1−3 激闘、劣等生VS貧乳女
第六演習場でハイトたちAクラスの実技訓練ので行われているペア同士の模擬戦。その模擬戦で今から始まろうとする、とあるペアの一戦に周りで観戦する生徒たちは固唾を呑んでそれの試合の始まりを待っていた。
観戦する生徒たちに囲まれ、砂地の地面で対峙する人物は二人。
一人は腰の辺りまである薄い金色の髪を風で宙に靡かせながら悠然とした態度で相手を睨む女子生徒。総合成績トップのアルスに次ぐ二位の実力を持つ双銃使い、シェイナード=フォン=ツェルペルドルフ。
それに対するは、昨日Aクラスに新しく編入したばかりで実力不明のハイト=アーケクトだ。彼は明らかに嫌そうな表情で目の前に居るシェイナードを見ながら、今にもため息がでそうな雰囲気を出している。その手には浅葱色をした流線型のメノスがある。
圧倒的な実力と誰よりも高いプライドを持つシェイナードを相手に一歩も引いた様子を見せず、自らを劣等生と蔑むあの新入りは一体どんな戦いを見せるのだろうか?
ハイトが聞けば、買いかぶり過ぎだ、とでも言ってため息の一つでも零すであろうが、そんな風な考えを観戦する周りの生徒たちは勿論のこと、この実技訓練の担当を勤めるAクラスの担任も含めて、この場にいるほぼ全員が抱き、この一戦に注目していた。ちなみにその例外として、成績トップのアルスは観戦する生徒から離れて第六演習場の端っこでぼけーっと杖を持ちながら空の雲を眺めている。
「言ったわよね、私はアンタを認めてない、って。私が今からアンタにどれだけ自分が場違いな存在かって事をその身を持って教えてあげるわ」
互いに睨み合う(とは言ってもシェイナードが一方的に、だが)状態の中、シェイナードは傲慢な態度を見せつけながら、挑戦的な言葉を使ってハイトを挑発した。腰に手を当て、銃口をハイトに向けながらそう言った彼女の姿はまさしく女王サマと例えるのに相応しいだろう。
しかしながら、相手はあのハイトだ。彼がそんな安い挑発をまともに受け止める筈もなく、
「へぇ、そいつはいいね。貴族のお嬢サマ直々に教えを請うことが出来るなんて、俺なんかには身に余る光栄だよ。まっ、お嬢サマにわざわざ教えて貰わなくても俺が場違いなのは分かっているけどな」
と、全くに気にする仕草もなく、それどころか逆に挑発仕返すように、普段通りの変わらぬ素振りでシェイナードにそう返す。
すると、ますますシェイナードの目尻が釣り上がり、より強い敵意を孕んだ視線でハイト睨み付けた。やはりハイトの返した返事が気に食わなかったらしく、両手に持つ重厚な雰囲気を放つ灰色の大型短銃がプルプルと震えている。その今にも引き金を引きそうなシェイナードに、周りに居た生徒たちは一触即発の空気を感じ取り、より表情を引き締めた。
(まぁ……最初に合った時から何となく思っていたけどさ。あの貧乳女、けっこう感情に流されやすいタイプだな)
怒り気味のシェイナードに戦慄する生徒たちとは余所に、ハイトはその様子を予測通りと言った表情で見ていた。
ハイトは模擬戦の始まる前のこの時点で対峙するシェイナードの姿をしっかりと観察しながら、おおよその戦闘能力の分析を行い、戦略の組み立てに入っていた。戦う前に相手をよく観る。そしてそこから相手の能力を分析し、戦略を組み立てるのは対天使種戦だけではなく、対人戦においても基礎中の基礎である。そして今回、情報の少ないシェイナードを相手にハイトはを決してそれを怠ったりはしない。
(体型は平均的な女性より、やや小柄。プラナを精製できない限り、身体的な力はこちらが上と考えるべきかな)
まずはシェイナードの体つきを観察し、身体的能力を予測する。
アルスほどではないが、シェイナードは女性の中で小柄の方に分類する。ハイトの体は特別大きいという事はないが、それでも平均的な男性の体と平均を若干下回る小柄な女性では男性の方が力は上だ。
胸は平均を遥かに下回るがな、という無駄な思考を挟みつつ、ハイトはさらに分析を続ける。
