家畜蜘蛛『ビィスピンナ』
(『ドロドローン(配置移動)』!)
『ビィスピンナ』の口が閉じる寸前、ポンの体が消え、代わりに『マンダギ』が『ビィスピナ』の口内に入っていった。
グチャリと音を立てて『マンダギ』がつぶれ、果汁がボタボタと落ちていく。
その様子を、ポンは近くの木の上でしっかりと見ていた。
(あっぶねぇ)
とっさに発動させた『ドロドローン(配置移動)』で何とか事なきを得たが、ポンの心臓はまだバクバクと音を立てていた。
『ビィスピンナ』の口は、間違いなくポンの体を丸飲みできる。
つまり、即死だ。
命の危機に心臓は痛いくらいに早く鳴っていた。
ポンは、背中にまだくっついている糸に目を移す。
『ドロドローン(配置移動)』で移動しても外れないようだ。
(くそ。蜘蛛の糸。なんで気がつかなかった。『サーチ』も表示されなかったし……格上の罠が表示されるわけもない、か。そりゃそうか)
どうか考えても、『ビィスピンナ』の方がポンよりも強い。
そんな魔物が仕掛けた蜘蛛の糸が、格下の『アップ』で探知できるわけもない。
(さて、どうするか……意外と『マンダギ』への食いつきがいいな。蜘蛛って植物食べるっけ?……まぁ、回復アイテムだし、『ビィスピンナ』は魔物だし、食べるのか。だったら、このまま腹一杯になって満足して帰ってくれないかなーなんて)
ぺろぺろと牙についた『マンダギ』の果汁まで舐め尽くした『ビィスピンナ』は、再びポンにくっついている糸をひっぱりだした。
(うおおお!? 『ドロドローン(配置移動)』!)
また、飲まれそうなタイミングで果物と配置を入れ替える。
元々、ポンは寝床の周囲には食料を含め様々なモノを準備していた。
配置を入れ替えるモノに困ることはない。
(ただ、このまま続けると……な)
果物を食べ尽くした『ビィスピンナ』が、再びポンを引っ張る。
植物やキノコ、果物など、様々なモノと入れ替えることで何とかポンは『ビィスピンナ』の牙から逃れていく。
しかしそのたびに、じわじわとイヤな感じが沸いてきた。
心臓を掴むような違和感。
(そろそろヤバイか。『ストレス』が……)
『ストレス』を溜めるわけにはいかない。
(じゃあ、やるか)
ぐぐんと『ビィスピナ』が糸をひっぱり、ポンの体を口へと運ぶ。
また、草や果物と入れ替わるかもしれないが、『ビィスピンナ』はそれでもよかった。
結局、口に入ることには変わらないのだから。
『ビィスピンナ』は大きく口を開け、そして閉じる。
感じる味は、肉か。植物か。
鉄のような匂いが口内を占めたことで、『ビィスピンナ』は確信した。
ようやく、獲物をとらえたと。
「……ぽふ」
そんな声が聞こえて、『ビィスピンナ』はそちらに目を移した。
『ビィスピンナ』から10メートルほど離れた木の上。
そこにはなぜか、狙っていたはずの白い小さな獣がいた。
「ぽふぽふ(気がつかないのか?)」
そんなことを言われたような気がして、『ビィスピンナ』は口を動かしてみた。
……なぜか動かない。
「ぽふ」
(おまえが今噛んだ……いや、突き刺さったのは俺が『ドロドローン(配置移動)』で入れ替えた剣だ)
『ビィスピンナ』の口には、一本の剣が突き刺さっていた。
(『ドロドローン(配置移動)』の効果は、俺の体重よりも軽いモノと自分の居場所を入れ替える力。いくら俺が小さくて軽くても、一キロ程度はある。そして、あのくらいの剣なら一キロよりも軽い)
剣が口に突き刺さっていることにようやく気がついた『ビィスピンナ』は暴れ出す。
しかし、口内に突き刺さった剣が外れることはない。
(食料や草、キノコなんかと入れ替えていたから油断してやがったな。大きく口を開けて飲み込もうとして……何度も練習できたから、タイミングもバッチリだったぜ)
『ビィスピンナ』が暴れるほど、口に刺さった剣が深く、ヒドく、口内を傷つけていく。
(……っと、こっちに来やがったか。もう糸で引っ張る余裕もないみたいだな)
背中に付いていた糸を別の剣で落としながら切断したポンは、『ビィスピンナ』が暴れながらやってくることに気が付く。
ちなみに、糸の存在に気がついてから今まで糸を切らずにおいたのは、『ドロドローン(配置移動)』を使用して『ビィスピンナ』に色々飲ませる為である。
そう、剣や、果物や、草やキノコや。
ポンが登っていた木に、『ビィスピンナ』がぶつかる。
ぶつかった衝撃で木が揺れるが、すでにその木にはポンはいなかった。
