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召喚の儀式

 ファミリア・モンスター


 通称ファミモンは、人に従う使い魔であり、その使い魔を従える者が使役者マスターである。


 使役者マスターは、たとえ貴族であっても簡単になれるモノではない。


 現に、今の王太子(チュウテイシンオウ・マガハラスタ。かしこくない)も王族であるのに使役者マスタークラスへの入学は認められなかった。


 使役者クラスは、賢き者が集まる賢者クラス、強き者が集まる騎士クラスにならび、王立学園の3大クラスの一角とされているが、実の所その立場は一つ飛び抜けているといっても過言ではない。


「……じゃあ、私も外に出るから、あとはしっかりね、クラムちゃん」


 使役者クラスの担任を勤めるモナ・コンソラータが、その年齢の割に幼く見える顔をさらに心配そうにしてクラムを見る。


 騎士クラスを追い出されて一ヶ月。

 転入試験を無事にクリアしたクラムは、使役者マスターとしてもっとも重要な日を迎えていた。

 魔物を討伐するために人に従う獣、ファミモンを使役する彼らが、自分のパートナーとなるファミリア・モンスター、ファミモンを呼び出すための儀式。


 それが召喚の儀。


「大丈夫ですよ、モナ先生。私が優秀なのは知っているでしょう?」


 モナの心配そうな顔が、本当に子供みたいに思えてクスリと笑いながらクラムが言う。


 もっとも、そのクラム自身も小柄な体躯をしており、『高い高いをしたくなる』と、同級生で、長身のアンに言われたことがあるくらいだ。


 そんなクラムだからこそ、同様に子供っぽく見えるモナには親近感が沸いているというか、『私の方がお姉さんっぽく見えるかも』とはしゃいでいるのだ。


「でも、だって先生もはじめての生徒がアナタだから心配で……」


「大丈夫ですよ。私も確認しましたけど、召喚陣も、魔力を溜めた触媒も、なにも問題ありません」


「そう? そうよね?」


「ええ、異常があれば直感できますし」


 異常事態に対して人間が持っている感覚というのは意外と鋭い。


 ましてや、魔力という人間の根源を凝縮したような力で作動するモノは隠そうとしない限り、異常があれば違和感が強くなる。


 こういった魔法陣や魔道具といったたぐいのモノに関する知識は、使役者マスターや騎士といったクラスに関係なく習う必須の技術と知識だ。


 もちろん、騎士クラスで圧倒的最優秀者であったクラムも修得しており、そこら辺のプロよりも鋭い感性を持っているだろう。


 くるりとクラムは召喚の準備がされた儀式の場所を見る。


 複雑な呪文が書かれた陣。

 5大元素と2大要素の魔力が込められた触媒。


 煌々と燃え続ける炎。

 粛々と湧きつづける水。

 微かに流れる土。

 淡々と命を育む木。

 轟々と轟く雷。


 そして、それらを押さえるように取り囲んでいる金色に輝く杯と、さらにそれを覆う黒色の杯。


 その杯が、確かに召喚陣の中央に浮いていた。


「でも、本当に気をつけてね。魔力が混ざると影響が出るから、儀式はクラムちゃん一人でしないといけないの。基本的に召喚されたファミモンは主に従うけど、それでも襲ってくる子がいないわけじゃないわ。特にクラムちゃんの魔力は強いから、喚ばれるファミモンも、金色か、もしかしたら黒色の、とても強い子のはずだから」


