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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鉄血の魔女

作者: 相模

 ドアベルが鳴る音によって微睡みから現実に引き戻されると、私は異様な光景を目の当たりにした。


「一番効くヤツをくれ、はやく」


 私の店に訪れた男は、金がぎっしりと詰まっているであろう皮袋をカウンターにドサリと置いた。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 問題は男がどこもかしこも血塗れの傷だらけで、意識を保っていられるのが不思議な程だということだった。


「そんな怪我、ポーション程度でどうにかなる訳ないでしょう? 《ヒーリング》」


 私が男に手をかざして回復魔法を唱えれば、傷はゆっくりと塞がっていく。


「あんた魔法も使えるのか。助かった」

「どういたしまして。それにしても何があったらあんな大怪我を?」


 第三層には魔物の出現というのは滅多になく、だからこそ店を構えたというのもある。

 そりゃポーション店をやっていれば、冒険者や治安維持職の多い第一、第二層の方が儲けは出るだろう。

 けれども、それは今回みたいに差し迫った状況に置かれた来客も増えるだろうということだ。

 私は善人という訳ではないが、瀕死の人を捨て置けるほど人道に外れているという訳でもない。

 でも、できれば魔法は使いたくない。


「ああ、第二層で暴れていた魔物がこっちまで逃げ出してきてな。その討伐で追いかけてきたんだ」

「ということは、あなたは聖樹教の?」


 ただでさえ聖樹教はあちこちで横暴したり、胡散臭い謳い文句によって集めた寄付金とやらでお偉い司教様が私服を肥やしている。

 それでも暴動が起きないのは、教会の聖騎士が魔物の討伐によって治安維持を務めているからだ。

 だというのに、一般市民の生活圏に危険が及んだとなれば、やつらは何のために存在しているのか。


「そんな露骨に嫌そうな顔をするなよ。俺は国軍の方だ」


 と思ったら顔に出ていたらしい。

 それに、口振りから察するに聖樹教徒という訳でもないようだ。

 あんなやつらと一緒にするとは申し訳ないことをした。


「あらそう。それはごめんなさい」

「あいつらを嫌うのは分からないでもないが、あまり口外して回るもんじゃないぞ。目をつけられたら何されるか」

「心配してくれるんですか?」

「命の恩人がいつの間にか謎の失踪を遂げていたら寝覚めが悪い」


 彼に茶化すような雰囲気は無かったので、私も思わず押し黙る。

 たしかに、あいつらはそれくらい平気でやる。

 聞けば聖樹教は一国に匹敵する戦力を持ってるとか。

 とても一個人が勝てる相手でもない。

 心配してくれる人もできたことだし、言動には注意することにしよう。


「最近、魔物が凶暴化しているんだ。今日みたいなことがまた発生しないとも限らない。十分気をつけてくれ」


 それじゃあ、と男は店を後にしようとした。


「ちょっと待って。何も買ってないのにお金は頂けません」


 私はカウンターの上の皮袋を突き返そうとしたが、男はかぶりを振る。


「治療代だ。とっといてくれ」

「ますます貰う訳にはいきません」

「どういうことだ?」

「私、魔法はあまり使いたくないんです。この店では魔法での治癒もしてくれるなんて言いふらされたら困りますし、口止め料ということで」

「そんなことはしないが……何か事情があるみたいだな。じゃあこの店で一番いいヤツをくれ。それで手を打とう。何か買いさえすれば問題はないんだろう?」

「え? えっと、まあ」


 結局男は最初の注文をして、商品を受け取ると足早に帰って行った。

 彼が何も言わなかったせいでまんまと乗せられた形だ。


「お釣り、出るんだけどなあ」


 私は皮袋から取り出した大量の金貨を眺め、ため息をつく。

 本日、開店史上最多来客数、最大売上である。


 それからというもの、彼はよく私の店に顔を見せるようになった。

 なんでも、あの後また死にかけるような傷を負ったらしいのだが、私のポーションで一命を取り留めたんだとか。

 彼曰く、今まで使ったポーションの中で最も効いたとのことだ。

 そう言って貰えると製作者としては鼻が高い。

 何度も話をするうちに名前も知った。ジェラルドというらしい。

 年齢も22と、私と同じだけあって打ち解けるのに時間はかからなかった。


「おお、相も変わらず客足が遠いようだなあ」


 と、来店そうそう軽口を叩くくらいには。

 一応ビジネスの付き合いなんたけど、さすがに無礼過ぎない?


