1−1 衝撃、最悪のパートナー
やっと終わった。
始業式も終わり、後は終礼をして今日の授業はこれで終わり。今は始業式が行われた第三大講堂から教室に戻って担任の教師が来るのを待っている。
今のような空いた時間は他のクラスなら新しいクラスに馴染もうと、若干ぎこちない初々しい雰囲気が漂うだろうが、ある例外を除いて去年とメンバーの変わらないAクラスはそういった雰囲気が一切なく、『いつも通り』といった様子で空いた時間を過ごしていた。
そしてそんなAクラスの中でただ一人。例外であるハイトにとってそれは『いつも通り』ではなかった。
Aクラスに何故か編入した劣等生のハイトには特に話し掛ける相手も居なく、仮に居たとしても今はそんな気分じゃない。
ハイトにとってこの空いた時間はただ単に暇を持て余すだけで、今はやる事もなくぼんやりと頬杖をして窓から見える青い空に浮かぶ雲を眺めている。
(ホント、嫌になるね……、)
軽くため息を吐いて、ハイトはAクラスのエリート生徒たちに気怠そうな瞳を向ける。
(どいつもこいつも実技筆記共に毎回、テストの成績上位の常連ばかり……)
成績優良者特別学級の名はやはり伊達ではなく、そこらで楽しそうに談笑している生徒や大人しく自分の席に座っている生徒も、みんながみんな成績上位の連中だ。
中には学園新聞で取り上げられて有名な生徒の顔も見える。
「まっ、俺が場違いなのは分かっているさ」
クラス編成を決定した学園長にどのような理由や企みがあって自分をAクラスに入れたのかは分からない。だが、ハイトにとって傍迷惑な事だという事実は確かだ。
エリート学級ということあって、実技や基礎教養の授業は他のクラスよりもレベルが高い水準になっている。ギリギリの成績で進級したハイトがその授業に付いていける自信もなく、仮に成績不良で留年という処置を受けた場合、経済的な理由でハイトはこの学園を去らなければならない。
あるいは、学力か実技の片方が秀でているのであれば留年する事はないが、ハイトの成績でそれは難しい。そうなると意地でもこのクラスの授業について行くしかない。だが、このクラスの授業に付いていけるような学力を持っているなら最初から悩みはしない。
(ったく、ホント考えるほど嫌になるな)
思考の袋小路に陥り嘆くハイト。
もしかするとこれは、学園を去れという劣等生の自分に対する学園長からのメッセージなのだろうか?
例えそうだとしてもハイトはおいそれとこの学園を去るつもりはない。
(俺は何の為にこの学園へ来た?)
そう自問して、ここに入学して掲げた自分の目的を思い返す。そうすると何だかこの状況を諦観していた気持ちが薄れてきたような気がした。
(なんとか、するしかねぇよな)
そう結論付いてハイトはクラスメイトに向けていた視線を窓の外へと戻そうとして、──そこで、前の座席の生徒が椅子の跨ってこちらをジッと見つめていた事に気付いた。
「……えっと、何か用か? 生憎、俺は野郎に見つめられて喜ぶような趣味は持ち合わせちゃいないんだが」
その言葉の後にどうせ見つめられるなら、ナイスバディなお姉さんがいい。例えば始業式で見た麗しの生徒会長殿とか、と胸の中で付け加えておいてハイトは目の前の男子生徒をジト目で睨み返す。
よく見れば確か、シェイ何とかって貧乳生徒が文句を言ってきた時に自分を起こした生徒だ。
「あぁ、悪い。ちと、あんたに話し掛けようとしたんだが、何だか考え事をしてたみたいだったからな。タイミングを見計らっていたんだ」
さっきは眠たかっので余り顔を見ていなかったがこの男子生徒、見るとなかなかの色男だった。
相手を威嚇するような赤掛かった黒髪を短く切り上げたオールバックとは裏腹にその顔は爽やかな雰囲気を携え、髪と同じ色をした瞳は目尻が少し上がっているが、それに目付きが悪いという印象は抱かない。
ハイトはその爽やかな笑みを浮かべる男子生徒を見て若干イラッとしたが、相手が何か自分に用があるみたいなので、さっさと男子生徒との会話を終わらせようと要件を問い出そうと考えた。
が、その前に男子生徒の方が先に口を開いた。
「そうだ、自己紹介がまだだったな、オレはコルテス=カルテック。コルテスでいいぜ」
その名前を聞いて一瞬、眉を寄せたハイトだったが、すぐにある事を思い出してコルテスの顔を見た。
「確か、学年で実技三位の剣魔士さんだっけ? 一年時に話題になった美形サムライ」