(いや、そう決め付けるには早計かな。あんなか弱そうな腕であのゴツい銃を片手で振り回せるとなると、多少はプラナの精製も出来ると考えた方がいい──見た目から判断出来る身体能力の情報はこれくらいか)
外見の情報とはあくまでも参考程度に、所詮は不確定な要素の方が多い気休め程度の信頼性だ。下手に独自の偏見を取り入れると、真実から大きくかけ離れてしまう。身体の観察をやめ、ハイトは次にシェイナードの武器に視線を寄せた。
(獲物は、やはり見た通りの短銃の二丁拳銃だな。──ハッ、流石はお嬢サマ。あの銃、よく見れば『フェンリル』じゃねーか。賢国製の最高モデルなんて代物をお持ちとはね)
シェイナードの持つ二丁の短銃。両方とも色合いは同じ灰色と黒の二色で色付けされているが、左右でその形に若干違いがあるようだ。右手の銃はやや銃身が細長く、とても実践用とは思えない鑑賞用の装飾銃のような型をしており、逆に左手の銃はグリップから銃身まで全体的に分厚くまるで短銃サイズのマシンガンのような形だ。
それらの銃の銘を『F-enrir03』通称『フェンリル』。
数年前、科学技術の発展した賢国レバン・ノルイート、随一の銃職人フォルプラ=ゴートが亡くなる前に手掛けた世界に数個しか存在しない最高峰とされる銃の一つだ。その圧倒的な機能性とフォルプラの残した最後の作品としての価値から、とてつもなく貴重で入手しようにも一般人ではとても手が出せる額ではない。
そんな貴重品を所持しているシェイナードは貴族の中でもかなり位の高い部類に入るようだ、とハイトは思った。
(あれは、二丁拳銃での戦闘をコンセプトにした二丁一対の銃だったかな………厄介だな、アレには確か『収聖石』が搭載されてある)
『収聖石』とはフォルプラの最後の作品全てに搭載されてある、彼独自が開発したマナを材料とする自動弾丸精製装填機構だ。周囲のマナを集める性質を持つ特異の鉱物をマガジンのパーツに用い、鉱物で集めた周囲のマナをマガジンの内部で弾丸にへと精製してそれを撃ち出す。つまり、シェイナードの持つ『フェンリル』にはには弾切れという概念がないのだ。
本来、二丁拳銃は一丁拳銃よりも手数が多くなり、近中距離戦闘で多数の敵を相手に制圧出来るのが利点だが、その分両手が塞がり、弾切れに陥った際のリロードや空薬莢が詰まった時のジャムに手間がかかるという、最大の二つの難点がある。その難点が大き過ぎる為、二丁拳銃は余り実践的ではないとされてきたが、この『フェンリル』ならばリロードをする必要もなく、弾を撃った後も空薬莢が出ない為にジャムの心配もない。その難点二つを解消した『フェンリル』はまさに二丁拳銃の理想形だ。
(まともに近付くことも、弾切れの隙を突くことも出来ない、か──さて、どうする? こちらも遠距離攻撃は一応使えるが、隙が出来る。その隙を見逃してくれるほど優しい相手じゃない。ならば──)
シェイナードの武器に隙がないことは分かった。
ならば他の要素を観察し、情報を集める──前の試合でコルテスが凍らせ、今は解けて水が含んだ湿った地面、その地面の表面に所々見えるアルスが使った黒い砂鉄の粉、天候や風向き、日差しの強さ、シェイナードの性格──それらの要素からハイトは数少ないシェイナードの情報を分析し、足りない情報の穴を自分の予測と見解を交えながら徐々に埋めていく。
もし、この時のハイトの思考を読める者が居れば、彼が張られた成績下位の劣等生というレッテルを目を擦って疑っていただろう。
そしてハイトの思考はまとめに入る──
(二丁拳銃は手数が多くなる分、どうしても狙いが甘くなる傾向がある。そして二丁拳銃の利点である、その手数の多さを最も性能を生かせる範囲は近中距離の間。余りに遠過ぎると只でさえ狙いの定め難い二丁拳銃の命中率が格段と落ちてしまう。
その事を考慮すれば、俺の実力で実現可能なあの貧乳女に対する最善の策は、距離を置いて弾の精密性が落ちる距離を保ちつつ、間合いを詰めて来られた場合はこちらから遠距離攻撃を仕掛けて妨害を図ること。
これを繰り返せば時間切れで引き分けくらいは狙えるか……?)
