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第25話 生者の誇り

「よりにもよって、このタイミングで……」


 デモンフロストは、氷の鎧を身に纏った魔人型モンスターだ。雪山を徘徊し、遭遇したプレイヤーをキルするまで追撃してくる凶悪なモンスターとして恐れられていた。


 デモンフロストは右手に氷の剣を形成し、ミゾレさんに襲いかかってきた。奴は腹部の制御核(コア)によって大気中の水分を凍結させ、氷の武器を作り出す能力を持っているのだ。


「い、嫌ぁっ!」


 ミゾレさんが悲鳴を上げた。恐怖に支配された彼女は、到底戦える状態ではない。


「ミゾレさん、下がってください!」


 私は抜刀術を発動させ、デモンフロストの攻撃を防御した。超低温で形成された氷の剣は、有明月をも上回る鋭さを持っている。斬りつけられれば、一撃で戦闘不能に追い込まれてしまうだろう。


(奴の弱点はどこだ!)


 デモンフロストは身体の大半が氷の鎧で覆われている。氷点下において、この鎧はほとんどの物理攻撃を無効化してしまう。火炎放射器か焼夷手榴弾でもあれば対抗できるかもしれないが、そんな武器を持ち合わせているはずもない。


 ダメージを与えられるとすれば、武器を形成するために露出している腹部の制御核、あるいは兜の隙間からわずかに見える顔面の部分だけだろう。

 私とデモンフロストには大きな体格差がある。打刀で兜の隙間を狙うのは至難の業だ。となれば、やはり腹部の制御核を狙うしかない。


 私は両手で握った打刀の刃を上に向け、上段の構えを取る。抜刀状態からカウンターを狙う際の構えだ。

 デモンフロストは私の狙い通り、氷の剣を振り下ろしてきた。私は振り下ろされた氷の剣を弾き返し、腹部の制御核に向けて突きを放った。


(貫け!)


 だが、デモンフロストは私の行動を読んでいた。奴は左手に氷の盾を形成し、打刀による攻撃を防いできたのだ。


(弱点を守るための対策か!)


 盾を正面に構えられては、弱点の制御核を攻撃することはできない。敵の防御を崩すための一手が必要だ。それができるとすれば……


「ミゾレさん、弓矢でデモンフロストの顔を狙ってください!」

「そんな……私にはできません!」


 デモンフロストの防御を崩すには、複数のプレイヤーによる同時攻撃を行うしかない――今、この場には私とミゾレさんしかいないのだ。


「この状況を打破するには、あなたの力が必要なんです!」

「でも……でも!」


 デモンフロストは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。だが、ミゾレさんは武器を手にすることを躊躇(ちゅうちょ)していた。彼女は目の前のモンスターを恐れているのではない。戦いそのものを恐れているのだ。


 ……この苦境を脱しなければ、ミゾレさんが前に進むことはできない。これは彼女が生きる意味を取り戻すための戦いなのだ。


「ミゾレさん、戦うことを……生きることを恐れてはいけない! あなたはまだ生きている! 生きている人間にしかできないことをやるんだ!」

「生きている人間にしかできないこと……」

「そうだ! あなたには、あなたにしかできないことがある。本当の自分を――生きる意味を取り戻すんだ!」

「……」


 ミゾレさんは震える手で弓を手にした。右手で矢をつがえ、デモンフロストの頭部に向けて弓を引く。

 しかし、ミゾレさんは弓を引き絞らない内に弦を放してしまった。放たれた矢はデモンフロストに届くことなく、地面に落下してしまう。


「……だめ、やっぱり私にはできない!」


 ミゾレさんは力なく膝をついてしまう。

 だが、矢を放たれたデモンフロストはミゾレさんにヘイトを向け、氷の剣を振りかぶってきた。


「ミゾレさん、危ない!」


 私はミゾレさんとデモンフロストの間に割って入り、氷の剣を打刀で受け止める。

 だが、ボスモンスターの攻撃を防ぎ続けるには限界があった。デモンフロストは剣に体重を乗せ、私をそのまま押し切るつもりのようだ。


「ぐっ!」


 こちらのスタミナは底をつきかけている。このままではやられてしまう――


「カスミさん!」

「ミゾレさん、デモンフロストは動きを止めています。今の内に……奴を!」

「でも……」


 眼前に氷の刃が迫る……残された時間はあとわずかだ。


「大丈夫……あなたならできる」

「……分かりました!」


 ミゾレさんが再び弓を構える。左腕を伸ばし、右手で弦を引く――今度はすぐには放さない。弓を引き絞り、リリースのタイミングを計る。コンパウンドボウに装着されたスコープサイトが、デモンフロストの顔面を捉えた。