「分かっています。分かっています。大丈夫です。元々騎士クラスだから、私は実技も得意なんですよ? 襲ってきても、返り討ちにしますから」


 そう言って、クラムは胸をたたく。


「返り討ちって……弱いファミモンなら勝てるかもしれないけど……クラムちゃんなら、CとかBランク相当のファミモンが出てくるかもしれないのに……」


「Cランクの魔物は余裕ですね。Bでも問題ないです」


 あっけらかんとクラムは言い切る。

 そんなクラムに、モナは首をかしげる。


「本当に、クラムちゃん。そんなに強いなら、なんで騎士クラスから使役者マスタークラスに転入を?」


「動物が好きですからね。自分のファミモンがほしくて」


 クラムは転入の際に面接で答えた内容と同じ内容を答える。


「動物なら、ファミモンじゃなくても騎士は馬や竜、鳥に乗ることもあるでしょう?」


「いろいろ事情があるんですよ。いろいろ」


 王立の学園だ。


 人にいえない事情なんてそこら辺に転がっている話の一つにすぎない。


 そういった話をむやみに聞き出そうとしないのは、この学園での常識でもある。


 モナもそこら辺はしっかりと割り切っているようで、深くは追求しない。


 世間話程度に流してくれる。


「そう……私も急に使役者マスタークラスを受け持つことになって大変なのよ。ベテランの人が急に辞めちゃって」


「そうなんですか」


「ええ……だから、話が来たときはブチっとつぶしてやろうかと思ったくらい」


「へ……?」


 モナの小柄で、可愛らしい見た目とそぐわない発言に、クラムは一瞬目を丸くする。


「え……っと、でも、それなら準備をするのは大変だったでしょう? 建国記念日は皆お休みなのに」


「ううん。前の人が用意しておいてくれたから……ブチブチってするぞって脅したら動いてくれて」


「そう、なんですね」


 モナは、ずっと笑顔だ。

 ニコニコと、可愛らしい笑顔だ。

 

 だからこそ、言いようのない恐怖を感じる。


「だから、本当にするのはやめてあげたんだけど。それに、本人はまだまだ教師を続けたかったみたいだしね」


 そこで、モナとクラムは目があった。


(……まさか、王太子とあのバカの嫌がらせ……とか?)


 そんなことがフイに浮かんできた。


 王立の学園のため、王太子が人事に口を出すことは可能だろう。

 出したところで、その後に禍根を残すような事をするわけが……


(……やるかも。アイツら、基本的にバカだし。その場の感情でめちゃくちゃしたのかも)


 もう一ヶ月以上姿を見ていないのではっきりわからないが。


 モナは今回の件に関して、クラムの関係を確認したいのだろう。


(だったら……本当のこと言うか)


「人は信用出来ないですよね」


「え……?」


「いや、話を戻しちゃいますけど……騎士クラスから使役者マスタークラスに転入した理由。背中を預ける相手がほしいなって。人間以外で」


 はっきりとは言わなかったがモナはクラムの現状を把握してくれたようだ。


「私とまともに戦えるようなファミモンが出てきてほしいですね。それなら、背中を預けるのにちょうどいいかもしれないです」


「……襲ってきたら、すぐに助けをよんでね? 先生は外にいるから」


「はい。必ず」


 モナが、心配そうに儀式の間から出ていった。


 完全に、自分一人になった儀式の間で、クラムはつぶやく。


「……ファミモンか」


 なぜ、クラムは使役者マスタークラスの受講を選んだのか。


 動物が好き、という理由も一応あるのだが、本当の理由はどちらかと言えば後に発言したほうが、やはり強い。


『背中を預けるのにちょうどいい』


 人じゃないから。


 信頼していたはずの人に裏切られたことは、クラムに少なくない陰を落としている。


「……やるか」


 クラムは前を向く。


 黒い闇の杯に、黄金の光の杯。

 2大要素の触媒に、その中にある5大元素の触媒は、どれも個人ではとうてい用意できない高級で貴重なモノだ。


 それらを用いて行われる召喚の儀式は、当然誰でも出来ることではない。


 国中のエリートが集まる国立の学園でも、使役者マスタークラスはその難易度と学費が高いのが特徴だ。


 実をいうと、元々クラムは騎士クラスではなく使役者マスタークラスへの入学を希望していた。


 騎士クラスはほとんどの生徒が貴族だ。

 そんな中、クラムのような平民は学びにくいとクラム自身も思っていたのだ。


 冒険者クラスの入学も考えていたが、学校で学ぶ程度の知識はすでに持っていたし、クラムの才能と実力は高すぎた。

 使役者マスターは将来騎士と同じような立場になることも多いので、クラムの才能を活かすことが出来る。


 しかし、使役者マスタークラスは学費が高すぎるのと、領主の息子バカは入学できないだろうという気遣いから、クラムの使役者マスタークラスへの入学は取りやめになったのだ。