担任が言っていた模擬戦の時間は一戦に付き五分。
その間、ハイトはシェイナードにとって最悪の間合いを常にキープしながら時間切れを待つ。これがハイトにとっての勝利の形だ。
あのコルテス以上の実力を持つシェイナードに真っ向から挑んで勝つような非現実的な勝利の方程式などハイトは最初から考えようともしない。
楽に終わらせようと思えば、ハイトが何もしなくても相手が勝手に終わらせてくれるだろうが、相手は何故か自分を敵視するシェイナードだ。模擬戦とはいえ、手加減をしてくれるような人物ではない。それに痛いのは嫌だ。
しかし、この戦略ならば上手くいけばこちらは無傷で済むし、あのトップ2と引き分けたとなると少なからず、Aクラスのメンバーや担任からの自分への評価が上がる。
下手に成績を落とせないハイトにとって、これほどおいしい話はない。
(コルテス以上、というの踏まえると成功の率は三割、いや二割程度か。出来損ないが無謀にも学年二位と引き分けを狙うんだ、懸けるには十分の確率さ)
少しだけ不安は残る。だけど今はその不安を胸の奥底へと無理矢理しまい込んで自分にそう言い聞かす。
ハイトは肩に乗せていたメイスをゆっくりと構え、対峙するシェイナードへ向き合った。
「では、二人とも用意は出来たか?」
アルスとコルテスの時と同じように審判である担任が対峙する二人に静かに問い掛ける。
「私はいつでもいけます」
「俺も同じく」
シェイナードは二丁の短銃の銃口をしっかりとハイトに向け、引き金に指を掛けながら答え、同じくハイトも小振りのメイスを調子を確かめるように軽く振り回し、剣を握るように体の中心にメイスを構えて答えた。
「模擬戦、第六組目────始めッ!」
合図の宣言が上がったとほぼ同じ。シェイナードの手にある二丁一対の『フェンリル』の引き金が同時に引かれた。
ガガガガガッ! と連続した銃声が鳴り響く。そこかは吐き出される銃弾は通常の鉛玉ではなく、『収聖石』で精製されたマナ製の銃弾だ。模擬戦なのである程度は威力が抑えられているだろうが、弾は圧縮されたマナの塊だ。直撃すればただでは済まない。
それに対し、ハイトは体を捻らせ、素早くバックステップを踏んで後方に移動し辛うじでそれらを回避する。プラナによる身体強化で得た人外な動きではない、人間という生物の純粋な筋力だけを使った軽業師のような滑らかな動きだ。
開始直後の隙のない銃撃の先手を浴びさせるシェイナード、そしてそれを見事に回避したハイトに周りから歓声の声が上がる。
「ちっ、」
しかし、歓声を上げる生徒たちとは裏腹に、弾を回避して地面に着地したハイトは開始早々、さっそく追い詰められている気分だった。
(いきなりぶっ放しやがって……今のはかなりギリギリだった)
そう思っている間に再びハイトにシェイナードが放つ幾つもの弾丸が襲い来る。既に体勢を立て直していたハイトは直ぐに脚に力を込めて地面を蹴る。今度は右方に体を移動させて器用に弾を避ける。
「ふん、無様ね。猿みたいに逃げ回ることしか出来ないの?」
反撃する暇もなく逃げ惑うハイトに余裕の笑みを浮かべながらシェイナードはハイトを二つの銃口で追い、引き金を引く。その狙いはとても二つの銃を同時に操っているとは思えない程、精密で的確に銃弾が撃ち込まれる。
「くそっ!」
ハイトはメイスを握り締めながら再び銃弾の嵐を回避をする。何度か危うい弾道もあったが、なんとかそれを躱しきる。
(ふざけやがって……、あの女、遊んでやがる。こっちは避けるだけで手一杯っていうのに……)