「大きなお世話だ」

「怖い怖い。数少ないご贔屓様だっつーのに」

「自分で言うかあ?」


 ちなみに数少ないは間違いである。

 唯一のご贔屓様だ。


「そんじゃ、ミアさん。いつもの」

「はいはい」


 ジェラルドは毎回、うちの最高級ポーションを三つを買って帰る。

 そう安くはない値段設定のはずだが、国軍というのはそんなにも給金のいいものなんだろうか。

 私としては儲けが出るのは嬉しいけど。


「それにしたって、毎度毎度そんなに大怪我するの? ワンランク下のポーションでも何とかなるんじゃない?」


 うちの最高級ポーションはBランク相当の魔物との戦闘を想定したもので、そんなもんがほいほい出てるとしたらたまったもんじゃない。

 ジェラルドの勤務地は第二層だと言っていたので、ここまで逃げてくる可能性だってある。


「まあまあ。こんな高品質のポーション作ってる店が潰れたら困るからな。お布施だと思ってくれ」

「こう見えてもお金には困ってないんだけどね。第一、店の心配してくれるなら宣伝でもしてくれればいいのに」

「それはちょっとなあ。ほら、自分だけが知ってる穴場っていうのもいいじゃないか。……でも、こんなにもいい物があるって知ってもらいたい気持ちもあるよなあ」


 ジェラルドは頭を抱え葛藤を始める。

 いや、そこは店主の前なんだから嘘でも宣伝するって言えよ。


「いざ、有名になるとあの頃はよかったとか言って古参アピールし始めるんでしょ。知ってる」

「そ、そ、そんなことないぞ」


 どう見ても身に覚えがある反応だった。


「昔、知り合いにいたのよ。その知り合いは好きな作家がいて、周囲の人間に薦めていたの。でも彼の好きな作家先生に人気が出たら、世間に媚び出しただのなんだの。私も苦笑いしたものね」

