第17話 悪意を裁く者
「馬鹿な……なぜ貴様がここにいる!」
銀の殺し屋――レイカさんの出現にエンドラは焦燥を隠せなかった。
レイカさんは潜入用の黒い装束を身に纏っている。武器も普段の槍ではなく、屋内での戦闘を想定した銀色のショートソードだ。
「お前の目は節穴だな。カスミとサクヤは、私が館に潜入するためのダシだったんだよ」
「なんだと……!」
エンドラは、私とサクヤさんの身柄を拘束したことで完全に油断しきっていた。実は見張りの用心棒たちが荷車の積荷を調べている隙に、レイカさんは館の内部へと潜入していたのだ。
「二人を捕まえて勝ったつもりでいたのか? 詰めが甘かったな!」
「この私をコケにするとは……誰でもいい! あいつを殺せ!」
私の打刀を奪っていた用心棒がレイカさんに斬りかかる。対するレイカさんは後方に飛び退くと同時に、手にしていたショートソードを投げつけた。
「ゔあぁぁっ!」
投擲されたショートソードが用心棒の喉笛を貫いた。リーチに劣るショートソードといえど、レイカさんの手にかかれば必殺の武器と化すのだ。
「カスミ、サクヤ、お前たちも武器を取れ!」
レイカさんは用心棒から奪い返した武器を私たちに手渡した。
「レイカさん……来てくれると信じていましたよ」
「ふん、失敗することが前提の作戦を立てておいて、よくもそんなことが言えるな」
「流石にそこまでは考えていませんよ」
私とて最初から無謀な作戦を立てていたわけではない。あくまでもレイカさんの存在は保険だったのだ。
再会を喜ぶ私たちだったが、その間にも用心棒たちが次々に部屋へと押し寄せてくる。部屋の側面にあるバルコニーからも、別働隊が梯子を使って乗り込んでくるようだ。
「サクヤは扉から入ってくる用心棒たちを狙撃しろ。私との訓練を思い出すんだ」
「分かったわ……できるだけやってみる!」
サクヤさんがライフルを構える。今の彼女に戦うことへの躊躇は見受けられない。
「カスミはヒカリさんの護衛だ。抜刀術で近づく連中を斬り伏せてやれ」
「任せておいてください。必ずあなたの期待に応えてみせます」
私はヒカリさんを後ろに庇った。ヒカリさんは武器を装備していない。敵を近づけさせるわけにはいかないのだ。
「私はバルコニーから侵入してくる敵を叩く。エンドラが逃げ出さないように退路を塞ぐことを忘れるな」
……なんと頼もしい女性だろうか。レイカさんの仲間になれたことは、どんな宝を手にするよりも価値があることに違いなかった。
迎撃態勢を整えた私たちに、用心棒たちが襲いかかってきた。部屋の扉から次々に用心棒たちが突入してくる。
サクヤさんがライフルで先頭の用心棒を狙撃した――銃弾を受けた用心棒が倒れるが、後ろの連中は死体を踏み越えて私たちに迫ってくる。
「ここから先へは行かせない!」
私は抜刀術を発動させ、迫りくる用心棒たちを斬り捨てた。有明月の輝く刀身は、悪しき者共を寄せ付けることはない。
私が前方で時間を稼いでいる間に、サクヤさんがライフルの再装填を済ませ、攻めあぐねた用心棒たちを狙い撃つ――これを繰り返して、敵の数を減らしていく。
バルコニーからは別働隊が乗り込んできたが、待ち伏せていたレイカさんのショートソードによって、尽く首を刈られていった。
「ええい! 他の用心棒たちは何をしている。奴らはたったの三人だぞ。数で抑え込むんだ!」
エンドラは側近の男を叱責した。この期に及んで自ら武器を取るつもりはないようだ。
側近は慌てて窓から外の様子を確認した。
「……た、大変です! 館の入口にプレイヤーたちが殺到してきて、用心棒たちが足止めされています!」
「なんだと!?」
