第30話 財宝と魔法の謎
サンライトタウンでの一件の後、私たちは大陸南西部のクレア高原へと向かった。私たちと同じようにイースターエッグを探しているパーティーが、この高原にいるとの情報を得ていたのだ。
イースターエッグが現実世界へ帰還するための鍵なのであれば、それを見つけるプレイヤーが私たちである必要はない。ただ、大陸平定団のような信用に値しない連中にイースターエッグが渡ることだけは避けたい。平定団が動く前に、他のプレイヤーと協力してイースターエッグを確保することが重要なのだ。
クレア高原は、高山植物が生い茂る自然豊かなフィールドだ。涼しい風を浴びながら散策でもしたいところだか、今回は観光に来たわけではない。高原に到着した私たちは、プレイヤーが集まるキャンプへと向かった。
キャンプは簡易的な拠点として機能している。遠方から仕入れてきたアイテムを販売する露天商もいれば、武器の強化や調整を行う職人までいた。無論、彼らは私たちと同じPCである。
その中でも特に目立つ三人組のPCがいた。いずれも、強力な上位クラスの武器と防具を身に着けている。彼らがイースターエッグを探しているパーティーであることは、すぐに分かった。
向こうもこちらの視線に気づいたようだ。三人組の一人、中性的な外見のPCが私たちに声をかけてきた。
「僕の名前はシズマ。君たちが噂の三麗騎士だね」
「三麗騎士?」
聞き慣れない単語に、私は首を傾げた。
「レーベンさんが、私たちをそんな風に呼んでいた気がするわ」
「あいつめ、私たちの噂を流布しているな。よりにもよって妙な名前を……」
三麗騎士というネーミングに、レイカさんは不満げな顔をしていた。レーベンは元々ゲームクリエイターなのだ。こういった通り名を付けるのは、彼の趣味なのだろう。
「キャピタルシティで大陸平定団に喧嘩を売ったらしいじゃないか。アタシたちほどじゃないが、大した根性だよ」
「噂を聞いた時は驚いたわ。私たち以外にも女性だけで戦っているパーティーがいただなんて」
女性PCのナツミさんとセリナさんが、私たちのこれまでの戦いを労ってくれた。二人はシズマさんと共に現実世界への帰還方法を見つけるべく、戦い続けてきたのだという。
……セリナさんの発言で気づいたが、シズマさんも女性PCのようだ。シズマさんは青髪のショートカットで、白いロングコートを身に着けている。遠目からでは体型が隠れてしまい、判別がつかなかった。
サクヤさんとレイカさんも、シズマさんの性別には気づいているはずだ。しかし、二人は別段驚いてはいなかった。私と一緒に過ごす内に、他人の見た目と性別のギャップなど気にしなくなってしまったのだろう。
「僕たちも、大陸平定団とは何度も戦っているんだ。団長のカイルは現実世界への帰還方法を見つけて、自分だけが英雄になろうとしている。あんな奴にイースターエッグを渡すわけにはいかないよ」
平定団は自分たち以外のプレイヤーが帰還方法を見つけることを良しとせず、モンスターの狩場の占有や、みかじめ料の要求などの妨害行為を平然と行うようになっていた。
シズマさんたちは平定団のやり方に反発し、平定団よりも先にイースターエッグを発見しようとしているのだ。
「シズマさん、あなたたちは独自にイースターエッグを探していると聞きました。この高原には、イースターエッグのヒントが存在するのですか?」
「ヒントというよりも、僕たちが手に入れようとしているのはイースターエッグそのものだよ。この高原の奥地にはグリフォンの巣があるんだ」
シズマさんは地図を開いて、グリフォンの巣の場所を指した。
「グリフォン……ですか」
グリフォンは、鷲の上半身と獅子の下半身を持つ伝説のモンスターだ。強力な敵として設定されることも少なくはない。この手のゲームでは定番のモンスターではあるが……
「君も知っているかもしれないけど、神話に登場するグリフォンは巣に財宝を隠す習性があるんだ」
「それがイースターエッグだと?」
「あくまで推測だけどね。確かめてみる価値はあると思うよ」
グリフォンの財宝……実在すれば価値のある物に違いないが、それが簡単に手に入るとは思えない。
「問題はグリフォンがとんでもなく強いモンスターだってことなの。鷲のスピードと獅子のパワーを兼ね備えた強敵よ。今までに倒せたプレイヤーは一人しかいないわ」
「そいつは誰だ?」
セリナさんの話にレイカさんが食いついた。強力なモンスターを一人で討伐したプレイヤーとなれば、かなりの手練に違いない。
「大陸平定団のアルマよ。アルマはたった一人でグリフォンを討伐したの。今じゃ最強のプレイヤーと呼ばれているわ」
アルマ……大陸平定団の中でも最高クラスの戦力と呼ばれるプレイヤーの名前だ。アルマについては、私も話を聞いたことはあるが、その実態については定かでない部分が多い。
「もしアルマがグリフォンを討伐したのであれば、財宝も回収されてしまったのでは?」
アルマが平定団の一員である以上、現実世界への帰還に結び付くアイテムを放置しているとは思えない。
「いや、アルマはグリフォンを討伐しただけで財宝は持ち帰らなかったんだ」
「そもそも財宝が存在しなかったのでは……」
「どうだろうね。アルマは変わり者としても有名なんだ。ブルーアース中の強いモンスターを倒して回っているけど、アイテムやお金には興味を示さないらしいよ。平定団も彼の扱いには困っているみたいだ」
シズマさんの話が事実であれば、財宝が残っている可能性はある。財宝を回収しなかったアルマの行動には疑問が残るが……
「アルマはどうやってグリフォンを倒したんだ?」
「それが……よく分かっていないのよ」
レイカさんの質問に、セリナさんは困惑気味に答えた。
「どういうことだ?」
「アルマは常に一人でモンスターと戦っているのよ。実際に戦っている姿を見たプレイヤーは、ほとんどいないわ」
アルマが最強のプレイヤーと呼ばれているにも関わらず、その実態が明らかでないのは、彼が常に単独で行動しているためである。同じ平定団のプレイヤーですら、彼の行動を把握している者は、ほとんどいないらしい。
「噂だけど、アルマは魔法が使えるらしいよ。魔法でどんなモンスターも簡単に倒しちまうんだとさ」
ナツミさんがアルマの魔法について漠然と語った。プレイヤーが使える魔法は見つかっていなかったはずだ。アルマは魔法を行使する手段を見つけたのか?