「ミアさんはその人ことが好きなんだな」

「えっ、どうして!?」

「そりゃ、そんなろくでもない話を優しげな顔で話されたらなあ」


 一体、私はどんな顔をして話していたんだろう。

 たしかに彼のことは嫌いではなかったが好きかと言われるとどうだろうか。


「別に……昔を懐かしんでいただけ。どちらにしろ関係の無いことよ。その人はもう遠くに行ってしまったから」

「っと、無神経だったな。すまん」

「私が始めた話なのに謝る必要ないでしょ」

「それもそうか」


 ジェラルドは短く切り上げて、それ以上の言及をやめた。


「はい。エクスポーション3本と、あのときのお釣り」


 私は気まずさから、店から追い返すように品物を渡すを渡す。

 ジェラルドも意図を汲んだのか、ポーション3本をひったくるように鞄に詰めて帰って行った。


「お釣りも持ってけよ……」


***


 その日、昔の夢を見た。

 ジェラルドに話した知り合いの夢。

 私が未熟だったせいで死なせてしまった、幼馴染の。


 私たちが16歳の頃。

 あの頃は思春期特有の根拠のない全能感に溢れていて、物語の中の冒険譚に憧れながら一獲千金を志していた。

 親の制止も振り切って冒険者となり一年、巷じゃそれなりに名も売れてきたのだから自信も後押しされるというもの。

そんな中、頼れる相棒である彼からある提案があった。


『なあ、ミア。俺たちもだいぶ力をつけて来たし、第一層に挑まないか』


 無謀だ、などとは思わなかった。

 実際、私たちにはそれをできるだけの力量はあったはず。その考えは今でも変わらない。

 だから、私は入念な準備をしてその巨大迷宮の前に立った。


『……じゃあ、行くぞ』


 私は彼の呼び掛けに頷き、迷宮に足を踏み入れた。


 聖樹には階層に関わらず、ぽっかりと開いた大きな穴がどこかある。

 それは、さまざまな魔物の跋扈する巨大迷宮となっていた。

 聖樹の内部にある巨大迷宮、通称《(うろ)》。

 洞の魔物は外界と比べて珍しい物も多く、貴重な資源が手に入る。

 物によっては一生食うに困らない金が手にすることができる。

 何故ならば、強いからだ。

 誰も倒せないから、その素材には希少価値が出る。当然の話だ。

 そして、私たちはその強力な魔物と相対した。


 ここまで、魔法の使用は必要最低限に済ましてきた。

 魔力は充分に持つはずだ。

 彼も傷という傷は負ってこなかった。

 ――――これなら行ける!


 目の前にいるのは鳥の様な魔物。

 そいつは意味があるのかないのか、一定の範囲を忙しなく旋回していた。

 まず、剣士である彼が自分の背丈ほどの両手剣で斬りかかる。

 相手は飛び回っているが、幸いにして天井が低いので届きそうだ。

 私も牽制や強化魔法でサポートに徹する。

 ああいう素早い敵には私の本領は発揮できないから仕方がない。

 相手は一目で強いと分かったので、出し惜しみする場面ではない。

 攻撃はほとんどが躱されるが、相手も二対一は分が悪い様で、こちらがどんどん追い詰めていた。


『もらったァァァ!』


 やがて、彼がとどめとばかりに鋭い一閃を放った。

 次の瞬間、彼の脇腹は抉れるようになくなっていて、そこからおびただしい量の血を流していた。


『………………は?』

「あの鳥公よくも! 《フレイムランス》!」


 私が怒りのままに放った炎の槍が、魔物の胸を貫く。

 彼の剣撃で弱った魔物を殺すには、十分過ぎる威力だった。

 相討ち覚悟で反撃してきたいいが、その後のことは考えてなかったようだ。

 いや、私が攻撃らしい攻撃をしなかったおかげで、前衛さえ倒せば問題ないと思ったのか。

 そんなことより今は急いで回復だ。


「《ヒーリング》! なんで!? どうして発動しないの!? 《ヒーリング》!」


 魔力はまだたっぷり残ってる。それなのにどうして。

 今回は道中で無駄撃ちしなかったし、あの鳥と戦ってる時だって回復魔法くらいは唱えられるようにと意識してた。

 …………今回は?