(体ことぶつけて俺を落とそうとした……わけじゃないよな)
ポンは、また10メートルほど離れた木の上で、『ビィスピンナ』を見下ろしている。
『ビィスピンナ』は再びポンに向かっていくが、また木にぶつかり、その頃にはポンも移動していた。
ぐらぐらと揺れる木に、それと同じように『ビィスピンナ』の体も揺れている。
ここまで来て、ようやく『ビィスピンナ』も気が付いた。
自分の体がおかしいことに。
(剣以外にも飲み込んでいたからな……『マンダギ』のような回復効果のある食料以外に、食べると麻痺する草や、毒になるキノコとか)
『ビィスピンナ』の8本ある足が、ガクガクと震えている。
口からは大量の血液が流れ、巨大な蜘蛛は満身創痍と言っていいだろう。
(さてさて。このまま毒殺……ってわけにはいかない、か)
確実に、弱ってはいる。
しかし、それでもランクDの魔物。
コボルトを従える、ボスクラスの魔物。
ステータスがGランククラスの、踏めば即死するような魔物にナメられるほど甘い相手ではない。
「キーチチチキキチチキ!!」
血反吐を吐きながら、『ビィスピンナ』が爪を大きく掲げる。
そして、爪を広げたまま、ポンがいる木に向かって突撃してきた。
これまでの突撃は、『ビィスピンナ』としては木にぶつかるつもりは無かったものだ。
本当ならば木の前で止まり、そのまま木に登ってポンを捕らえるつもりだったのだ。
しかし、今度は違う。
ポンが乗っている木ごと倒す。
そんな気概がはっきりと感じ取れた。
(だからって、そこから先の策が……ありそうだな)
『ビィスピンナ』のお尻から、糸が大量に出ていた。
糸は、地面を覆うように出されていく。
(周囲の木を切り倒して逃げ場をなくして、あの糸で捕らえる気か)
根気比べ、といったところだろうか。
ポンが用意した『ドロドローン(配置移動)』用のモノ達がなくなるか、『ビィスピンナ』の糸が切れるか。
『ビィスピンナ』の家畜であるコボルト達も、糸にとらわれてその場から動けない者が出始めた。
『ビィスピンナ』はそうとう頭に血が上っているのだろう。
がむしゃらにポンを殺すつもりのようだ。
(ま、そんなのに付き合うつもりはないけど)
ポンは『ドロドローン(配置移動)』で場所を変える。
たどり着いたのは、ポンがさきほど夕食を食べた寝床がある大きな木の前。
(ほら、来いよ)
「ぽひゅーん」
と、軽く一回鳴いて、『ビィスピンナ』を呼ぶ。
ポンの声を聞いて、『ビィスピンナ』はがむしゃらに、しかしはっきりと木ごとポンを倒すという意志を持って、突撃してきた。
(ま、当然避けるけど)
『ビィスピンナ』が、ポンに触れる直前。
『ビィスピンナ』の体が急に前に倒れた。
(その前に、罠だけどな)
『ビィスピンナ』の足が一本、地面に埋まっている。
『スモールワズ』などを倒したときと同じような落とし穴だ。
(当たり前だけど、寝床の周辺にも掘っているんだよな。もっとも、あの蜘蛛の体調がマトモなら、この程度の落とし穴に足をとられることもなかっただろうけど)
『ビィスピンナ』はもがいているが、そもそも立っているだけでガクガクと足がふるえるような状態だ。
落とし穴から簡単に抜けられるわけがない。
一方、ポンは『ドロドローン(配置移動)』を使用して、木の上に立っていた。
(さてと……そろそろ終わらせないとな)
ポンは『ポンポポン(アイテム移動)』の白い穴を出す。
その位置は、ちょうど『ビィスピンナ』の真上であり、そしてこれからすることは当然決まっている。
(この高さからの位置エネルギー。落とし穴で動けない的。毒で弱り切った体。これだけ条件がそろえば……ランクDでも耐えきれないはず。この武器の雨は)
白い穴から、剣が、槍が、槌が、ナイフが、次々と落ちてきて、『ビィスピンナ』の体に降り注ぎ、『ビィスピンナ』をスタボロに切り裂いていく。
「キ……キィイイイイイイイ!!」
落とす武器がなくなったら、再び落とした武器を回収してまた落とす。
地獄のような武器の雨を十数回降らせた後には、もう『ビィスピンナ』は原形を止めていなかった。
もやもやとしたモノが『ビィスピンナ』の身体からもれていく。
経験値だ。
つまり、ポンは『ビィスピンナ』を倒せたということだ。
レベルが上がったことを感じながら、ポンは深く息を吐いた。
(はぁーーー……しんどい)
ずきずきと痛む頭と胸に、レベルアップのうれしさを感じる余裕は、いっさいなかった。
(=ω=)……ポン君の寿命判定中




