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悪夢からの目覚め

 金属がぶつかる音が聞こえる。


 激しくて、しかし心地の良いリズム。


(またか……)


 それは、クラムの原風景。

 いつまでも消えない、出会いの記憶。


(ここからだった。その前のことは、もう思い出せない)


 辺境の貧民街。

 その端。


 人が住む地域に、ギリギリ含まれているだけの場所。


 そこで、クラムは暴れていた。


 近づくモノを全て殴り、蹴り、排除していた。


 理由は知らない。


 覚えていない。


 ただ暴れるだけの日々。


 そんな日々に終わりを告げたのが、金属の音。


 クラムとある騎士の鍔迫り合い。


 貧民街の誰も、大人さえクラムにかなわなかったのに、その騎士はクラムと見事に戦い、そしてねじ伏せてしまった。


 その騎士が、クラムが住んでいた街の領主であり、クラムの師匠。


 ソウプロシュネイ・ゲンノウホウ・ウカノミタマハラ


 国の垣根を越え、世界に認められた強者。


 七天徳将の一人。


 そんなスゴい人物の弟子に、なぜ貧民街出身のクラムがなれたのか。


 その理由は、一つだ。


 クラムが天才だったからだ。


 生まれたとき……少なくとも身体が動いてからクラムはずっと貧民街で最強だった。


 わずか7才の子供に、大の大人たちがなす術もなく殴り倒されていたのだ。


 だから騎士が出てきたし、領主自らクラムの保護に参じた。


 希有な才能を。


 末恐ろしい戦闘能力を。


 確保しようとしたのだ。


 だから、クラムは強くなくてはいけない。


 いつまでも、どこまでも。


 なのに、どうしてだろう。


 そのクラムが呼び出したファミモンは、風呂に入っただけで鼻血を出して寝込むくらいに虚弱な獸だった。


 あんな獣を、師匠に見せたらどうなるだろうか。


 高額なお金で通わせてもらっているのだ。


 良い顔をしないだろう。


(いや、きっと失望する。捨てられる。そして戻るんだ。あの貧民街に……だって、学院に通う前は普通に仲がよかったあのバカだって、私を……だから、師匠も私をあんな目で……)


 ゲンノウの目がどんどん暗く、冷たく変わっていく……



「はぁっ!?……はぁ……はぁ……」


 クラムは飛び上がるように起きた。

 クラムの眼前に広がるのは、白い布団。

 ベッドから見た、クラムが毎朝みる光景。


 クラムは、ぎゅっと胸を押さえる。


 心臓の鼓動がイヤに早くて、痛い。


「……ふぅ」


(……落ち着け。師匠はそんな人じゃない。師匠はあんな目で私を見ない。大丈夫、落ち着け。どうにかなる)


 クラムの目尻からは、止めどないほどに涙があふれていた。


(……気持ち悪い、顔、洗おう)


