第10話 正しき心
盗賊団の討伐作戦が決行された翌日、イーストシティの路地裏にロンドが現れた。既に日は落ち、周囲にプレイヤーの姿は見えない。
そこへ部下を引き連れたタクマがやってくる。
「作戦はうまくいったのか? タクマ」
「ええ、首尾は上々ですよ、ロンドさん」
タクマは、部下たちが運んできた大きな箱を指して言った。
「あの三人の装備は全て奪いました。奴らはもう戦えない。盗品の取引を邪魔される心配もなくなったわけだ」
「銀の殺し屋も倒したのか?」
「ええ、奴には少々手こずりましたが、作戦のおかげでなんとかなりましたよ。盗品の取引を邪魔するプレイヤーに砦の情報を与え、罠にかける……ロンドさん、やはりアンタは頭がいい」
「ふん、今更そんなことを言いにきたのか?」
ロンドは、タクマを相手に尊大な態度を見せた。それは初心者ギルドの団長としての顔ではなかった。
「あなたには感謝の言葉しかありませんよ。初心者ギルドを利用して馬鹿なプレイヤーどもを集め、俺たちに狩らせる……こんな素敵な仕事は他にありません」
「……無駄話はそれくらいにしろ。私とお前が会っているところを他のプレイヤーに見られるわけにはいかないのだからな」
「今回ばかりはそうもいきませんよ。あんなにかわいい女の子たちを獲物として用意していただいたんですから。おかげで素晴らしい狩りを楽しめましたよ」
タクマは歪んだ笑みを浮かべた。
「ほう……それは是非とも話を聞かせてもらいたいな」
「――話を聞かせてもらうのはこちらの方です!」
私は、タクマの部下が運んできた箱の中から飛び出した。そのまま打刀を抜き、切先をロンドに向ける。
「なっ……タクマ、私を裏切ったのか!?」
「裏切る? ははっ、何言ってるんですか。俺は女の子たちのお願いを聞いてあげただけですよ」
タクマは爽やかな笑顔で答えた。まるで憑き物が落ちたかのような表情だった。
「俺、盗賊なんて向いてないと思うんですよ。人を傷つけたり、物を盗んだりするのって良くないことじゃないですか。これからはカスミさんたちを見習って、人助けをして生きていこうと思います」
「き、貴様っ……!」
態度を一変させたタクマを前に、ロンドは唇を噛んだ。
「ロンド、タクマさんからあなたの悪事は全て聞きました。イーストシティを害する盗賊団のリーダーは、あなただったのですね」
「ぐっ……!」
ロンドは表向きは初心者ギルドの団長として活動していたが、それは獲物となるプレイヤーを集めるための行動だった。目を付けたプレイヤーをギルドに呼び込み、実働部隊であるタクマたちにアイテムを奪わせる。ロンド自身はタクマたちが奪ったアイテムを商会に流して金を得る。それが奴のやり口だった。
「緑の旅団の団員たちも含め、この街の住人にあなたの正体を公表しました。もう逃げ場はありませんよ」
「な、なんてことを……」
ロンドは狼狽した。悪事の数々を白日の下に晒された以上、奴に逃げ場は残っていないのだ。
「『人は一人で生きていくことはできない』と言いましたね。今こそ、その言葉の意味を考えるべきなのではありませんか?」
「ち、ちくしょうッ!」
ロンドは腰に付けていたナイフを抜き、大きく振りかぶった。私は打刀で奴を迎え撃とうとする。しかし――
「がはぁっっ!」
ロンドは振りかぶったナイフを自身の腹に突き刺した。正体を暴かれ、追い込まれた奴は自殺を選択したのだ。
「ぐっ、ぐふぅっ!」
ロンドは、もがき苦しんだ末に死亡した。リスポーンポイントに戻って逃亡するつもりなのだろうが、どの道ブルーアースに奴の居場所は残っていない。仮想世界といえども、悪事を働いた人間には相応の報いが待っているのだ。
「うわあ……」
ロンドの死を目の当たりにしたタクマは愕然としていた。もはや盗賊の頭領を務めたいとは思わないだろう。
「さて……タクマさん、あなたは先ほど『人助けをして生きていく』と言いましたね。その言葉は本心ですか?」
「も、もちろんです! 男に二言はありません!」
「では、あなたが緑の旅団の団長になりなさい」
「俺が初心者ギルドの団長に? で、でも今まで盗賊やってたわけだし、みんなが信用してくれるかどうか……」
突然の提案にタクマは困惑した。しかし、この仕事は彼にしか任せることができない。
「それはこれからの努力次第です。あなたが『正しき心』を持って、初心者プレイヤーを守るために活動を続ければ、この街の住人の信用を得ることができるでしょう」
「そんなにうまくいくかな……」
