殺さなくてはいけない
「……はぁ」
とクラムは目頭を押さえた。
場所は王立学園の図書館。
これまで、予習として目を通していた資料を再び読んでいたのだ。
結論として、やはりどう考えてもクラムのファミモン。
あの白くて小さい幼獸は最低クラスの雑魚ファミモンであるということだ。
それも、理論上。
これまでに実際に召喚されたこともないほどに、弱いファミモンだと思われることも判明した。
ファミモンの強さは、主に三つの要素に分かれる。
種別、色、体格だ。
体格は、分かりやすいだろう。
巨大なモノほど強い。
それはファミモンであっても一緒だ。
人間などは、魔力の強さなども関係していてそうともいえないが(実際、クラムはかなり小柄だ)存在そのものが魔力の固まりであると考えられているファミモンにとって、体の大きさ=強さになると言われている。
ただ、といっても小さくても強いファミモンはいる。
種別。
これは主に二つに分類される。
ドラゴンやフェアリー、スライムなどの幻想種と犬、猫、鳥などの幻獣種だ。
どちらが強いといえば、もちろん幻想種である。
といっても同じ種の中でも強さにバラつきはあるし勝負にならないという差はない。
また、別の種同士であっても、色が違えば強さも変わってくる。
そう、色。
黒、金、赤、青、緑、茶色、黄
この七色の色がもっとも重要なのだ。
この色はそのままファミモンの属性を表し、黒が闇、金が光、赤が炎、青が水、緑が風、茶色は土、黄色が雷である。
この色彩が豊かで濃いほど、ファミモンは強くなる。
なら、クラムのファミモンはどうか。
体格……小さい。
種別……おそらくは幻獸種。
色……何の属性かわからないくらい白い。
「……ダメだ。どう考えても」
くしゃりと、クラムは自身の髪を握る。
どの要素を考えても、あの幼獸、ファミモンは弱すぎた。
「そもそも、牙さえないってどうなのよ」
クラムはあのあと、幼獸におかゆを作ってあげた。
おかゆしか食べられないほどに弱い生き物など、通常の生物でもすぐに死んでしまうだろう。
爪は木さえ傷つけることが出来ないし、他に武器になりそうな部位もない。
魔法を使う気配もなかった。
「……やっぱり、殺すしかない」
昨日から、何度も達していた結論をクラムは口にする。
どう考えても、あのファミモンにクラムの背中を預けることは出来ない。
かといって、愛玩用にファミモンを飼うなど論外だ。
ファミモンを維持するのには、莫大なコストがかかるのだ。
そんなことは、誰も許さない。
ファミモンが存在するためには、人類にとって役に立たなくてはいけないのだ。
「……ヤろう」
クラムは席を立つ。
朝食を食べて、それから三時間。
調べに調べた結果だ。
クラムが召喚したようなファミモンは、過去一度も記録されていない。
記録する価値がないほどに、弱いのだ。
あの幼獸は。
それはそうだろう。
(つきたてのお餅のようにもっちもちとした皮膚。ふわふわで、わたあめのような繊細な白い毛。一生懸命動かす牙のない口。引っかいてもドアの木の板に傷一つつけられなかった柔らかい爪。警戒心も何もない、甲高い弱そうな鳴き声)
ダメだ。
どれをとっても、戦う生き物とは思えないダメさだ。
(だから、殺さないと……あの子を……すぐにでも殺して、別の、強力なファミモンを呼び出さないと……)
クラムは、自分の部屋の前に帰り着くと、ふぅと息を吐く。
そして、腰に差してある剣に手を置いた。
(ドアを開けて、あの子を見つけて、切る。難しいことじゃない。私はドラゴンさえ切った事があるんだから)
握ればつぶしてしまいそうな幼い獸など、クラムにとって敵ではない。
クラムの目が沈んでいく。
感情は消え、意識は空に溶けていく。
今、敵意あるモノがクラムの間合いに入れば、一瞬のうちに命を落とすだろう。
いわゆる、ゾーンの状態にクラムは没入した。
(……世界がやけに広い。いける)
クラムは、玄関のドアをあける。
すると、テケテケと音を立てて近づいてくる生き物がいた。
やけにのんきな足音だ。
これから、殺されるというのに。
「ぽふん!!」
足跡の主は、うれしそうに鳴いた。
しっぽはふりふりと振られ、目はきらきらと輝いている。
白い毛はふわふわで、爪はしっかりと床にひっかかるのかわからないほどに柔らかいのに、なぜか後ろ足で立とうとしている。
もちろん、立つことはできずに、何度も前足を着いては、再び立とうと奮闘する。
てしっ
てしっ
と、全身で目の前の獸は、クラムのファミモンは、白くて、小さくて、弱くて、弱すぎるけど健気な幼獸は、喜んでいた。
何に喜んでいるのか。
見ればわかる。
目も、毛も、しっぽも、足も、体も。
全てが、クラムの帰宅を喜んでいる。
彼を殺そうとしたクラムの帰宅を、喜んでいる。
「…………………………あぅ」
小さく、小さく、とても弱く。
クラムは息をこぼした。
そのまま、崩れるようにへたり込む。
「ぽふん!」
そんなクラムに、幼獸は駆け寄る。
そして、小さな体をぴょんこぴょんこと、てしってしっと、何度も飛び上がらせていた。
見ているだけで疲れるのではないかと心配になるほどに、元気いっぱいに。
「ぽふっ!?」
クラムは、飛び跳ねる幼獸を抱きしめた。
「ご……ごめんねぇええええええええええ!」
そして、泣いた。
大きな声で、大粒の涙を流しながら。
「こんなに小さいのに! こんなに柔らかいのに! 元気なのに! 嬉しそうなのに! 可愛いのに!! 殺そうとしてごめんねぇえええええええええ!!」
うわんうわんと、クラムの涙は止まらない。
「……ぽふ?」
突然泣き出したご主人に、幼獸は首を傾け、きょとんとするだけだ。
そんな幼獸を優しく抱いて、クラムは涙が枯れるまで泣き続け、声が枯れるまで謝り続けるのだった。
○○○日後に○○主人公(男)