 もっとも、今回の一件でクラムの使役者マスタークラスへの編入が許可されたのだが。


(上がった学費の負担はあのバカの生活費から補填されるしね。ざまあみろ、バーカ)


「……ふぅ」


 心のなかで様々な悪態をついたクラムは、様々な雑念を消し去るように一度息を吐く。


(さてと、やりますか。大丈夫。ちゃんと準備はしてきた)


 クラムは、ポーチの中から黄金に輝く透明な固まりを取り出す。


 クラムの両拳ほどの大きさのそれは、ユグドエンドの魔物の暴走を止めた時に王から授かった、聖女が生成し鍛えた貴重な『貴石』である。


 その『貴石』に、自分の魔力をひたすらに込め肥大化させたものが、クラムが用意出来る最高の触媒だ。


 それを、クラムは慎重に召喚陣の中央に置く。


 これで、2大要素に、5大元素。さらに召喚主の魔力が込められた触媒が準備された。


(あとは……召喚の陣に手を置いて、魔力を込めるだけ)


 クラムは召喚の陣に手をおいた。


 一度、しっかりと目を閉じて、そして大きく息を吸い、吐く。


 グッと力を込めた。


 魔力を、自分の体内に篭もっているこの世界のモノ全てに備わっている根源的な力を、クラムは召喚の陣に流し込んだ。


(……来い!)


 クラムの魔力が光となって召喚の陣に書かれた文字をなぞっていく。


 外側から、内側へ、中心へ、そして、その光はクラムが置いた触媒に流れ、その真上にある闇の杯に向かって伸びていく。


 闇の杯に伸びた光は、クラムの魔力は、闇の杯をも光で満たし、そして、光の杯へ、光の杯の内側にある5大元素の触媒に注がれていく。


 炎はさらに煌々と燃え、水は勢いよく流れだし、土は活発に動き出し、木はざわざわと生い茂り、雷は轟音を立てて鳴り響く。


(……成功だ!)


 クラムは確信した。


 これは、必ず、最高のファミモンがやってくる。


 金色の光か。漆黒の闇か。どちらかの、つまり、至高の、最強クラスのファミモン。


 天駆ける龍か。

 地を揺るがす虎か。


 いるとされる、神クラスの獣。


「……来い!!」


 クラムが呼びかけると同時に、召喚の陣と、5大元素の触媒、2大要素の杯がこれまで以上に輝き始めた。


 目もくらむほどの、太陽の光に匹敵する輝きが、召喚の間を包んでく。


「……やった?」


 まだ、光が網膜に焼き付いて何も見えない。


 数回瞬きをして、何とかクラムは視界を回復させていく。


(……いる)


 ぼんやりとしたままの視界でとらえたのは、召喚の陣の真ん中に、クラムが置いた触媒とは別の何か。


 まだ、おぼろげに輪郭しか見えないが、確かにいる。


 大きさは……大きさは、だいたいクラムが触媒に用いた『貴石』と同じくらい。

 つまり、クラムの両握り拳くらいの大きさだ。


 もう、視界もだいぶ戻ってきた。


 クラムは、ゆっくりと召喚された自分のパートナー、ファミモンに近づいていく。


 それには、爪があった。

 しっぽも見えて、耳もあった。

 

 目は眩しいのか、眠そうにぼんやりとしている。


 そのどれもが、とてもではないが敵を、魔物を切り裂くようなモノには見えなくて。


「……ぽふ」


 それは、どう見ても真っ白な、とても小さなまん丸とした子犬のような獸だった。


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