"正常な人間"
その日の夜は、夏にしては涼しい夜だった。
やけに耳に残る蝉の声をよく覚えている。
彼が私のクローンを作りたいと言い出したのは先週のこと。
様々な危険性を散々聞かされた上で、私はそれを承諾した。
危険性があるのに何故引き受けたか?
それはきっと誰もが感じている生きづらさ、そんなところから逃げ出したかったからだと思う。
それにしても…
「なんでこんな広い公園で夜に1人…」
公園には灯りも少なく、人もほとんど来ない。
彼が言うには研究所の職員が必要なことは全て済ませてくれるとのことだった。
君はただそこで立っていろ、と。
おそらく、今もう既に実験は始まっているのだろう。
クローンを作られたら意識はどうなるのかな、とか。
そもそもどうやって作るんだろ、とか。
最後の晩餐はやっぱりオムライスだったかな、とか。
そんなことをぼんやりと考えながら立っていると、ふと近くのベンチに空の試験管が置かれているのに気がついた。
「さっきまで無かったのに…」
試験管を咥えると、それを合図に"正常な人間"には戻らなくなると聞かされていた。
「これかぁ…」
なんの躊躇も無く、私はそれを咥えた。
…何も起こらないじゃん。
また、ぼんやりと考え事を始めた。
ーードクンッ
しばらくすると急に体の中が寒くなるのを感じる。
と、同時に温かいものが流れ込んでくる。
気がつくと試験管は2本の管に変わっていた。
喉奥から血を抜かれ、謎の液体が入ってくる。
意識がどこかへ遠のいていく。
そして私は、"正常な人間"ではなくなった。