コルテス=カルテック。一年の時に行われた全クラス対象の実技テストでエリート揃いのAクラスの中でも飛び抜けた実力を持ち学年三位の成績を残した剣魔士。
敵の動きを氷結系統の魔術で止めて剣でトドメを刺す戦闘スタイルは優雅で美しく、さらにその女性を魅了する甘いマスクは当時イブリース学園新聞で騒がれていた。その事をハイトはうろ覚えの記憶から引き出した。
「随分と前の記事を覚えてるんだな、それにオレの武器は両刃剣だから『サムライ』っていう表現は間違いなんだがな」
ははっ、と苦笑いを浮かべながらコルテスは袈裟懸けした剣帯の背中に差してある白色の鞘に入った両刃剣をハイトに見せる。
そんな些細な動作ですら様になる。色男の名前は伊達ではないな、とハイトはコルテスの剣を見ながらつまらなさそうな表情を浮かべた。
「ふ〜ん、っで、改めて訊くが実技三位の天才『サムライ』が劣等生の俺に何の用だ?」
どうせさっきの貧乳女と同じように嫌味でも言いに来たんだろう、と思ってハイトは皮肉を交えてコルテスに返す。
だが、コルテスはハイトの皮肉に特に気にした様子もなく、またもや苦笑いを爽やかに浮かべた。
「オレはツェルペルドルフ程にプライドが高くないからね、あんたがAクラスに加わった事に対して何も思っちゃいないよ」
ハイトはそう言ったコルテスの顔に嘘がないか確かめた。憎たらしいくらいに整った顔がそこにあり、それは裏表のない表情だと感じられた。
「あんたがウチのクラスに入ったのも何か理由があるんだろ? このクラスはただ成績が良い奴だけじゃない、訳ありの連中も多いからな。別に編入程度で驚いたりはしないよ。
まぁ、でもツェルペルドルフは別だがな。あいつはウチでも特にプライドが高い奴だからさ、余り気にしないでくれ。
それに、あいつ以外の殆どの連中はあんたを気に入ったみたいだぜ? オレもあんたに興味を持っから話し掛けたんだよ」
見た目に寄らずペラペラとよく喋る男だな、とコルテスの言葉を聞きながらハイトは彼に対してそんな感想を抱いた。
「Aクラスのエリートたちが劣等生の俺を気に入った? ……あと、もっかい言っておくが俺にそっちの趣味はねぇぞ?」
言った途端、コルテスは吹き出した。
ハイトとしては地味に本気で心配した発言だったのだが……、
「安心してくれ、オレも女の方が好きだ。あと、あんたを気に入ったって連中が居るのは本当だぜ?
なんせ、あのツェルペルドルフ相手にあんな態度取れる奴なんてこのクラスに居ないからな」
オレも初めて声かけた時なんて酷かったもんだぜ、と付け加えてコルテスはシェイナードの方に視線をやる。ハイトもそれに釣られてそちらを見るとシェイナードが自分の席で静がに読書を嗜んでいた。
薄い金色の髪を弄りながら本のページを捲るシェイナードの周りには、どこか近寄り難い空気があり、彼女に近付こうとする者は誰もいない。
(へぇ、遠くで見れば悪くはないな)
貴族特有の雰囲気とでも呼ぶのだろうか。まるでシェイナードが気品に満ちた別次元の空気を纏っているのようで、その姿は世界的な名画の一枚から抜け出してきたような芸術的な美を彼女は現している。
無意識にハイトはそんなシェイナードの姿にほんの少しの間だけ見とれてしまっていた。
「やっぱりあんたもツェルペルドルフに見惚れちまったか?」
そんなハイトを見てコルテスはニヤニヤしながらハイトに訊いてきた。流石の色男もこれほどニヤけた顔をすれば台無しだ。
「まぁ、確かに見た目は最高だからな。他の女とは纏う空気が違うっていうのかな。まぁ、でも忠告くらいはしておく、アレはやめておけ。
去年は結構狙ってた奴が多かったが、中身がアレな所為でな、今はみんな諦めたんだ。そういう眼で見ただけで平気で銃口を向けてくる女だからな。オレも何度あいつに銃口を──」
後半コルテスの愚痴が永遠と続くが、ハイトはそれを聞き流しながら読書をするシェイナードをもう一度よく眺める。
(確かに顔はいいが……、やはり胸がないな。残念だがその時点でアウトだ、帰りなさい。貧乳? あれも一応おっぱいのカテゴリーには入るが俺は認めん。あれは別の何かだ)
言葉にしていれば間違いなくハイトの体に新しい穴が幾つも出来上がっていたであろうシェイナードの評価を心内で下した時、何故か本に向けられていた筈の緑眼が急にこちらへ向けられた。
(まずっ!!)
