追放された黒髪の騎士
「クラム・サンドウィッチ。君には今期限りでこの騎士クラスをやめてもらう」
黒く長い髪の小柄な少女。
クラムは、金色の髪の長身の少女から告げられた言葉に目をつむり、ゆっくりと痛みに耐えながら質問する。
「……理由を聞いてもいい? アン?」
「君が平民。だからだそうだ。我らが偉大なる王太子様と、君の出身領地のご子息様がね」
吐き捨てるように、アンは言う。
やはり、という思いがあった。
アンが言うように、クラムは平民だ。
それも辺境の領地にある貧困街で生活していた孤児であり、本来なら王都の学園で騎士クラスに所属出来るような身の上ではなかった。
しかし、まだ名前がなかった7歳の時に貧困街で暴れていたところを領主に捕らえられ、そのまま領主の家で生活することになったのだ。
実の子供のように、ではさすがになかったが、貧困街の孤児に対しては十分すぎるほどの愛情を領主は注いでくれた。
まぁ、クラムがわずか7歳で貧困街のあらくれ共が恐れ、避けるほどの実力と才能を持っていたというのは理由であろうが、それでも、そんな子供を領主である自分の子供と同じ学校に進学させ、将来は騎士になるように教育してくれたのは、どんな言葉でも表せない感謝の思いでいっぱいだ。
だから、だ。
だからこそ、そんな領主の息子(名前はホウラアク・ウカノミタマハラという。赤い髪の少年。強くない)から、『平民だ』という理由で、クラスから追放されるのはとても悲しい。
「馬鹿げたことだ。私たちの学年で一番の実力者は間違いなくクラム、君だ。ユグドエンドの魔境の最深部到達。発生していた魔物たちの暴走の沈静化。ほかにも色々、私達騎士クラス77期が黄金の世代と呼ばれているのは、全て君がいたからこそだ」
「……アンにそんなこと言われるなんて意外だね。入学したときは、アンが一番私を目の敵にしていたのに」
クラムの指摘にアンは気恥ずかしそうに目をそらす。
「あれは……その、私も世間知らずだったんだ。貴族だとか、平民だとかは、今の世相には合わないのにな。とにかく、私が許せないのは身分なんてくだらないモノで目がくらみ、他者を正当に評価出来ない愚者の存在だ。あんな者が王太子とはな……誰のおかげで太子の座を得られたと思っているんだ?」
現王太子(名前はチュウテイシンオウ・マガハラスタ。金髪の少年。強くない)のことを、アンは嫌っている。
「そんなこと、ここで言っていいの?」
「私の『盾』を破れるような者は、アイツ等の周りにいないさ。私たちの学年の騎士クラスでは……君だけだ。そうだろ?」
「まぁ、そうだね」
アンの視線につられて、クラムも周囲をみる。
半透明の黄金の膜が、クラムたちを覆っていた。
「……だから、言いたいことがあるなら、言っていいぞ?」
アンの言葉に、クラムは息を吐く。
「……本当に?」
「ああ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
クラムは、大きく息を吸う。
そして、吐き出しながら言った。
「あの……ホウラのバカ野郎が!! 弱いくせに偉そうに貴族とか語るんじゃねーよ! 師匠が言っていたこと忘れたのか!! 『貴族は弱き民を守る者』って!何率先して平民差別主義に流されているんだよ! まぁ、私の方が強いけどね!? クソ王子まとめて、この騎士クラス全員でかかってきても負ける気しないけどね!? 雑魚だからこのクラス!特にあの王子とその取り巻き! バカも含めて! 弱者はお前等なんだよ!!だいたい、最近様子がおかしいから、師匠に相談したうえで何度か説教兼訓練して心身を鍛えたのに効果なしかよ!! というか、あの師匠の息子なのに、なんであんなに弱いの!? 頭も! 師匠の息子だからって、ちょっと意識していた私の綺麗な思い出返せよ! バーーーーーーカ!!」
キンキンと、クラムの叫びがこだまする。
少し耳を押さえていたアンは、呆れたようにクラムを見つめる。
「……そうとう溜まっていたようだな」
「まあね」
「途中、私も含めた罵倒があった気がしたが、気のせいかな?」
「気のせいね、それは」
勢いで雑魚だと騎士クラス全員をまとめてしまった。
まぁ、王太子と同学年なのだ。
ほとんどの生徒が王太子の側近狙いでお近づきになりたいと画策する者たちばかりなので、その王太子に邪険に思われているクラムとは敵だ。
罵倒ぐらいするだろう。
「……正直、アンが二人いたら私は勝てないだろうし」
「それは、私一人ではクラムの相手にならないということかな?」
「アン一人の方が、ほかのクラスメイト全員をまとめても強いってことだよ」
ふふっと、二人は笑う。
「それで、これからどうするんだ? 今の話を聞いた限りでは、騎士クラスを辞めさせられることは想定していたみたいだが……」
「師匠に相談したけど、騎士クラスは辞めていいけど学園には通いなさいって。『人生日々勉強』ってね。私としては領地に帰ってのんびり師匠と稽古をしたいところだったけど」
「七天徳将との稽古がのんびりか。君の価値観は相変わらずだな。じゃあ、別のクラスに転入か。どこにするんだ? 冒険者か?」
アンの質問に、クラムはむふふと笑みを浮かべる。
「ん? 違うのか?」
「うん。実は、師匠から今回の件で謝罪があってさ。騎士クラスから追い出されることがあったら、私の好きなクラスに移動していいって言われているんだよね」
「好きなクラスとは……どこでもか?」
「うん。どこでも……どんなにお金がかかっても」
ニヤリと、クラムは笑う。
「……まさか」
「だから、移動しようと思って。この学院で一番お金がかかるクラス。貴族でさえも才能と資産がなければ入学が認められない、騎士クラス、賢者クラスに並んでもっとも難易度が高いクラス……使役者クラス。私は自分の使い魔……ファミモンを手に入れるんだ」
ぐへへと笑うクラムの顔は、平民だとか関係なく、騎士にふさわしいモノではなかった。