 ああ、そうか。

 これは、現実じゃないんだ。

 私の目の前で地に伏せた彼は、すでに息をしていなかった。


 朝になって目が覚めると、なんだか焦げ臭い匂いがする。

 見れば、枕が少し黒ずんでいるではないか。

 寝ている最中に魔法を使ってしまったのだろうか。

 何にせよ火事にならなくて良かった。


「それにしても、最悪な夢見だった……」


 あの日、彼は死んだ。

 夢とは違い、彼も私もいっぱいいっぱいだった。

 そんな状況下で最善の行動を取る方が難しい。

 もし、私が激情に任せて魔物を攻撃するのではなく、彼の回復を優先していれば、瀕死の魔物風情など一瞬にして斬り捨ててくれただろう。

 それ以前に、私が道中の雑魚相手に魔法を使いすぎなければ、いざというときに魔力切れなど起こさず済んだのだ。

 そうすれば、あとは転移の魔道具で二人で生きて帰ることが出来たのに。

 だから、魔法は私の未熟さの象徴。

 使わないのはあの時の戒め。

 いや、そんなかっこいい理由じゃないか。

 ただ、あの時のことを思い出したくないだけ。逃げたいだけなのだ。


「……ごめんね、ライアン」


 急に、涙が溢れて止まらない。

 こんな状態じゃとても人前になんか出られやしない。

 私は表に休業の札をかけて、二度寝を決め込むことにした。


***


 翌日、ジェラルドはまたもや大きな傷を作って来店した。

 この前のような差し迫った状況でないにしろ、尋常ではない。


「エクスポーション三つ」

「いや、どうしたのその傷」


 平然と注文をするジェラルドに、私は突っ込まずにはいられなかった。


「昨日は店が閉まってたろ? だからだ」

「説明になってないんですけど」

「前に言ったじゃないか、魔物が凶暴化しているって」

「そういえば言ってた気が」


 ということはこんな怪我が日常茶飯事ってこと?

