『レベルアップ』
「ぽひゅう……ぽひゅう」
早朝の森に、弱々しい声が響く。
獣道の中央。
見通しのよい場所に、一匹の白い幼獸がいた。
なんて無防備な獸だろう。
なんて弱々しい獸だろう。
そして、なんておいしそうな獸なのだろう。
人が支配しているエリアだとしても、森はいつでも弱肉強食。
弱く、警戒心もない生き物は、別の生物の糧になる運命だ。
「キチュチュチュ」
白い獸の周りに、ネズミの魔物が集まってくる。
『スモールワズ』
人間の子供なら簡単に食べてしまうような、危険な魔物。
それが3匹。
彼らは慎重に白い幼獸を取り囲む。
こんな弱そうな獣でも、下手をすれば逃げられる。
だから彼らは見つめ合った。
空気を読み、力をため、そして同時に白い幼獸に飛びかかった。
「ぽふ」(バーカ)
それが、その白い幼獸、ポンの狙いとも知らないで。
『スモールワズ』が飛びかかると同時に、ポンの姿も消えた。
そして、ポンがいた場所に『スモールワズ』達が着地した瞬間、地面が陥没した。
「キュイイ!?」
(落とし穴成功っと)
ポンは、木の上から落とし穴に落ちた『スモールワズ』達を見ていた。
『スモールワズ』の体には、落とし穴の底に埋められた剣や槍が刺さっている。
これでは、簡単に抜け出すことは出来ないだろう。
(うまくいってよかった。まぁ、罠を作るのは得意とはいえ、この体だから正直心配でしかなかったんだけど)
昨日の深夜。
クラムの部屋から抜け出したポンは、グラウンドの横にあった森に向かった。
ポンの残りの寿命は1日経過したので41日。
ファミモンの『寿命』は『進化』やアイテムの使用で増加させることが出来る。
しかし、『寿命』を増加させるアイテムはほとんど課金アイテムだ。
現在のポンでは入手する術がない。
(というか、課金アイテムがこの世界ではどういう扱いか見当もつかん)
つまり、現状ポンが寿命を伸ばす術は一つしかない。
『進化』だ。『進化』をすることで寿命を増やすことが出来る。
(もっとも、ファミモンでは『進化』にたどり着くまでに寿命が尽きることも珍しくないんだけどな)
ファミモンの『進化』は種族によって変わる点も多いが、ポン君の場合、第1段階から第2段階に変わるための条件は、レベルアップだ。
(最強になるためには特殊進化の条件をクリアしてツリーを出さないといけないんだけど……もう特殊条件をクリア出来る気はしない。だから、通常の進化……魔物を倒してレベルをあげて、レベル10を目指す)
ちなみに、ポン君の『進化ツリー』の出現条件は以下である。
進化の最低条件 レベル10以上になる(ツリー1が出現)
特殊ツリー2の条件 レベル15以上になるか、同等のステータスを得ている
特殊ツリー3の条件 特殊ツリー2の条件に加え、『アップ』を2つ以上覚えている。かつパーティにポン君を加入させた状態で魔物を1000匹討伐する
(頑張れば特殊ツリー2までいけるかもしれないけど……いや、41日じゃ無理だな。『修行』3回と『特訓』5回でステータスはあがっているだろうけど)
ここまで、何度も繰り返した思考を思い出していると、下の『スモールワズ』に動きがあった。
突き刺さった剣や槍から、抜け出すモノが現れたのだ。
(……っと、さすがにトドメまではさせないか。しゃーない。アレを使うか)
ポンは、落とし穴に向けて手をかざす。
すると、白い穴が空き、そこからどさどさと大量の土が落ちてきた。
この落とし穴を掘った時に出た土である。
(しかし、寿命は大幅に削られたけど……『アップ』を覚えたのは正直助かったな)
『修行』では、ステータスの上昇と、新たなる可能性……つまり、『アップ』という特殊な技能が手にはいることがある。
今回、3回の修行で2つの『アップ』を覚えたのは、ポンにとってもかなりラッキーだった。
(『修行』で『アップ』を覚えられる確率はだいたい半分だからな。元々ポン君は『ポンポポン(アイテム移動)』っていうプレイヤーが持っているアイテムを自由に使える固有の『アップ』を覚えていたんだけど……)
ファミモンのゲームでは、戦闘中に使用できるアイテムは個々のファミモンに所持させているアイテムのみだった。(基本的に各ファミモンごとに2つまで)
そのためポン君の固有の『アップ』である『ポンポポン(アイテム移動)』で、使用したアイテムを補充したり、直接敵にアイテムをぶつけて攻撃するなど、使える時は使える……かな?という『アップ』が『ポンポポン(アイテム移動)』である。