休みなく弾を避けながらハイトはそう感じた。いくらなんでも実力に差があり過ぎる。ハイトは二丁拳銃という性質上、必ず銃の狙いが甘くなると予測をしていた。だがシェイナードの実力と二丁一対『フェンリル』の性能をハイトは侮っていた。
二つの銃を使っても尚、機会で測ったような的確な銃捌きでハイトの動きを捉える高い技量。加えて優れた精密射撃性能を持つ右手の銃身が長細い『フェンリル』から放たれるマナの弾丸はハイトを何度もヒヤッとさせた。
これでは例えハイトが当初の予定通りシェイナードとの距離を離したとしても、何の問題もなく銃弾を撃ち込んでくるだろう。
(このまま避け続けるのも流石に限界があるな。とは言っても、こちらから仕掛けて勝ち目があるとは思わないけど……)
地面を片手で弾き、両足を使って勢い良く真横に体を回転させながらハイトは銃弾を避ける。この時、既にハイトの中で時間切れを狙った引き分けの考えはなくなっていた。
「仕掛けるしか、ないよなっ!」
真横に体を移動させた直後、ハイトは素早く体勢を整え、その場で地面にメイスの尖った先端を使って円を描きだした。
魔術を使用する際に必要なマナと契約する為の陣を用いた初歩的な方法だ。
「あいつ、なんで陣なんか使うんだ?」
窮地に陥っている状況で、その場に立ち止まり地面に陣を刻むハイトの行動を見て、二人の戦いを観戦していたコルテスが思わず口にした。それはコルテスを始め、多くの者が疑問を抱いたことだ。
陣を用いた契約は言霊を用いた契約とは違い、手間がかかる上に余り多くのマナとは契約出来ないのが特徴で、本来ならば戦闘ではなくマナを自分の意識下に置くのに慣れさせす為の練習用の契約方法だ。
何故そんな面倒な契約方法をこの局面でハイトが選んだのか、Aクラスのメンバーには全く分からなかった。しかし、ハイトにとってその理由は至極簡単なものである。
(ハッ、エリート共め、何で俺が陣を使ったか分からない顔してやがるな。こっちはお前らと違って陣契約しか出来ないんだよ!)
別に威張って言う事ではないが、実際そうなのである。ハイトは陣契約を選んだのではなく、陣契約"しか"出来ないのだ。いや、そもそもハイトだけではなく、杖士を専攻としたD、Eクラスでも陣契約しか出来ない者の方が多いほど言霊契約とはかなりの上級者向けの契約方法なのである。
だがら、Aクラスの杖士全員は言霊契約を出来るというのは明らかに異常であり、剣を扱いながら言霊契約を行うコルテスはもはや規格外だ。そしてその規格外すら圧倒するアルスは本物の化け物に違いない。
そんなエリート共の非常識な物差しで測られても、ハイトとしては堪ったものではない。
「アンタ、随分と舐めたマネをするのね、この私を相手に」
勿論、その非常識な常識を持つAクラスのシェイナードからすれば、陣契約を使用したハイトは自分を完全に舐めているのだと勘違いを起こしてしまう。プライドの高い彼女にとってそれは決して許容させるものではない。
「いいわ。そのふざけた行動を取ったアンタの愚かさ、後悔させてあげる!」
今度は本気でハイトを仕留める気だ。シェイナードは両手に握る銃のグリップをより強く握り締めながら、狙いをメイスを使って陣を描く最中のハイトに絞り、引き金に指を掛ける。
まずい、とハイトは戦慄した。
陣を完成させるまであと数瞬。その数瞬を待ってくれるほど敵は甘くないことなど、実際にこの身で戦ってよく知っている。この数瞬後の光景でハイトの脳裏に浮かんだのは陣が完成する前に引き金が引かれ、『フェンリル』から放たれたマナの銃弾に倒れる自分の姿。
(この陣は間に合わない、ならば俺が取る手段は一つだけ!)