 エクスポーションは過剰ではなく本当に必要に際して買っていたと。


「……これからは毎日店を開けとくわ」

「ミアさんを責めるつもりはなかったんだが」


 ジェラルドは困ったように頬をかく。


「私のポーションがなかった事を理由に死なれても困るからね」

「俺も男だ。そんな情けないことは言わん。だから好きなときに休んでいいんだぞ」

「そ。ま、どうするかは私の自由でしょう?」

「それもそうだな」


 ジェラルドは肩をすくめて見せた。

 会話も途切れたので、私はポーションを取りに急いだ。

 ジェラルドがあまりに堂々としていたので失念していたが、彼はどう見ても重傷者だ。

 さっさとポーション飲んで治してもらわなきゃ、見てるこっちまで痛くなってくる。


「はい、注文の品」

「ありがとさん。ほら代金だ」

「今日もピッタリね。……毎度あり」


 あの時のお釣りのことを言うと逃げられるからもう諦めるか。

 ジェラルドは渡されたポーションのうち一本をその場で飲み干してから、店から出ていった。


「って、瓶置きっぱじゃない」


 うちのカウンターはゴミ置き場じゃないっちゅうに。

 まあ、洗えば再利用できるか。


 それからというもの、ジェラルドは3日おきに顔を出すようになった。

 私があんなことを言ったから、休業日が作れるようにと気を遣っているのだろうか。

 それはそれで自分以外の客なんか入らないだろうと馬鹿にされているようでムカつくが。

 実際、他に客なんていないんだから気にしなくてもいいのに。

 どうせ仕込みが終われば居眠りするほど暇なんだから。

 なんだったら毎日来てくれたっていいのだが。

 などと思っていたらジェラルドが来ない日が10日も続いた。

 彼の職業柄、なんの前触れもなく亡くなるというのはあり得る話だ。

 そして、もしものことがあったとして、私と彼は店員と客の関係。

 彼の安否を知る術はない。

 そう考えると、無性に寂しい気持ちになった。

 11日目にやっと顔を見せた時には、


「最近見なかったけど、てっきりくたばったかと思ったわ」


 なんて、憎まれ口を叩きながらも内心ほっとしていた。

 対して、ジェラルドは怒るでも笑うでもなく神妙な顔をする。


「そう簡単にくたばってたまるか……と言いたいところだが、もしかしたらこれで最後になるかもしれんな」

「そんな縁起でもない。何があったの?」

「第二層で古龍と思われる痕跡が見つかった」

「え……」


 ジェラルドの口から告げられた内容に、言葉を失った。

 古龍。

 その危険度はAランクに分類され、個体によっては国一つを滅ぼせるだけの力を持つなんて話がある。

 もしそれが事実であれば、ジェラルドも討伐隊として決死の特攻に向かうことになるのだろう。

 もちろん、古龍との戦いに私の作ったポーションなど毛ほどの役にも立たない。


「恐らく古龍を第二層で食い止めるのは無理だ。ミアさんは早いうちに高層に逃げてくれ」

「なんでそれを私に? そういうのって機密情報じゃないの?」

「まあ、そうなんだが、ミアさんは命の恩人だからな」


 それだけ言うと、ジェラルドは何も買わずに帰って行った。


 後日、聖樹教会が古龍発見の声明を出した。

 公には第三層への被害は見込まれないとしつつも、万一のため上層への避難を呼びかけている。

 まあ、住民が混乱を起こさないための嘘なんだろう。

 国軍騎士と聖騎士が連携し、今のところはつつがなく避難が進行している。

 一方で、私はまだ自分の居宅兼店の中で避難行動を起こせずにいた。

 何故だろう。

 ジェラルドが気懸りだった。

 古龍は強いが、この国が総力を挙げて討伐に臨めば倒せなくもない。

 が、そうやって勝ったとして、その被害は推して測るべしというものである。

 せめて、冒険者が騎士たちと共闘してくれれば結果もまた違ったものになるのだろう。

 しかし、彼らは皆古龍の名を聞いただけで恐れをなして逃げてしまった。

 情けないとは言うまい。

 彼らだって騎士たちの庇護対象であるし、命あっての物種なのだ。

 どれほど強い敵を倒して名声を得ようと、どれほど貴重な資源によって富を成そうと、死んでしまったら何も残らない。

 死とは即ち敗北だ。

 だからこそ私は、私が命を繋ぎ止めたジェラルドに易々と死んで欲しくなかった。

 敗北して欲しくなかった。

 また、護りきれないのは嫌だったのだ。


 私は物置から杖を引っ張り出し、埃を払う。

 この杖を使わなくなって久しいが、手に持ってみればよく馴染む。

 気持ちが昂り、あの頃の全能感が甦ってくる。

 まだ、魔法を使うのは怖い。

 もし、ジェラルドを助けに行って、失敗すれば今度こそ私の心が完全に壊れてしまうかもしれない。

 不意に、ライアンの最期が思い起こされる。

 それでも、私はかぶりを振った。

 何も行動を起こさずに、抜け殻のような生活に逆戻りなんて想像するのも真っ平だ。

 私は、ジェラルドと交わした他愛もない会話が楽しかった。

 生きる活力を再び取り戻していたのだ。

