第21話 分岐路
私たちがレーベンの隠れ家を出ると、正面から10人のPCが近づいてきた。PCたちの防具には、大陸平定団のエンブレムがマーキングされている。
「レーベン、お前がここに隠れていることは分かっている。姿を見せろ!」
赤い兜を付けたリーダー格の男が大声で叫んだ。眼前にいる私たちのことは気にかけていない様子だった。
「昼間から騒々しい……私に一体何用だ?」
レーベンが、しぶしぶ隠れ家から出てきた。どうやら大陸平定団には関わりたくない理由があるらしい。
「俺は大陸平定団のトドロキだ……お前が情報屋のレーベンだな?」
「情報屋を名乗った覚えはない。プレイヤーたちが勝手にそう呼んでいるだけだ」
詰め寄るトドロキに対し、レーベンはそっけない態度をとった。
「……カイル団長がお前を探している。我々にご同行願おうか」
「断る」
レーベンは即答した。
「貴様……!」
無下に扱われたトドロキは声を震わせる。
「私が平定団の所業を知らないとでも思ったか? 鉱山の占拠、下位プレイヤーへの恫喝行為、個人商店へのみかじめ料の請求……お前たちのような与太者に手を貸すつもりはない」
先の鉱山占拠事件からも分かるように、大陸平定団は各所で問題を起こしていた。その独善的な行動は、「英雄」になることを目論む団長のカイルが原因だとされている。レーベンが平定団への協力を拒むのは当然の帰結であった。
「プレイヤーたちを帰還させるために戦っている我々を愚弄するとは……この男を引っ捕らえろ!」
団員たちが武器を構え、レーベンに向かって突撃してくる――しかし、一人の戦士が行く手を阻んだ。
「銀の殺し屋……!」
レイカさんが銀の槍を平定団に向ける。銀の殺し屋を前に、団員たちは後ずさりした。
「レーベン、お前はさっさと逃げろ」
「レイカ、君は一体何を……」
レイカさんの行動に、レーベンも驚きを隠せないようだった。
「勘違いするなよ。私はお前を信用しているわけじゃない。平定団のやり方が気に食わないだけだ」
「しかし、相手は10人だぞ。いくら君でも……」
「私たちを安く見積もるな」
レイカさんが、私とサクヤさんに視線を向けた――戦うのは彼女一人ではない。
「レーベンさん、ここは私たちに任せてください」
私はレイカさんの隣に立った。打刀の鯉口を切り、戦闘態勢をとる。
「あなたには兄さんのことを教えてもらいました……今度は私たちがあなたを助ける番です」
続いてサクヤさんも前に出る。平定団を前にしても怖気づく様子はない。
「分かった……だが、君たちだけで戦うのは無謀だ。私が奴らを分断する。ついて来てくれ!」
レーベンは背後の路地に向かって走り始めた。私たちもその後を追いかける。
「逃がすな! 平定団に逆らう者共を処断しろ!」
トドロキを先頭に、団員たちが追撃してくる。逆上した連中は、自らの任務すら忘れているようだ。エゴを剥き出しにして襲いかかってくる。
「レーベンさん、一体どこに向かっているんですか?」
「……もう少しだ」
レーベンの後ろを走っていると、正面に分岐路が見えてきた。
「私は左の道を行く。君たちは右へ走れ!」
レーベンの言葉に従い、私たちは分岐路を右に進んだ。
「分かれ道だ!」
「レーベンはどっちに向かった?」
「二手に分かれて追撃しろ!」
レーベンの読み通り、平定団は戦力を分散させて追撃してきた。私たちの後ろからは、5人の団員が追いかけてくる。
「5対3か……レーベンがくたばる前に始末するぞ」
レイカさんが反転し、迎撃の構えを取る。
「サクヤは後方の住居に登れ。私が合図したら正面の敵を狙撃しろ」
「任せておいて!」
「カスミは迂回して敵の背後に回れ。奴らが撤退するところを見逃すな」
「撤退……? ふふっ、最初から勝つつもりなんですか?」
「当たり前だろ」
レイカさんの指示に従い、私たちは配置についた。追撃してきた5人の団員は、既にレイカさんの眼前に迫っている。
「敵は銀の殺し屋だけだ!」
「この場で仕留めてやるぜ!」
太刀を構えた二人組のPCが、レイカさんに向けて突撃してくる。
「サクヤ、今だ!」
住居の屋上に登っていたサクヤさんがライフルの引き金を引いた。
「ゔああぁぁっ!」
M7000の銃口から放たれた弾丸が、団員のボディーアーマーを貫通した。以前まで使用していた初心者用のライフルとは段違いの威力だ。
「なっ、狙撃兵か!?」
「……どこを見ている?」
「――!」
動揺した太刀使いの団員に、正面から繰り出される銀の槍を防ぐ術はなかった。
「ぐあああっ!」
太刀使いの二人組は瞬く間に沈黙してしまった。
「う、嘘だろ……」
「あっという間に二人やられたぞ!」
「レーベンはこちらにはいない……撤退して本隊に合流するんだ!」
敵わないと判断した残りの団員たちは、元来た道を引き返し始めた。
「レイカさんの予想通りでしたね」
「えっ――」
団員たちの背後に迂回していた私は、すれ違いざまに団員の一人を斬りつけた。団員は左手に盾を装備していたが、構える暇もなく崩れ落ちる。抜刀術は敵意を隠すことで、暗殺にも転用できるのだ。
「ちくしょう! このままで済むと思うなよ!」
残っていた団員の一人が片手剣を抜き、私に斬りかかってくる。
だが、その剣先が私に届くことはなかった。
「ゔわあああっ!」
銃声が鳴り響き、背後から撃たれた団員がその場に倒れる。ライフルの再装填を済ませたサクヤさんは、スコープを用いて正確に団員の胴体を撃ち抜いていた。
「あ、ああ……そんな……」
団員が一人だけ取り残されていた。重量のある大斧を装備していたせいで、他の団員よりも動きが遅れていたのだ。
「こんな……女の子相手に負けるなんて……」
団員は今にも泣き出しそうな声を出している。もはや戦意は残されていなかった。
「あなたに用はありません。一昨日に来てください」
「うっ、うわあああっ!」
団員は武器を捨てて逃げ出した。悪意を持った人間ではないのだろうが、ろくでもないギルドに所属したのが運の尽きだ。
「片付いたか」
「カスミ、怪我はない?」
レイカさんとサクヤさんが駆け寄ってくる。
「私は大丈夫です……それよりもレーベンさんが心配です。早く合流しましょう」
レーベンは単独で5人の敵を相手取っているのだ。一刻も早く救援に向かう必要がある。私たちは分岐路を戻り、レーベンの元へと急いだ。




