一章 2話 訓練
用語説明w
バウド・ボリュガ騎士学園:騎士を育てる特別な学園、九年制で全寮制。学園島全域が敷地であり、学園内に騎士の穴と呼ばれるダンジョンを持つ
騎士学園の授業では、いろいろなことを学ぶ
算数(魔法陣の図形含む)、国語(神話、古文学含む)、理科(魔導法学を含む)、社会(ルーンや歴史的戦記を含む)
学年が進み、中等部になったら、更に科目が分かれるらしい
「え、それって試験科目が増えるってこと?」
「そうみたいだよ」
「四つもテストがあるだけできついのに…」
「本当だよね」
僕とミィは、教科書を並べて唸り始める
この騎士学園では、毎学年末に進級試験がある
そこで、合格点に至らなければ進級ができない
…この学園で留年は認められていないので、つまりは退学となってしまうのだ
騎士たる者、赤点などありえないということだろう
「ラーズ、ミィ…、次は訓練所だよ?」
フィーナが呼びに来る
「あー、毎日忙しすぎるんだよな!」
「愚痴ってもしょうがないでしょ。行くわよ」
ミィが立ち上がって教科書をカバンに詰め始める
この学園の授業は座学だけではない
瞑想や訓練という、騎士に必要な素養のための授業があるのだ
そのため、学園のあっちこっちへと行くから忙しくなる
「ほら、しっかり走れ! 騎士は体力と気力が資本だぞ!」
校庭に響くよく通る声
武術・体育の教師であるゴンサロ先生
初等部一年二組の担任でもある
ドワーフの男の先生で、筋肉質な体はとても強そう
見た目通りの熱血漢だ
「はぁ…、はぁ…」
騎士学園の入学式は真夏
つまり、今の校庭には真夏の直射日光が降り注いでいるのだ
「あ…暑い……」
ミィがフラフラと走っている
他の生徒達も同じだ
「はぁ…、うぅ…ぅ……」
年下であり、身体の小さいフィーナは、熱さと疲れでとうとう歩き出してしまった
「はぁ……はぁ……、フィーナ…、大…丈夫か…?」
「…ぅ…うぅ……」
フィーナが目に涙を溜め、それでも何とか足を動かしている
いや、さすがにフィーナにこれは無理だろう
僕は、助けを求めるようにゴンサロ先生を見る
「こらーーー! ラーズ、フィーナに構うな!」
ゴンサロ先生の大声が飛んで来る
「で、でも、フィーナはまだ小さくて…!」
「知っている! だが、フィーナもお前達と同じ騎士の卵だ! ダンジョンや戦いの場に出れば、騎士としての使命を果たさなければならんのだぞ!」
「う…」
僕は何も言えなくなってしまい、フィーナを見る
「…」
フィーナは、気丈にも頷く
そして、またゆっくりと走り出した
「いいぞ、フィーナ! 体の小さいお前に求められているのは、早く走ることではない! 大切なのは諦めないこと、努力し続ける騎士の心だ! 自分ができることをやり続けろ!」
そんなフィーナへの言葉を聞き、僕たち他の同級生たちの顔が引き締まる
「く…、はぁ…はぁ…」
そして、ひたすら走り続けた
「よし、終わりだ! すぐに止まらず、しばらく歩け!」
…ようやくゴンサロ先生の指示が出た
僕たちは、汗と涙と涎でグチャグチャになっていた
「よし、日陰に入れ! そして、電解質と水分を取れ! 熱中症は怖い、その対処法をしっかり覚えるんだぞ!」
そう言われて校舎の日陰に行くと、黒いローブを着た女性の先生が待っていた
一組の担任、マーゴット先生だ
ヒュオォォォォーーー!
「うわっ…!」
突然、冷たい風が巻き起こる
火照った僕たちの体温を優しく奪ってくれていく
「これが冷属性魔法。温度を低下させる力が働くわ。みんな、お疲れ様」
マーゴット先生が微笑みながら言う
「ほら、涼みながら経口補水液を飲むんだ。汗で塩分が足りなくなっているからな!」
「うめー!」「喉がカラカラ…」「はー、生き返る」
一心不乱に渡されたドリンクを飲み干す
「よーし、全員訓練場に移動だ!」
しばらく休むと、僕たちは屋内施設である訓練場に入る
これは、体育館の横に作られた建物で、中は砂地になっていて、打ち込み用の人形などが置かれている
「これから、剣の素振りを行う!」
「えー!」「ま、まだやるの!?」「もう動けないよ…!」
生徒達が口々に言う
フィーナやミィも、さすがに泣きそうな顔になっている
もちろん僕も、もう動けないし動きたくない
「…お前達は何のためにこの学園にやって来たんだ。騎士になるためじゃないのか?」
「…」
ゴンサロ先生の言葉で、僕たちは言葉を飲み込む
「よく聞け。毎年そうだが、初等部はいつも三つのクラスがある」
確かにそうだ
僕たちも1から3組に分かれている
「だが、中等部には二つしかクラスがない」
「…っ!?」
「それは、お前達初等部の学生の三人の内一人が中等部には上がれていないということだ」
「そ、そんなに!?」
「そして、高等部では更に減って、クラスが一つになる」
「え…!!」
「つまり、この学園を卒業することは、それだけ難しいということだ。こんなことで音を上げていたら、騎士なんて夢のまた夢だぞ」
「…」
「さぁ、本気で騎士になりたいと思う者は木刀を持て! 騎士に不可欠なこと、それは自分に負けない強い心だ!」
「は、はい!」
僕たちは木刀を持ち、三列に並ぶ
「よし、中段で構えろ!」
全員が木刀を構えると、フィーナの体の小ささはやはり顕著だ
「フィーナさん、これを使いなさい」
「あ…、はい…。ありがとうございます…」
マーゴット先生がフィーナに少し短い木刀を貸してくれた
先端が不自然に焦げている?
「火属性魔法で先端を焼き切ったの。この木刀はあなた専用にしていいからね」
「あ、ありがとうございます…」
す、すげー!
魔法って、そんなこともできるんだ!
「さぁ、気合を入れろ! 私達教師は、一人でも多くの生徒がこの学園を卒業し、騎士として活躍することを願っている! だが、騎士への道は簡単ではない! お前達一人一人の意思の力にかかっているぞ!」
「はい!」
騎士への道は険しい
この訓練は、騎士にとっては当たり前のこと
ニュースでとんでもないモンスターを狩って、人々の生活を守っている騎士
それは、正に英雄の姿
そんなものに、簡単になれるわけがない
「1…、2…、3……」
「声を出せ! そうすれば、力を絞り出せる!」
「10…! 11…! 12……!」
「ほぉ…、ラシド。なかなかいい太刀筋だな」
「カナトリアノ流の剣術を習っていました」
「そうかそうか。お前もなかなかいいな、ヤマト」
「はぁ…はぁ…、はい!」
何人かの生徒が、ゴンサロ先生の目に止まる
「55…、56…、57……!」
僕たちは、必死に剣を振り続ける
「騎士にとって、近接武器は相棒だ。闘氣を活かすのに、一番有効だからだ!」
「91……、92……、93………!」
「よし、最後、声を絞り出せ!」
「100………!」
こうして、百回の素振りを終えた僕たち全員が砂地に横たわる
死屍累々…
僕たち新入生は、騎士学園の授業を完全に甘く見ていたみたいだった…