シェイナードが『フェンリル』の引き金を引く直前の刹那的な合間。この僅かな時間内にハイトがこの状況を打破できるある一手を決断した。
「胸に恵まれなかった哀れな貧乳お嬢サマに劣等生からの素敵なプレゼントだ、受け取れっ!」
突如、ハイトは口元を釣り上て下品な笑みを浮かべながら皮肉と悪口をブレンドさせた言葉と共に、陣を描いていたメイスを力一杯、銃を構えるシェイナードの方へと投げ付けた。
「っ!?」
予想外の奇襲。これにはメイスを投げ付けたられたシェイナードは勿論の事、観戦していた生徒たちも驚嘆の声を上げる。
プラナを使わない純粋な筋肉だけを使った体捌きや、陣契約をしようしていた場面を見て観戦していた生徒たちはハイトが杖士であると推測していた。手に持っているのは杖ではなく、格闘武器のメイスではあるが、それを媒体に魔術を使うのだと考えれば杖士というのが一番妥当な考えである。
そしてその杖士と推測していたハイトが杖士にとって唯一の武器であり、魔術使用の際に媒体となる杖を自ら破棄し、敵に投擲した。
確かにメイスのような金属の塊を投擲すれば十分に攻撃できるが、それ外せばハイトは完全に無防備になる。確かにあのまま陣を描き続ければシェイナードの銃の餌食になっていたが、武器がなくなっては意味がない。
そして投擲程度で倒せるような学年二位ではない。
「ちっ!」
一瞬、ハイトの行動に怯んだ自分に舌打ちをし、シェイナードは宙を回転しながら飛んでくるメイスに左手の分厚く重厚な短銃を向ける。
ズガガガガガガッ、左の銃口が獣のように勇ましい唸りを上げた。
右手の射撃精度重視の『フェンリル』とは違い、速射性と連射性に優れた左手の『フェンリル』は銃口の向きへ無差別にマナの銃弾を散撒く。カンッカンッ! とシェイナードに飛んできたメイスは宙で何発もの銃弾を受けながら音を立てて別の方向へと無理矢理弾かれた。
(チャンスは今だ!)
しかし、ハイトにとってはメイスが弾かれる事など、予測の範囲内。彼はメイスへ意識が向くこの瞬間を狙った。
「仕込み杖!?」
観戦していた生徒の誰かが声を上げた。ハイトの方から一瞬目を離した内にメイスを投擲して徒手空拳だった彼の手には、いつの間にか指揮棒サイズのコンパクトな杖が握られていた。実は観察している生徒たちがメイスの方へ意識を集中させている間にハイトは瞬時に袖口から二本目の杖を取り出していたのだ。
そして二本目の杖を持つハイトの顔はニヤリと口元を緩ませていた。彼の足元には淡く紅色に光る地面に描かれた円陣。二本目の杖を使ってハイトは既に陣契約を済ませマナの力を借りれる状態に、つまり魔術を発動できる条件をクリアしていた。
「さぁ、反撃といきますかお嬢サマ」
言った次の瞬間、シェイナードは急に周りの空気に妙な息苦しさを感じた。
そして感じた時、直ぐにこの息苦しさの正体が脳裏に過ぎった。
下位魔式、風変。
その名の通り、空気の性質を変えるサポート魔術。その範囲は決して広く、屋外で使用してもあまり効果は期待出来ない。
妙な息苦しさが直ぐになくならないのは同じく下位魔式の風停を使って、風変の空気をシェイナードの周りに留めているのだろう。
──しかし、何故わざわざ風変の空気を留めておく必要がある?
その疑問はハイトが発動させた三つ目の魔術を見て直ぐに答えがでた。
下位魔式、遍火。
火の魔術の中でもかなりその効果範囲が広く、範囲内の任意の空間に火の玉を出現させることが出来る魔術。だが、その威力は最も弱い部類に入る。
「まさか!」
若干距離を置いて自分を囲むように出現した九つの火の玉を見てシェイナードは直ぐにその場所から離れようと駆け出そうとした。──しかし、ハイトはそれを見て宣告する。
「──もう遅いよ」
演奏を終えた指揮者が最後を締め括るように、ハイトは二本目の杖をシェイナードの方へと振るった。
その合図を待ち望んでいたかのように一斉に目標へと向かう九つの火の玉。
それらがシェイナードに当たる前に彼女の周りを風停で漂わせた風変の空気に触れた瞬間、オレンジ色の光をした巨大な爆発と爆音が第六演習場で響き渡った。