こちらにその緑眼が向けられたと感じた瞬間、背筋が汗が流れ出した。
生命の危険を感じたハイトはジュバッ! と勢いよく視線を逸らしコルテスの方へと戻した。
「──ってことがあったんだ。まっ、要するにアレは遠くから見るもんだなんだよ、近くで見るもんじゃない。……ってどうかしたのか?」
「い、いや、なんでもない。その、あの女が危険だということはよく分かった」
冷や汗を額に浮かべて引きつった笑みをするハイトにコルテスは疑問に思ったが、特に追及する事はなかった。
「まっ別にいいが、とにかく、あんたはこれからはオレたちAクラスの一員なんだ。ツェルペルドルフみたいな奴も居るが、時間が経てば慣れるさ。
それにここは個性的な面子が多いクラスだからな、結構楽しめると思うぜ? だからさ──」
コルテスはそっと右手を差し出して笑みを浮かべた。爽やかな笑みではなく、子供っぽい無邪気で裏表のない笑みだ。
「これから一年、よろしくな」
そんなコルテスにハイトは、ふっ、と笑いを零して、ついでにこちらの自己紹介も交えて握手に応じた。
「ハイト=アーケクトだ。こちらこそ、よろしく頼むコルテス」
(中々にいい奴がいるもんだ。これならやっていけそうな気がするな)
ハイトはAクラスに対しての意識を少し改めてそんな事を思った。
†
その後も色々とコルテスと会話をしていると、そこで担任と思わしきゴツい体付きをした男性が教室に入ってきた。
それを合図にコルテスや他の生徒たちは自分たちの席へ戻っていき、読書を続けていたシェイナードも本に栞を挟んでパタリと閉じた。
ハイトはそんな光景に少し驚いた。彼が一年の時はみんな担任が教室に入ってきても直ぐには席に戻らなかったし、友人同士の会話もちらほら続いていた。
やはりエリートというのは、こんな些細な点でも自分たちとは普段から感じてる意志が違うのだろうか、と感心していると既に担任は自己紹介を終えて明日からの予定について説明を初めていた。
「明日の時間割でこのクラスは早速、実技訓練がある。一年の時は個人戦闘での実技訓練を行ったと思うが、二年からは集団戦を想定した実技訓練が行われる。
本格的なチームでの集団戦は三年からだが、二年の実技訓練はそれに備えてペアを組んだ小規模集団戦を行う。そこでお互いに息を合わせる方法や攻撃の組み合わせ、仲間の能力や状況を正確に把握する判断力を養うことが二年の実技訓練の目的だ。
ペアはお前たちの実力や特徴に分けてこちらが既に割り振ってある。今からそのペアが書かれた用紙を配るので、各自しっかりと確認しておくように」
一通り説明をし終え、担任は教卓に乗せていたクラスの人数分の用紙を列ごとに配っていく。
ハイトは実技訓練の目的らへんは全く聞いていなかったが、ペアを組んで訓練を行うということだけは頭に残っていた。
(ペア、か……、俺と組む奴は相当運が悪いな。俺、足引っ張る自信ならこのクラスで誰よりもあるし)
半分他人事のように考えていと、ハイトの元にもペアの割り振りが書かれている用紙が前の座席に居るコルテスから手渡された。と、その時に見せたコルテスの表情がハイトを怪訝に思わせた。
「……なぁ、なんで俺をそんな哀れみの籠もったような目で見るんだ?」
「……………、」
コルテスはハイトの問いに答えず、配られた用紙を指差す。
一体なんなんだ? と思いつつハイトは手渡された用紙を見て、自分がペアを組むパートナーの名前を──確認し終えた瞬間、用紙がハイトの手からするりと抜けて床に落ちた。
「いや、まぁ、あれだ。…………、がんばれ」
ぽん、とハイトの肩を叩いて宥めようとするコルテス。
「……………、」
だが、固まったまま動かなくなったハイトはそれに全く反応をしめさない。余程ショックだったようだ。
床に落ちた用紙の第九組という欄にハイト=アーケクトの名が、そしてその隣にはシェイナード=フォン=ツェルペルドルフという名が記されていた。