この『ポンポポン(アイテム移動)』の『アップ』は、この世界では、半径50メートルほどの範囲にある一定時間触れた物体を、ポン君の指定した半径5メートルほどの場所に白い穴を通じて呼び寄せる効果があるようである。
移動できる物の上限は重さで決まり、どうやら現在のポンでは10キログラム程度までのようだ。
(っと、もう無くなったか。じゃあ、次)
10キロ分の土を落とし終えたあと、ポンはさらに別の場所に移動させていた土を落としていく。
10キロ落としたら、また10キロ指定して落としていかないといけない。
地味に面倒ではある。
ちなみにこの『ポンポポン(アイテム移動)』を使用して、落とし穴も作った。
地面に手を振れ、土を『ポンポポン(アイテム移動)』で近くの場所に移動にさせていく。
これを繰り返すことで、大きな穴を掘れたのだ。
土をどさどさと落とした続けた結果、『スモールワズ』は完璧に土の中に埋もれてしまった。
(……さてと)
ポンは木の上から消えると、埋め立てた落とし穴の上に現れる。
(『ドロドローン(配置移動)』ゲームだと戦闘に出しているファミモンと、控えのファミモンを入れ替える技だけど……この世界だと一定時間(10秒程度)触れた、50メートルくらいの範囲にある自分の体重よりも軽いモノと、自分の位置を入れ替える技なんだよな)
風に舞ってひらひらと、木の上から葉っぱが落ちてくる。
ポンは、前もって触れていたこの葉っぱと自分の位置を入れ替えたのだ。
しばらく穴の上で待っていると、何かもやもやとしたモノが体にあふれてくるのを感じた。
そして、体が急に軽くなる。
(レベルアップ、かな? これが。頭の中でファンファーレが鳴るわけじゃないのか。とりあえず、初戦闘はなんとか勝利、と)
ポンは地面に埋まっているだろう3匹の『スモールワズ』に手を合わせる。
(……しかし、見事に攻撃系の『アップ』は覚えないよな、ポン君。覚えた『アップ』も、俺が人の知識を持っているからこうして戦いに使えたけど、普通のファミモンじゃこうはいかないだろうし)
ちなみに、もう一つのアップは『サーチ』である。
名前がほかの『アップ』と違い普通なのは、こちらがほかのファミモンも覚えることができる『アップ』だからだ。
なお、効果は半径50メートルの範囲にあるモノの名称と位置をおおまかの教えてくれる『アップ』だ。
この『サーチ』のおかげで、『ポンポポン(アイテム移動)』と『ドロドローン(配置移動)』のアップを効率よく使うことができる。
ちなみにゲームだと、敵やアイテムとの遭遇率が上がる『アップ』である。
(……もやもやが消えたな)
このもやもやがおそらくゲームでいうところの経験値なのだろう。
上がったレベルは一つだった。
(『スモールワズ』三匹じゃ、こんなもんか。さてと、じゃあ武器を回収するか)
ポンは『ポンポポン(アイテム移動)』を使い、落とし穴の底に埋まっていた剣や槍、ナイフなどを取り出す。
この武器達は、なぜか森の至る所に落ちていたのだ。
(この武器、なんなのかね? 『サーチ』を使っても『武器』としか表示されないし。『ポンポポン(アイテム移動)』とかの対象になるからいいけど。近くに魔物っぽい生き物の死体も転がっていたし。学校の生徒が落としたとか? にしては、めちゃくちゃ落ちていたけど)
夜中に少し森を歩いただけで、10本以上の武器を見つけたのだ。
落としたにしては、数が多すぎる。
(武器を大量に使い捨てにする生徒がいる、とか? はは、なんだそれ。そんなの、ファミモンよりも強いんじゃねーの?)
ありえない妄想は置いて、しかし落ちていた武器は錆びているわけでもなし、ポンの目から見ても十分な切れ味を持っている業物のように思えた。
実際、落とし穴から落ちただけの『スモールワズ』が滅多刺しになったのだ。
切れ味は相当なモノなのだろう。
(この武器のおかげで落とし穴作戦もうまくいったようなもんだ。さすがに、どんなに深く掘っても、ただの穴じゃ魔物も逃げ出していただろうからな)
『ポンポポン(アイテム移動)』で剣や槍を草陰に隠したポンは、場所を移動する。
(とりあえず、レベル2になった。この調子でどんどん倒さないと……時間はない)
のこり寿命は41日。
しかし、ファミモンの寿命は、ささいなことで消費されてしまう。
文字通り、生命の危機をひしひしと感じながら、ポンは森を移動するのだった。
41日後に死ぬタヌキ(ポン)
(・ω・)