「お願い、当たって!」


 ミゾレさんが矢を放った。矢はブレることなく、デモンフロストの頭部に向かってまっすぐに飛んでいく。そして、その矢じりがデモンフロストの右目を貫いた。


『ギアアアアッ!』


 右目を射抜かれたデモンフロストが悲鳴を上げた。氷の剣と盾を地面に落とし、もがき苦しんでいる――チャンスは今しかない!


「くらえっ!」


 私は制御核に向けて渾身の突きを放った。打刀の切先が制御核に突き刺さる。デモンフロストがのたうち回るが、(つか)から手を放すわけにはいかない。


「くたばれぇっ!」


 私は打刀で制御核を抉り、デモンフロストの腹部を内側から斬り裂いた。


『ガアアアアッ!』


 デモンフロストが断末魔を上げる。制御核が破壊されたことによって、全身を覆っていた氷の鎧と共にデモンフロストの身体はバラバラに砕け散った。


「や、やった……」


 ミゾレさんは脱力し、その場にへたり込んだ。


「ミゾレさん、素晴らしい腕前です。兜のわずかな隙間を狙ってデモンフロストに致命傷を与えるだなんて!」

「偶然、偶然ですよ!」


 謙遜(けんそん)するミゾレさんだったが、複雑な構造を持つコンパウンドボウは簡単に扱える武器ではない。彼女は冷静になれば、正確に的を射るだけの技量を持っていたのだ。


「ふふっ、もう修行の旅に出る必要はありませんね。みんなの元へ帰りましょう」

「ちょ、ちょっと、からかわないでくださいよ!」


 私はミゾレさんの手を取り、二人で洞窟の出口へと歩み始める。出口から差し込む光が、ミゾレさんの顔を明るく照らしていた。





 洞窟を脱出した私たちは、発煙筒を使ってサクヤさんたちと合流した。

 サクヤさんとレイカさんは吹雪の中でモンスターとの遭遇戦になり、危うく自分たちが遭難するところだったという。私が発煙筒で位置を知らせなければ、非情に危険な状況だった。

 私は二人を危険な目にあわせたことを詫びたが、二人はミゾレさんが見つかったことに安堵し、私を責めることはなかった。





「ミゾレ、無事だったんだね!」

「今までどこにいたの!」


 私たちがスノウビレッジに帰還すると、コウイチとサツキさんが駆け寄ってきた。


「ごめんなさい、私……」


 仲間たちを前にして、ミゾレさんは口をつぐんでしまった。理由を語ることを(はばか)るのは当然だろう。


「ミゾレさんは雪山の奥地で修行をされていたんです」

「この雪山で修行を!?」


 私の言葉にコウイチは驚愕した。


「本当ですよ。私がデモンフロストに襲われた時、弓矢で助けていただいたんです」

「あのデモンフロストを……すごいじゃないか、ミゾレ!」

「えーと、あの……」


 ミゾレさんは困った顔を私に向けてきた。


「大丈夫です、ミゾレさん。あなたは誇りを持って生きてください」

「はい……!」


 ミゾレさんは強い意志を持って答えた。彼女は自らの絶望を打ち払い、生きる意味を取り戻すことができたのだ。





「嘘をついたな」


 スノウビレッジを離れた後、レイカさんが怪訝(けげん)そうな顔を向けてきた。彼女は事の顛末(てんまつ)を知っているのだ。


「本当のことを知らない方がいい時もあるんですよ……私の正体とか」

「私は知ってよかったと思ってるけど」


 サクヤさんが身体を寄せてくる。

 ……知ってよかった? 彼女が嘘をついているとは思わない。だけど、私には一つだけ気になることがあった。


「でも私が男だって知った時、すごいショック受けてませんでしたか? ……ひょっとして女の子の方が好きだったりします?」

「……そんなことあるわけないでしょ! バカ!」


 サクヤさんはライフルのストックで私を殴りつけると、そのままどこかへ走り去ってしまった。


「ごめんなさい、サクヤさん! お願いですから逃げないでください!」


 私はサクヤさんを追いかける……嘘の代償は高くつきそうだ。

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