表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/60

第3話 嘘の代償

 私とサクヤさんは一緒に草原を回り、雑魚モンスターを倒しながら、ブルーアースのシステムを一通り確認していた。


「さっきビグラットからダメージを受けたけど、回復とかしなくても大丈夫なの?」


 サクヤさんは、先ほどビグラットに体当たりされた部分を押さえながら言った。


「ダメージは時間経過で自然回復します。じっとしていれば、より早く回復できます」

「残りの体力を確認する方法はないの?」

「体力ゲージはありません。ダメージ受けると視界がどんどん暗くなります……真っ暗になったら死亡です。死亡したらリスポーンポイントに戻されます」

「リスポーンポイント……地図に書いてある星マークの場所のことね」


 サクヤさんは基本的なシステムすら知らないようだ……あるいは知らないふりをしているか。


 ボルトアクションライフルについては、ストックの使い方を覚えてから、かなりの頻度でモンスターに命中させていた。元々集中力は高いようだ。


「ライフルって引き金を引くだけで連射できる武器じゃないのね」


 サクヤさんはボルトアクションライフルを再装填しながら呟いた。初期装備にはアサルトライフルもセミオートスナイパーライフルも用意されていない。そんな武器を実装したら、このゲームはFPSになってしまう。


「あれ? なんかライフルが安定して構えられないんだけど」


 サクヤさんが構えるライフルの先端がふらついていた。


「スタミナが減ってきたようですね。アイテムを使って回復させる必要があります」


 ゲーム内での移動や武器の使用には、スタミナが必要だ。スタミナが少なくなると移動速度の低下や、攻撃精度が下がるなどの悪影響が生じてしまう。体力ゲージと同じく、スタミナの残量は画面に表示されないため、体感(・・)で測るしかない。


「あー、私武器以外何も持ってきてない」

「……一度街に戻りましょう。私も何も持ってきていないので」





 街に戻った私たちは銀行に来ていた。ブルーアースでは、モンスターを倒してもその場で金はもらえない。倒したモンスターの数や強さに応じて、銀行に報酬金が振り込まれる仕組みだ。

 雑魚モンスターを何体か倒して得られた額は1,206es(エス)。スタミナ回復用のアイテムを買うだけであれば十分だろう。


 スタミナを回復させたい場合、道具屋でスタミナ回復用の食料品を買うこともできるが、酒場で食事をとる方法もある。どんな料理が出てくるのか気になるところだ。

 私たちは酒場に向かい、コモンサンドと呼ばれる料理を頼んだ。スライス肉と野菜を薄焼きパンで挟んだシンプルな料理だ。見た目だけであれば、それなりに美味しそうなのだが……


「この料理、味がしないんだけど……」


 サクヤさんはコモンサンドを口にしながら、不満そうに呟いた。


「ブルーアースが採用している脳波コントロールシステムは、あくまでキャラクターを操作するためのシステムです。ゲーム内のキャラクターが食事を口にしても、現実の私たちが味を感じることはありません」


 当然のことではあった。脳波コントロールシステムは一方向のシステムでしかないのだ。脳波でゲーム内のキャラクターを動かしていても、ゲーム側から脳に情報が送られてくることはない。


「それってなんか夢がないよね。目の前に美味しそうな食事が出てきても、味を感じることができないだなんて」

「絵に描いた餅と仰りたいのですか? お気持ちは察しますが……」


 ゲームの中で食べた料理の味を感じる……それが実現する日はまだまだ先になるだろう。





 食事を済ませた後、私たちはシティ中央の橋を訪れていた。奇しくも私がブルーアースにログインして最初に向かった場所だった。

 時間帯は21時を過ぎていた。ベータテスト初日ということもあり、街はプレイヤーで溢れかえっている。

 喧騒を避けるように、私とサクヤさんは橋の上から川を眺めていた。美少女が二人並んでいるだけでも様になるのだろう。通りかかったプレイヤーたちは、皆足を止めてこちらを見ているようだった。

 不思議な気分だった。現実では、こんな形で女性を連れ回すことはあり得ないのだから。


「カスミさん、今日はありがとう……私、何も分かってないから迷惑だったでしょう?」

「そんなことはありませんよ。一人では気づかないことも沢山ありますので」


 サクヤさんは、本当にゲームのことを知らないプレイヤーなのかもしれない。なぜベータテストに参加しているのか疑問は残るが。


「私ね、最初このゲームにログインしたとき、周りの人が男性ばかりで正直怖かったのよ」

「へぇ……」

「でも、カスミさんみたいな親切な『女性』のプレイヤーに会えてよかった……」



 ――今なんて言った?



 親切な「女性」のプレイヤー? そんなプレイヤーはどこにもいない。私の本質は彼女が怖いと感じた「男性」のものではなかったか。

 ここに来て私は初めて気づいた。嘘をついていたのはサクヤさんではない、私の方だ。


 私はブルーアースにログインして新しい自分を得た気になっていた。しかし、現実はそうではない。HMDを外してしまえば、残るのは何の価値もない現実の自分だけだ。私はそんな当たり前のことすら理解できていなかったのだ。

 ……私はここに来るべきではなかった。現実と向き合うことから逃げてはいけなかったのだ。


「……サクヤさん、あなたは勘違いをしています」

「えっ?」

「現実の私は男なんです」

「……!」


 サクヤさんは両手で口を押さえて絶句した……本当に気づいていなかったようだ。


「ごめんなさい、あなたを騙すつもりはありませんでした……ですが、私はもうここにいることはできない、いるべきではない」

「そんな……」

「短い時間でしたが、あなたと一緒に過ごすことができて楽しかったです……さようなら」


 私はサクヤさんに背を向け、橋を降りていく。


「待って……!」



 その時だった。



「――――!」


 頭の中に強烈な痛みが生じた。文字通り死ぬほどの痛みだった。

 ……だめだ、痛みを感じているのに声が出せない。目の前には頭を抱え、苦しんでいるサクヤさんが映っていた。だが、彼女の声を聞くことすらできない。


「僕」はこのまま死んでしまうのだろうか……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