「話が胡散臭くなってきたな……本当にアルマはグリフォンを倒したのか?」
荒唐無稽な話を聞かされたレイカさんは、アルマの実力を訝しんだ。
「それについては間違いないわ。アルマは財宝の代わりにグリフォンの頭を持ち帰ってきたのよ」
「グリフォンの頭だと?」
モンスターの頭を持ち帰ったところで、何かの役に立つわけでもない。アルマの行動は明らかに自身の実力を誇示するための行為だ。
「わざわざ荷車を使ってグリフォンの頭だけを運んできたの。自分こそが最強のプレイヤーだと言わんばかりにね……」
セリナさんは俯き気味に語った。上位クラスのプレイヤーである彼女ですら、アルマとの実力差を痛感せざるを得ないようだ。
「話が逸れてしまったね……とにかくイースターエッグの存在を確かめるには、グリフォンの巣に近づくしかないんだ」
「グリフォンはアルマが倒したんでしょう? 巣に近づくのは簡単なんじゃないの?」
サクヤさんは、グリフォンと戦うことなく巣に近づけると考えているようだが、そうは問屋が卸さない。
「……ボスクラスのモンスターは討伐しても、一定期間が経過するとリポップしてしまうんだ」
「リポップ?」
サクヤさんは普段ゲームをしない人だ。いきなり「リポップ」なんて言われても理解できるわけがない。
「再出現するってことさ。死んでも復活できるのはプレイヤーだけじゃない。グリフォンを無視して巣に近づくことは不可能なんだよ」
ブルーアースのモンスターは、一度討伐してもリポップするように設定されている。なお、モンスターを討伐した際に銀行に振り込まれる報酬金は、モンスターが討伐された総数によって増減するため、極端なインフレは起きないように調整されている。
「そこで一つ提案なんだけど、僕たちと組まない?」
シズマさんは、私たちに共同戦線を持ちかけた。元より私たちもそのつもりだ。彼女らの力が加われば、イースターエッグの入手に一歩近づくことができるだろう。
「異論はない。グリフォンを討伐して、巣を調べればいいのだろう?」
レイカさんは自信を持って、グリフォンを討伐する意向を示した。
しかし、シズマさんには別の思惑があった。
「いや、グリフォンを討伐する必要はないよ。巣を調べてイースターエッグを回収するのが僕たちの目的だ」
「それはそうですが、グリフォンとて簡単に巣には入れてくれないでしょう」
巣に近づく以上、リポップしたグリフォンとの戦闘を避けることはできないはずだ。
「その通りだよ。そこで一策を講じる。まずはグリフォンを巣の近くにある洞窟内におびき寄せる。そして爆薬を使って崩落を発生させ、グリフォンを洞窟内に閉じ込めるんだ」
シズマさんは地図を指しながら作戦を説明した。確かにグリフォンを洞窟内に閉じ込めることができれば、巣を調べるための時間を稼ぐことはできるだろう。
「イースターエッグを入手できるかは確実じゃないけど、グリフォンと正面から戦うよりも安全に巣を調べることができるはずだよ」
「……つまらないな。カスミならもっとマシな作戦を考えるぞ」
レイカさんは私の顔を見ながら不満を口にした。彼女は、グリフォンとの戦闘を避けようとするシズマさんの作戦に納得できないようだ。
「そうなのかい? カスミ、イースターエッグを手に入れる秘策があるなら、それを僕たちに教えてくれないかな?」
「えぇっ……今のはレイカさんの無茶振りですよ。グリフォンが危険なモンスターであることは事実ですし、巣を調べるだけであれば、シズマさんの作戦がベストだと思います」
シズマさんは決して臆病者ではない。仲間たちを危険な目にあわせないために、リスクの少ない作戦を立案したのだ。彼女の行動指針は私にも理解できる。
「決まりだね……準備ができ次第、グリフォンの巣に向かおう」