「大丈夫ですよ。あなたには、荒くれ者の盗賊たちをまとめ上げるだけの統率力と人望があります。その才を活かせば、ギルドの団長としての役目を全うできるはずです」
タクマの盗賊としての行いは、決して褒められたものではない。しかし、彼には付き従う部下が大勢いることも事実なのだ。
「そうですよ! タクマさんならきっとうまくやれます!」
タクマの部下の一人が声を上げた。
「タクマさんは、行き場をなくした俺たちに居場所をくれたんだ。盗賊なんかよりも、人助けの方が向いてると思います」
「俺たちにも手伝わせてください。今までの罪滅ぼしだけでもしたいんです」
他の部下たちも次々に賛同した。彼らは根っからの悪党ではなく、タクマを頼りにして行動を共にしていただけなのだ。
「……分かったよ、カスミさん。どこまでできるか分からないけど、俺も正しい行いができる人間を目指してみるよ」
「決まりですね。あなたが旅団の団長としての務めを果たすことに期待します」
私は路地裏で待機していたサクヤさんたちと合流し、その場を後にした。
「しかし、カスミさんは一体何者なんだ?」
ギルドハウスで旅団の再編が行われる最中、タクマの部下の一人が疑問を口にした。
「俺たちが旅団に入団できるように話をつけてくれたのもカスミさんなんだろ?」
「ロンドが黒幕だったことにも最初から気づいていたらしいぜ。それでタクマさんに今回の話を持ちかけたんだ」
「本当かよ!?」
「ああ、見た目は美少女PCだけど、あの胆力はまるで……」
よもやま話を続ける部下たちの前にタクマが立った。
「お前たち、ボサッとするんじゃない! 俺たちは初心者を守る旅団の一員になったんだ。手始めに装備を調達するぞ!」
団長に就任したタクマは部下たちを一喝した。その表情には盗賊だった頃の軽薄さは感じられない。
「装備の調達って……」
「この街には装備を失ったプレイヤーたちが溢れている。彼らが自分の身を守れるように、装備を渡してやるんだ」
「でも、装備を買うには金が……」
「装備を買う金は俺が出してやる。足りない分はモンスターを倒して稼ぐんだ。お前たちならできるだろ?」
タクマはすっかり初心者ギルドの団長になっていた。彼の変貌ぶりに部下たちは唖然としていた。
「タクマさん……なんだか別人みたいだ」
「違うよ、あれが本当のタクマさんなんだ。タクマさんの中に眠っていた正しき心が目覚めたんだ」
「……俺たちも頑張ろう!」
その後、タクマが率いる緑の旅団によって、イーストシティの治安は大きく回復した。不安な日々を送っていたプレイヤーたちが、彼らに称賛を贈ったことは言うまでもない。
盗賊団を打倒した数日後、私たちはイーストシティの治安維持をタクマたちに任せ、改めてルミナスタウンへと出発した。
ロンドが糸を引いていた盗賊団は事実上崩壊し、初心者ギルドである緑の旅団は本来の役目を取り戻した。これで初心者狩りが横行することもなくなるだろう。
一方でサクヤさんはどこか暗い表情をしていた。彼女は盗賊団との戦いにも抵抗があるようだった。
「このゲームって色んな人が仲良く遊ぶために作られたものなんでしょう? それなのに物を盗んだり、人を傷つけたり……どうして悪いことをする人が現れるのかしら……」
「サクヤ、人生は悪意との戦いなんだ」
レイカさんはそう言い表した。
「人間の心には必ず悪意が存在する。誰かを憎んだり、妬んだりする感情のことだ……私たちは自分の悪意と戦わなければならない。自分の悪意に負けた時、人間は悪人になってしまうからだ」
「悪人は、自分の悪意に負けてしまった人間なのね」
「そうだ……人間が存在する限り、悪人がいなくなることはない。私たちは悪人と――悪意と戦い続けなければならない」
悪意とは、悪人の心にだけ存在するものではない。人間は誰しもが、自分自身の悪意と向き合わなければならないのだ。
「それって凄く辛いことよね。生きていくだけでも悪意と戦わなければいけないだなんて……」
「正しき心を持つんだ。人間の心に悪意が潜んでいることを知っていれば、自分に負けることはないし、悪人を恐れることもない」
「ふふっ、レイカさんは本物の正義の味方なんですね」
私は心からそう思った。彼女は悪意と戦う戦士なのだ。
「からかうな……まったく、なんでお前みたいなネカマと一緒に戦わなきゃいけないんだ?」
「ちょっと、私のことネカマって言わないでください!」
「ネカマって何?」
私たちは街に潜む悪意との戦いに勝利した。だが、それは一つの勝利に過ぎない。私たちの進む先には、必ず次なる悪意との戦いが待っている。
だけど私は戦いを恐れない。正しき心を持った仲間がいるからだ。




