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第26話 お菓子売りのカリン

 サクヤさんが口をきいてくれなくなった。私が無神経に「女の子の方が好きなんじゃないか」なんて聞いてしまったからだ。


 私には一つの不安があった。

 今の私は金髪碧眼の美少女PCだ。サクヤさんは私の本当の性別を知っているが、本当の姿までは知らない。

 ……もし現実世界に帰還できなければどうなるのだろう。今の姿のまま、サクヤさんの隣で生きていくことができるのだろうか。永遠に偽りの姿のままで――





「カスミ……サクヤを何とかしろ」


 レイカさんが責めるように言ってきた。


 スノウビレッジを出発した後、私たちはイースターエッグの情報を得るため、大陸北西部のサンライトタウンを訪れていた。

 しかし、気分を損ねていたサクヤさんが、宿の一人部屋に引きこもったまま、出てこなくなってしまったのだ。


「一人部屋に立てこもられたら手出しができないんだよ。このままじゃイースターエッグを探すこともできやしない」

「ええ……分かっています。こんなことになったのは私の責任です」


 サクヤさんを置いていくことはできない。何とかして彼女に許してもらう必要があった。


「だいたい、お前は歪みすぎなんだ。性別を偽ってまで女への執着を断ち切ろうとしながら、なぜサクヤのことを……」


 レイカさんは私の心を見通していた。性別を偽る理由まで気づいているらしい。


「分かりません……ただ、私の心が彼女を求めてしまうんです」

「……それがお前の本質(・・)というわけか」


 レイカさんは難しい顔をしていた。私のような歪んだ人間の相手をするのは、彼女にとって気苦労に違いなかった。


「しかしサクヤさんが岩戸に閉じこもってしまうとは……まるで神話の再現ですね。宿の前で、お祭り騒ぎを起こしたら出てきてくれるでしょうか?」

「岩戸に閉じこもったのはアマテラスだろ。コノハナサクヤは関係ないと思うが?」

「え? そうでしたっけ?」


 レイカさんの言う通りであるが、今のサクヤさんはアマテラスそのものだ。彼女が部屋から出てこなければ、この世界は闇に包まれてしまう……そんな気がする。


「そもそも騒ぎなんて起こしても無駄だと思うぞ。あいつは、お前が嘘つきだと知っているからな。看破されるのがオチだ」

「ううっ、天の岩戸をこじ開けるのは容易ではありませんね。かくなる上は……」

「何か考えがあるのか?」

「この町にお菓子作りの天才がいるらしいんです」


 私はキャピタルシティでレーベンを探している最中、「お菓子売り」と呼ばれるプレイヤーの情報を入手していた。


「お菓子だと? そんなものが一体何の役に立つ?」


 レイカさんはお菓子を食べないのだろうか……彼女も興味を持ってくれると思っていたのだが。


「丹精込めて作られたお菓子には魔力が宿ると言われています。たったの一口で人の心を動かすことができるんです」

「大げさな言い方をするな……要するにプレゼントを渡して機嫌を取ろうというのだな?」

「まあ、そういうことです。お菓子一つで許してもらえるとは思いませんが……」


 たとえ許してもらえなくても、何もせずにはいられないというのが本音だ……女性の気持ちを正しく理解できる人間であれば、こんなことで悩む必要もないんだろうな。


 宿の滞在可能期間から推測して、サクヤさんが部屋から出てくるまでには、かなりの時間があった。その間に私とレイカさんは、サンライトタウンのお菓子屋に行くことにした。





 先日、レーベンからもらったクッキーのように、ブルーアース内では食品の味が再現されている。しかし、そのバリエーションには限りがある。パサパサしたクッキーや大味な酒場料理ばかり食べていては、プレイヤーたちは精神に異常をきたしてしまう。


 そこで一部のプレイヤーは、独自に料理の研究を行っていた。ブルーアース内で入手できる食材を利用し、新しい料理を作り出そうというのだ。


 だが、その研究は困難を極めた。ブルーアースは現実世界とは仕組みが異なる。調理された食材がシステムに「食品」として認識されなければ、ただの生ゴミになってしまうのだ(システムが、レーベンの言っていた管理者と同一の存在かは不明である)。

 肉の丸焼きのようなシンプルな料理であれば、システムに食品として認識してもらえる可能性は高くなる。一方で、複雑な調理を必要とする料理……とりわけお菓子については、食品として認識してもらえる事自体が稀で、思い通りの味を再現することは不可能だと言われていた。


 しかし、その不可能を可能にしたプレイヤーが現れた。その人物こそ「お菓子売りのカリン」と呼ばれる女性プレイヤーだった。サンライトタウンには、彼女が開いたお菓子屋さんがあるのだ。

 彼女が作ったお菓子には、普通のアイテムとは一線を画す特別な力が宿ると言われている。彼女のお菓子を目当てに、この町を訪れるプレイヤーも少なくなかった。





「レイカさん、あれですよ。あれが噂のお菓子屋です」


 私たちは町の路地で、カリンさんが開いたお菓子屋を見つけた。ファンシーなライトグリーンの外装が目を引く小さな店だ。

 しかし店の周りは閑散としており、客の姿は見当たらない。


「本当にあの店なのか? 客が一人もいないようだが」

「おかしいですね……いつも行列ができるほどの賑わいだと聞いていたのですが」


 私たちが店の様子をうかがっていると、一人の女性PCが店から出てきた……彼女がカリンさんのようだ。左に寄せたブロンドのサイドテールと緑色の帽子の組み合わせが可憐(かれん)な雰囲気を(かも)し出している。


