグリフォンの動きが鈍った――卵を狙うグリフォンの爪が身体を掠める。卵を落としてしまったら全てが水の泡だ。
(もう少し……もう少しだ)
私は息を切らしながら峡谷へと駆け込んだ。後方からはグリフォンが、低空飛行で峡谷に侵入してくる。
「レイカさん!」
私は叫んだ――峡谷の岸壁の上で待っていたレイカさんに向けて。
「いいタイミングだ」
レイカさんは槍を手に峡谷へと飛び込む。そして私を追ってきたグリフォンを背中から串刺しにした。
「地に墜ちるがいい!」
銀の槍は、グリフォンの右翼の付け根を貫いていた。グリフォンは背中に乗ったレイカを振り落とそうとするが、レイカさんは決して槍を放そうとはしない。槍のダメージで翼を動かせなくなったグリフォンは、峡谷に墜落するしかなかった。
「レイカがグリフォンを墜としたぞ!」
「チャンスね……一気に攻め立てるわよ!」
私の後を追ってきたナツミさんとセリナさんが、グリフォンの後方から攻撃を仕掛ける。野太刀とハルバードの連撃がグリフォンの後脚を斬り裂いた。墜落の衝撃と合わせて、かなりのダメージを与えることができたはずだ。
しかし、グリフォンは残った前脚だけで、卵を持った私を追いかけてくる。モンスターとはいえ、恐ろしい執念を感じた。
「カスミ、私に卵を渡せ!」
レイカさんは突き刺さったままの槍から手を放し、グリフォンの背中から飛び降りる。そして私のもとへと駆け寄り、卵を受け取った。
その間にもグリフォンは接近し、私たちに鉤爪を向けてくる。
「今だ! 奴にトドメを刺せ!」
両手が空いた今ならば打刀が使用できる――私はグリフォンが攻撃する瞬間を狙い、抜刀術によるカウンターを発動させた。翼を失ったグリフォンに防御手段は残されていない。有明月の刀身はグリフォンの首を切り裂き、息の根を止めた。
「グリフォンを倒した……!」
「これが三麗騎士の実力なのね」
グリフォンを仕留めた私たちの姿を見て、ナツミさんとセリナさんは感嘆の声を漏らした。
「見事な機転だったよ……あの状況で峡谷の地形を利用する策を思いつくなんて」
遅れて到着したシズマさんが、私に労いの言葉をかけてくれた。
「グリフォンを倒せたのは、みなさんのおかげです。私たちが力を合わせなければ、この難局を乗り越えることはできなかったでしょう」
「そうよ、下手をすれば二頭のグリフォンと同時に戦う羽目になっていたんだから」
「グリフォンを分断しなければ、卵の確保は難しかっただろうな……」
巣を守るグリフォンは一頭だけではなかった。シズマさんがメスのグリフォンを洞窟に閉じ込めてくれたおかげで、オスのグリフォンとの戦いに専念することができたのだ。
「僕からも礼を言わせてほしい。三麗騎士と共に戦えたことは、僕たちの誇りだよ」
「三麗騎士の噂は本物だった……アンタたちならブルーアースを救えるかもしれないな」
「キャンプに帰ったらパーティーにしましょう! うんと美味しい料理を作ってあげるわ」
グリフォンを倒した私たちは、お互いの健闘を称え合った。
ブルーアースに閉じ込められてからは、苦しい戦いばかりだった。だからこそシズマさんたちのような同志と共に戦えることに、私は心からの喜びを感じていた。