 それを失ってしまうのは嫌だ。

 気づけば悩むより先に、私は第二層へと走り出していた。

 私一人増えたところでどうなる、かえって邪魔になるだけでは、そんな弱気な考えは走ってる最中に霧散してしまった。


***


 私が第二層にたどり着いた時、すでに古龍との戦闘は始まっていた。

 倒れている騎士の数から察するに、交戦時間してからそれなりに時間は経っているのだろう。

 とりあえず、ジェラルドの姿を探す。

 怪我人には悪いが、私が助けに来たのはジェラルド一人だ。

 そして、見つけた。


「隊長! また一人戦線離脱者が!」

「狼狽えるな! 陣形を建て直すことを優先しろ!」


 最前線で方々に指示を出し、たった今隊長と呼ばれたその人こそジェラルドだ。


「気を抜くな! 仲間は見捨てろ!」

「くっ……はい!」


 ジェラルドも部下も苦悶の表情を浮かべている。

 古龍の苛烈な攻撃にか、それとも仲間が助けられないことにか。

 いずれにせよ、あの様子ならまだ持ちこたえられそうだ。

 そうと分かれば、私がやるべきことは――――


「《エリアヒーリング》!」


 怪我によって戦線離脱した騎士たちにまとめて回復魔法をかける。

 古龍との戦いが体をなしているのであれば、人手を増やせばリスクは下がるはず。

 一応、後衛の魔術師が回復をしていたが、明らかに手が回っていない様子だった。

 けど、これくらいなら私一人で十分だ。


「A級冒険者ミア・トルウィド、ただ今より古龍との戦いに加勢いたします!」


 私が名乗りを上げると、魔術師たちから喜びの声が沸いた。


「A級冒険者だって!? それは助かる。あっちにも怪我人がいるんだが頼めるか」


 魔術師の中の一人が指を指したのは、古龍の背後だ。

 後衛職には危険で助けに行けないのだろう。

 しかし、冒険者となれば例外だ。

 ときには危険を顧みず魔物に近づくことで血路を開いてきたことなど数あった。


「お安い御用で」


 私は古龍の死角を縫って、背後へと駆ける。

 目の前のジェラルドたちと戦ってるせいで、こちらには意識が向き辛いはず。

 私はちらと横目で確認した。

 それがいけなかった。


「ミアさん!? どうしてここに!?」


 古龍との戦いに集中していたせいで、私の名乗りは聞こえてなかったのだろう。

 目が合うと、ジェラルドはひどく狼狽する。

 しかしそこはプロというべきか、襲いかかる古龍の前足に瞬時に剣を合わせる。


「隊長!」

「馬鹿野郎、よそ見をするな!」


 古龍は前足を防がれても、今度はその勢いを使って尻尾を鞭のようにしならせる。

 側頭部に迫る尻尾に、ジェラルドの部下はまったく気がついていない。

 私の魔法も間に合わない。

 どうしようかと思ったその時、ジェラルドは重心をずらして古龍の前足をいなすと、隣にいた部下を突き飛ばしていた。


「ぐああああぁぁっ!」


 ジェラルドの右腕が宙を舞っている。

 あんな崩れた体勢では避けられるはずもなかった。


「隊長! 人には仲間を見捨てろなんて言いながら、どうして俺なんか庇って!」


 ジェラルドの部下は冷静さを欠いてしまっている。

 あれでは追撃が来ても対応しきれない。

 いや、違う。

 私は何を呑気に見ているのだ。

 急いでジェラルドに駆け寄り、腰に手を回す。

 次いで、落下してきた右腕をキャッチしする。


「《ウィンドバースト》」


 そして、風魔法の反動で古龍から距離を取った。


「《ハイヒーリング》」


 安全を確認してから、ジェラルドの傷口に右腕を宛てがい、上級回復魔法を唱えた。

 これぐらいであれば治せる。


「ミアさん、逃げなかったのか……」

「あなたを助けに来たの。私、これでも結構強いんだから」

「魔法は使いたくないんじゃなかったのか?」

「ええ。でも、私の魔法で拾った命をむざむざ捨てられたんじゃあ、魔法の使い損でしょ?」


 ジェラルドは私の顔をしばらく見つめると、大きくため息をついた。


「軍人としては一般市民を戦いに参加させる訳にはいかないんだが……曲げる気はないようだな」

「もちろん」

「わかった。なら、ミアさんには遊撃を頼む。俺はあんたの戦闘能力は知らんから連携も取れない。だから味方の邪魔にさえならなきゃ好き勝手やってくれ」

「了解!」

「ただし、死ぬな!」

「そっちこそね」

「誰に物を言ってるんだ? 治安維持部悪魔の第四中隊隊長ジェラルド・ファントスとは俺のことだぞ」


 見てろ、とジェラルドは古龍に吶喊する。

 今しがた腕を吹き飛ばされたばかりだというのに、まったく恐怖心というものを感じなかった。


「強いな……。私もあんな風に強くなれたら……」


 あるいは、この戦いを終え、ジェラルドを護りきることができたなら乗り越えられるだろうか。

 もう、己の魔法を未熟者の象徴だなどと卑下しなくてもいいだろうか。

 ならば、あの古龍を倒すのみ。

 あんな空飛ぶトカゲごとき、何を恐れる必要があるんだ。

 自分にそう言い聞かせて、鼓舞する。

 とりあえず攻撃して様子を見てみるか?


