名前はポン
「・・・・・ぁああああああ」
まるで、獸のような声が部屋に響く。
「はぁあああがあああああああ」
声の主は、可憐な美少女。クラムである。
彼女がなぜこのような声を出しているのか。
「がんわぃいいいいいいいいい」
両手に抱いた、一匹の白い幼獸のせいである。
今まで弱いファミモンは殺さなくてはいけないと気を引き締め、クラムはこの白い幼獸のことは考えないようにしていた。
しかし、クラムの帰宅をうれしそうにお出迎えする白い幼獸の姿に、完全にその意志は崩壊してしまったのである。
ひとしきり泣きながら今まで殺そうとしていたことをクラムは白い幼獸に謝ったのだが、その後、今までの我慢の分が爆発したようにクラムは白い幼獸を愛でていた。
「ひゃぁあああああ。おててちっちゃいい! 毛もモフモフ! はぁあああああ! ひぃいいいいいいいいい!!」
優しく、傷つけないように。
クラムは白い幼獸を撫でる。撫でる。
「はぁああ……柔らかい……リラックス効果ヤバい……百点満点……いや、二百点」
そんな今までの様子から一転した少女の様子に、白い幼獸である彼は困惑していた。
(なんか、帰ってきたと思ったら、いろいろぶっ壊れているんだけど、この子)
謝る最中にいろいろ内情を教えてくれたので、彼はなぜ彼女がこうなったのか知っている。
(殺そうとしていたのはびっくりしたけど……事情は分かった。でも、殺そうとしていた割には丁寧に育ててくれていたけど)
寝るための籠を作ってくれたり、困ったときは助けてくれたり。
ご飯が食べられない時は、食べやすいように調理してくれた。
彼女からは、しっかりと愛情を感じていたのだ。
そんな彼女から殺そうとしていたと告白されたところで、『え、そうなの?』という感じである。
(っと、そんな事より、伝えないといけないことが……ふぁぁあ)
クラムが彼の耳を撫でるのにあわせて、彼は思わず目を細めてしまう。
(な、なんで犬とか撫でられたがるのか分からなかったけど、気持ちいいなぁ、これ。なんか心もぽかぽかするし)
うりうりと彼はクラムが撫でてくるのに身を任せる。
(あーどこでも撫でてくれ。お腹とか、どうぞどうぞ)
「コロンと転がって、お腹見せるのか。警戒心はないのかー……私は、おまえを殺そうとしたのに……」
彼がお腹を見せると、クラムは急にしおらしくなって撫でるのをやめてしまう。
(ちょっ!? 急にダウナーするのやめて! 気にしてないから! そんなことより撫でて! お腹撫でて!)
「ぽふぅ!」
頭を下げて、もはや土下座のような体勢になっているクラムの頭に、彼はのしかかる。
「……許してくれるのか? 慰めてくれているのか? そうか……本当に、いい子だな、おまえは」
(許すよ! 超許すよ! だから撫でて! お腹撫でてー!)
彼は自分のお腹を叩く。すると、ぽんぽんぽんと太鼓のような音がした。
「ん? なんだこの音?」
クラムはその音を不思議に思い、顔を上げて彼のお腹をじっとみる。
「このお腹から出ているのか?」
軽く、優しく、クラムは彼のお腹をたたく。
すると、ぽんっと小気味のよい太鼓のような音が鳴った。
「……ほう」
クラムの目が、キラリと輝く。
「ほう……ほう……ほほう」
ぽんぽこぽんと、クラムは彼のお腹を叩いた。
「………………き、気持ちいい」
クラムはぷるぷると震えている。
「な、なんだコレ。ぽんって音が最高なのはもちろんだけど、叩いている手が超気持ちいい。最上級の布で作られた水風船を愛でているような感覚!……いや、そんなモノ存在しないけど!」
ぽんぽんぽんと、クラムは震えながらも彼のお腹を叩いていく。
一方、彼はクラムのなすがままにされていた。
(あー……こんな音がなるのか、このお腹。そういえば、そうだったような。まぁ、そうだよなぁ。一応、この体はタヌキ、なんだからな。そのせいか、叩かれるのは悪い気がしない。むしろ、撫でられるのと同じくらい……いやそれ以上に気持ちいい……ふぁぁぁ)
「なんか、おまえも嬉しそうだな。……そっか、よかった。そういえば、名前なんていうんだろ?」
クラムの問いに、彼は、白い幼獸は答える。
「ぽ……ぽふぅん」
「はは。わかんないよ。一応、おまえのこと図書館で調べたんだけどね……ぜんぜん情報がなくて」
クラムは、ぽんぽんと白い幼獸のおなかを叩く。
「ファミモンはそれぞれ正式な名前があるんだけど……分からないから、私がつけようか? どう? いいかな?」
「ぽ……ぽふぅ!」
白い幼獸は、力強くうなづいた。
「なんか、相づちが本当にお話しているみたいだな。言葉わかっているのかねぇ……まぁ、いっか。じゃあおまえの名前は……」
ぽんぽんぽんと、クラムの手のひらに白い幼獸のお腹の感触が伝わっていく。
「おなかがぽんぽん鳴るし『ポン』で。どうだ?」
ポンと名付けられた白い幼獸は、一度驚いたような顔をしたあと、ゆっくりとうなずいた。
「ぽ……ぽふぅん!」
「そうか。じゃあ、これからよろしくな。ポン」
クラムが笑顔を見せると、彼、白い幼獸であるポンも嬉しそうに鳴いた。
(ポンか……しょうがないか。本当の名前を知らないみたいだし、だとしたら、妥当というか当たり前というか……)
そんな彼の内心は、クラムには話さないし、話せない。
ただ、そんなことを考えていたから、ポンはクラムの表情の変化を見ていなかった。
小さな声を、聞いていなかった。
「はは……よかった。私が名付け、か」
クラム・サンドウィッチ
その名前がつけられた日は、彼女にとってまさしくクラムが生まれた輝かしい日のはずなのに。
その場にいた今は敵対しているバカのせいで、その日の景色に苦い味が混じってしまっていることにクラムは少しだけ悲しくなった。
○○○日後に○○ポン