側近の知らせを聞いたエンドラが窓に駆け寄った。
館の入口では、プレイヤーたちと用心棒たちが乱戦を繰り広げていた。
「ヒカリさんを解放しろ!」
「俺たちは商会のやり方を認めないぞ!」
その光景を目にしてエンドラは青ざめた。
「な、なんなんだ、あいつらは……」
「彼らはヒカリショップを利用していたプレイヤーたちだ。お前がヒカリさんを誘拐したことを聞きつけて加勢に来てくれたんだよ」
ヒカリショップの利用客たちにとって、エンドラの悪行は許しがたいものだった。商会がいかに強大な組織だとしても、正しき心を持ったプレイヤーたちを止めることはできない。
「こ、こんな馬鹿なことが……」
「まだ分からないのか? ヒカリさんに手を出した時点で、お前の負けだったんだ」
レイカさんがショートソードの剣先をエンドラに向けた。プレイヤーたちの加勢によって、用心棒たちの攻勢は既に弱まっている。エンドラにもはや勝ち目はなかった。
「ま、まだだ! まだ私は負けちゃいない! 商会の拠点はいくらでも作り直せるんだ。ここを脱出して必ずお前たちに復讐してやる!」
エンドラは側近を置いて一人だけ逃げ出そうとしていた。頭がおかしくなったのか、必死になって袋に金を詰めている。
「こいつらを足止めしろ。私はその間に逃げる!」
「そ、そんな……」
エンドラの身勝手極まりない言動に、側近の男は困惑していた。
「商会を守るための犠牲になれと言っているんだ。それがお前に与えられた役目なんだよ!」
「……」
側近は何も言わなかった。その代わり、手にしていた剣を床に投げ捨てた。
「な、何をしている!? なぜ戦わないんだ!」
「……あんたのために戦う人間なんて、どこにもいないよ」
側近だった男はエンドラに一瞥をくれると、そのまま部屋を出ていってしまった。
「手下にも見捨てられたか。哀れな男だ」
「く、くそうっ!」
エンドラは金を入れた袋を抱え、部屋の扉から逃げ出そうとする。
だが、レイカさんがすれ違いざまに背中を小突くと、バランスを崩して前のめりに転倒してしまった。
「うわっ!」
袋に入っていた金が辺り一面に散らばった。用心棒たちも含め、エンドラを助けようとする者は一人もいなかった。
「終わりだな」
「ぐっ……!」
レイカさんがエンドラの背中を踏みつけた。ショートソードを逆手に持ち、剣先をエンドラに突きつける。
「ふふ……」
「何がおかしい?」
死の間際まで追い込まれたにもかかわらず、エンドラはレイカさんを見下すような笑みを浮かべていた。
「お前の負けだよ、銀の殺し屋。結局お前は暴力でしか物事を解決できないんだ。お前のやっていることは、他のならず者どもと何も変わらない。お前こそ本当の悪人だ」
「……そうだな、お前の言う通り私は悪人だよ」
銀の殺し屋が右手に光る剣を振り上げた。
「だから、お前を殺すことができる」
そして、ゆっくりと剣先をエンドラの背中に突き刺していく。
「い、痛いっ!」
エンドラは涙目になりながら悲鳴を上げた。
「分かっているだろう? PCは殺されても復活できるが、『死の痛み』から逃れることはできない」
死の痛みを味わったプレイヤーは、二度とそれを経験したいとは思わない。たとえ復活できることが分かっていても、その恐怖に抗うことはできないのだ。
「わ、分かった、もう悪いことはしない。ヒカリさんも連れて帰っていい。だから殺さないでくれ!」
「そうか、では死んでもらおう」
「な、なんで!?」
「私が殺し屋だからだ」
「ぐわああぁっ!」
エンドラは断末魔を上げた。虚言を並べることしかできない金の亡者は、悪意を裁く刃から逃れることはできなかったのである。