「カリンさんですよね? 私たちお菓子を買いに来たんですが……」

「……ごめんなさい、今はお菓子を売っていないんです」


 私が声をかけると、カリンさんは残念そうな顔で答えた。緑色の大きな瞳も、今は曇っている。

 彼女は不可思議なドラム状の箱を背負っている。どこかに出掛けるところだったのだろうか。


「えーと、今日はお休みなんですかね?」

「そうじゃないんです。実は……」

「お菓子の材料が手に入らなくなったんだよ」


 店からもう一人の女性が出てきた。端正な顔立ちの女性PCだ。黒髪のショートカットとブラウン系の瞳が写実的な印象を与える。


「あなたは?」

「私はユリカ。この店でお姉ちゃんの手伝いをしてるんだ」

「お姉ちゃん!?」


 私は思わず声を上げた。家族同士でベータテストに参加しているプレイヤーを見るのは、初めてのことだった。何より、二人は髪も目の色も違うのだ。一目で二人が姉妹であることに気づく人間は、ほとんどいないだろう。


「立ち話もなんだしさ、店に入りなよ……お菓子は出せないけどね」


 私とレイカさんは店内へと案内された。本来であれば、お菓子が並べられているであろう陳列棚は空っぽになっている。


「先ほど、お菓子の材料が手に入らなくなったと聞きましたが、何が原因なんですか?」


 私はカリンさんに尋ねた。問題を解決できなければ、サクヤさんにお菓子をプレゼントすることはできない。


「理由は分かりません。ただ、お菓子の材料……卵や牛乳の供給が滞っているみたいなんです」

「商人たちに聞いたんだけど、一部の食材だけが、ほとんど手に入らないみたいなんだ」


 カリンさんとユリカさんが事情を説明してくれた。お菓子作りに必要な材料が流通しなくなり、お菓子屋を続けることが困難になってしまったのだという。


「卵に牛乳……そんなものがアイテムとして存在していたのか」


 レイカさんが不思議そうな表情で言った。私たちは自分で料理をする機会が皆無なので、食材系のアイテムには縁がなかった。


「卵や牛乳は、農家を経営しているプレイヤーの方が販売されているんですよ」

「といっても、農家は町から離れているから、食材の流通は運び屋を当てにするしかないんだよね」

「運び屋……ですか」


 運び屋や商人に関わるとろくな目にあわない……私はそんな先入観を持つようになっていた。


「商会が仕事をしなくなったせいで、アイテムが手に入りにくくなったからね。今じゃ個人で運び屋をやってるプレイヤーにアイテムを運んでもらうしかないんだよ」

「そういえば、町で商会の人間を見る機会が少なくなりましたね」


 ルミナスタウンでの一件以来、商会は急激に活動の範囲を縮小しているようだった。


「商会の当主だったエンドラが隠居したんだよ。なんでも毎日殺される夢を見るようになったらしいよ。エンドラが一線を退いたせいで、商会の流通網はほとんど機能しなくなっているんだ」

「……」


 レイカさんは素知らぬ顔をしていた。商会が影で悪行を働いていたことは事実だが、アイテムの流通に関して大きな役割を担っていたことも否定することはできない。


「カリンさん、私にはどうしてもあなたが作ったお菓子が必要なんです。私が材料を集めてくるので、お菓子を作ってはいただけないでしょうか」


 私はカリンさんに頭を下げた。このまま手ぶらでサクヤさんの元へ帰ることは許されない。


「えっ……ええ、もちろん材料さえ手に入ればお菓子は作りますけど」

「……諦めたほうがいいと思うよ。私たちだって材料を探し続けているけど、ここ1か月は砂糖一粒手に入らないんだから」


 ユリカさんは暗い表情で、諦めるように促してきた。お菓子の材料が流通していないという話は事実なのだろう。

 だが、私には一つの疑問があった。


「でも不思議ですよね。どうしてお菓子の材料だけが流通しなくなったんです?」

「それは……」


 カリンさんが言い(よど)んだ。


「お菓子を作れるのはカリンさんしかいないはず……この町にお菓子の材料だけが流通しなくなったとすれば、それは何者かの意思が働いているような気がします」

「……」


 カリンさんは俯いたまま口をつぐんだ。彼女がお菓子売りを続けられなくなったのは、単なる偶然だとは思えない。


「カリンさん……誰かから悪意を向けられるような心当たりはありませんか?」

「ありません……私はただお菓子を作っていただけなんです」

「お姉ちゃんの言う通りだよ。お姉ちゃんを憎んだり、恨んだりする人間なんてどこにもいないよ」


 ユリカさんがカリンさんの肩を抱いた。カリンさんは、すがるようにユリカさんに寄りかかる……二人は本当の姉妹のようだ。


「失礼しました……では、私たちは材料を探してきます」


 私とレイカさんは、カリンさんの店を後にした。

 ……お菓子の材料を手に入れるには、彼女に忍び寄る悪意の正体を暴く必要がありそうだ。

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