 まだ夢の残像がクラムの頭に残っている。


 それも洗い流そうとベッドから出ようとしたときだ。


「……ぴゃんっ!!」


 と、甲高い鳴き声がクラムの耳に刺さる。


「……なに?」


 クラムは、鳴き声が聞こえてきた方を見た。


 そこには、昨日、クラムが適当に作った駕篭が置いてある。


「……ぽひゃうぅぅぅ」


 また、鳴き声が聞こえてくる。

 甲高くて、どこか情けない声だ。


「……昨日は大人しかったのに、今日はどうしたのよ」


 クラムは、半目になりながらベッドから起きあがり、駕篭の中をみる。

 そこには、今日のクラムの悪夢の原因となった、白い幼獸がいた。


「……ぴゃん!!」


 クラムの顔を見た瞬間、白い幼獸は助けを求めるように目を振るわせて甲高い声で鳴く。


「……うるさい。どうしたの」


 大きくあくびをしたあと、クラムは白い幼獸を抱き上げた。


「いい? 私はアンタのせいで最悪な夢を……」


 昨日は、クラムが抱き上げるとこの子犬は大人しくしていたのだが、今日はやけにジタバタと暴れている。


「え、ちょっ……暴れないでよ、落ちるでしょ? もうっ!」


 この高さから落ちたら危ないと思い、クラムはとっさに幼獸を床に下ろす。

 すると、クラムはぴゅーっとリビングから抜け出した。


「こ、こら! どこにいくの!?」


 今までおとなしくて、走るなんてことをしていなかった幼獸の突然の疾走に、クラムは慌ててあとを追う。

 意外と早い幼獸のあとを早歩きで追うと、幼獸はリビングを出てすぐの扉の前にいた。


「は、はうぅぅぅ!」


 そんな情けないような甲高い声を出して、幼獸は扉をカリカリと削る。


「……ちょ、こら。カリカリしないの! 扉に傷がつくでしょ?……傷一つ付いてないけど。木も削れないの? アンタの爪。で、なに? そこに行きたいの?」


「ひゃう!!」


 そのとおりだ! と言わんばかりに幼獸が元気よく鳴いた。


「でも、その先にあるのは……」


 クラムは子犬が引っかいていた扉をみる。

 その扉には、可愛らしい文字でこう書いてあった。


『トイレ』と。


「トイレなんだけど、こんなとこにいったい……」


「……うぅぅぅぅ」


 幼獸は今にも泣きそうなくらい振るえていた。


「……わかったわよ。ほら、入りなさい」


 クラムがトイレの扉を開けると、幼獸は勢いよくその中に飛び込んでいった。


「……もう、いったいなんなのよ……」


「ぴゃう! ぴゃう! ぴゃん!」


 クラムも、幼獸に続いてトイレにはいると、幼獸が必死にトイレの便座を引っかいていた。


「こら! だから引っかかない! いたずらばかりすると追い出すわよ!」


「ぴゃっ……! ぴゃう……」


 クラムが叱ると、幼獸はしゅんと大人しくお座りをした。


「……たくっ。ほら、出るわよ。私は顔を洗いたいんだから……」


「ぴゃっ!? ぴゃう! ぴゃう!!」


 クラムが外に出るように言うと、幼獸が必死に鳴き始めた。


「なに? ここにいたいの?」


「ぴゃん!」


 そうだ! と元気よく幼獸が鳴いた。


「ここにいて、何をするのよ……」


「ぴゃう……ぴゃう!」


 クラムがこぼしたそんな疑問に、幼獸はお座りをやめて体を起こすと、トイレに向かって体を伸ばした。

 まるで、立ち上がるように。


「……なに、もしかして、この上に上りたいの?ダメよ。便座は狭いし、落ちたりしたら……」


「……ぴゃぅううん」


 クラムが諦めるように言うと、幼獸が鳴きながらクラムに近づいてきて、お座りをした。


 そして、じっとこちらを見上げてくる。


 目をうるうるとさせながら……


「……はぁ。わかった。私が持ち上げてあげるから、落ちないようにしなさいよ?」


 クラムはそっと幼獸を持ち上げる。


「……ぴゃぅう」


「……はいはい。便座に下ろしてほしいのね」


 そのまま便座の上まで持って行くと、幼獸がお願いするように弱々しく鳴いた。なので、クラムはそっと便座のふちに幼獸を下ろす。


「……本当に落ちないようにしなさいよ。トイレの中に落ちたら、助けないから……」


 そういいながら、クラムは幼獸のすぐそばで身構えていた。

 そんなクラムを幼獸はちらりと見て、そしてなぜか諦めるように、目を閉じた。


「……満足した? じゃあ、下りて……」


 幼獸が大人しくなったので、本当にトイレに落ちる前に下ろそうとしたときだ。


 チョロチョロと、水の音が聞こえてきた。


「……へ? あ……」


 その音の出所を見て、クラムは思わず目を見開いた。

 幼獸が、おしっこをしていたのだ。


「あ……あー、そういう……」


 その様子を見て、クラムはようやく合点がいった。

 なぜ、幼獸があんなに悲痛な声で鳴いていたのか。なぜ、幼獸があんなに必死だったのか。

 なぜ、幼獸がトイレの便座の上に上りたがったのか。


 おしっこをしたかったのだ。

 それは切実にもなるし、悲痛な声も出す。


「……でも、あれ? ファミモンっておしっこするの? ん?」


 思い返せば、本来ファミモンを生活させるための部屋には、排水溝がしっかりと準備されていた。

 つまり、個体によっては排泄行為もするのだろう。

 そんなこと、予習していた教科書には何も書いてなかったのだが。


「あーでも、たしか召喚したファミモンごとに、個別の教科書が用意されているんだっけ? 昨日の時点でみれるようになっているから、後で確認しないと……」


 なんてことを考えていると、水の音がしなくなった。


 おしっこが終わったのだろう。


「……満足した?」


「ひゃう……」


 幼獸は目を閉じて、恍惚とした表情を浮かべている。


「じゃあ、下ろすわよ」


「ひゃん……」


 いつも通り大人しくなった幼獸は、クラムに抱き抱えられて床に下ろされる。


「まったく……おしっこをするんなら、やっぱりあそこの部屋に……あっ!」


 と、これからのこの幼獸をどこに住まわせるかクラムが考えていると床に転々と水滴が落ちていることに気がついた。


「ちょっ、こら! タレれているじゃない!」


 クラムは慌ててトイレットペーパーをちぎると、タレていた部分を拭き上げる。

 

「ほら、アンタも!」


 床を拭いたトイレットペーパーをトイレに入れて、クラムは幼獸を持ち上げる。


「……ひゃう!?」


 突然持ち上げられた幼獸は、そのままクラムの手のひらの上で仰向けにされた。


 その間に、クラムは新しいトイレットペーパーをちぎる。


「ひゃ……ひゃうううううう!?」


 原因を絶たなくてはいけない。


 だから、クラムは幼獸を拭き、そして幼獸は今日一番情けない声で鳴いた。


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