「それよりもまずは、古龍背後の戦闘員を回復……いや」


 先程の混乱に乗じて、何人かの魔術師が背後に回れたらしい。

 古龍は狙いを外されたことで、幾ばくか混乱していたようだ。

 でなければ、すぐに二撃目がジェラルドの命を刈り取っていたはず。

 それに、私が最初に回復した騎士たちが戦線に復帰し、押され気味だったのが持ち直しつつある。

 とすれば、ここで一気に攻勢をかければ、形勢はこちらに傾くかもしれない。


「やってやろうじゃないの」


 私は魔力を練り上げ、古龍の頭上に魔法を作り上げる。

 古龍は危険を察知したか、目の前で斬りかかってくる騎士たちには目もくれず、上空を見上げた。

 だが、もう遅い。


「そのデカい図体じゃあ、避けきれないでしょう? 降り注げ、《アイアンパイク》!」


 古龍目掛けて到来する、鉄槍の雨。

 スピードを制御してるから、地上の騎士たちには逃げるのも容易い。

 古龍の方はといえば、身をよじって合間を抜けようとするも、その巨体があだとなって何本かがクリーンヒットした。


「グギャアアアア!」


 古龍は悲鳴を上げる。


「なんだ、結構効くじゃない」

「結構効くじゃない、じゃねえっ! 味方を巻き添えにする気か!」


 我ながら古龍に有効打を与えたことに感嘆していると、そばでジェラルドが怒鳴り声を上げていた。

 アイアンパイクから退避してきたのだろうか。

 思ったより広めに降らしすぎたかな。


「あらジェラルドさん。巻き添えなんて人聞きが悪い。ちゃんと逃げられるように調整したわ」

「なんで味方の魔法から逃げなきゃなんねえんだ……。いや、それよりも、今の攻撃でやっこさん、空まで逃げちまいやがった。なんとか地面に引きずり降ろせないか?」

「ん、やってみる」


 私が杖を構えると、古龍が目に見えて警戒した。

 もしかしたら、外敵からの攻撃で傷を負うのは初めてだったのかもしれない。


「ま、警戒したって無駄なんだけどね」


 辺り一帯に影が掛かる。

 明らかな異変に古龍は周囲を見回すが無駄なこと。

 大丈夫、さっきの攻撃で私の魔法は効くことが証明された。

 なら自信を持って放つのみ。


「地面に這いつくばりなさい、《アイアンプレス》」


 空を覆い尽くすほどの巨大な鉄板によって、古龍の身体を地面へと押し付ける、

 古龍も必死に抵抗して飛び上がろうするが、無理だと悟ると今度は頭突きで鉄板を突き破ろうとする。


「くっ……」


 私が魔力を維持する限り、鉄板が破壊されることはない。

 けれど、Aランクの魔物を押さえつけるとあれば、その消耗も激しい。

 いいだろう、力比べだ。

 古龍が地面に到達するが早いか、古龍が鉄板を突き破るのが早いか。

 激戦を制したのは――


「今だ、かかれ!」


 ――私だ。

 古龍は地に足をつけると同時に鉄板を突き破った。

 だが、その一瞬の隙をジェラルドは見逃さなかった。

 吶喊の号令とともに先陣を切り、古龍に組み付く。

 地に足がついた状態ではすぐに飛んで逃げることも叶わず、古龍は騎士たちの一斉攻撃をもろに受けた。

 外皮が硬くとも、弱点は存在したようで、古龍はじたばたと暴れながらまとわりつく騎士たちを振り払う。

 そして、古龍は私へ向けて突進してきた。


「ミアさん、危ない!」


 ジェラルドが叫ぶ。

 私が魔術師だから心配しているのだろうか。

 けど、大丈夫。


「もしかして、魔術師は近づいてしまえば怖くないと思ってる? それとも魔力はほとんど残ってないと思ってるのかしら」


 そりゃあ、あんな大魔法を放てば誰だって魔力は枯渇する。

 けど、私は魔力切れによって失敗したのだ。

 二度も、大事な局面で、間違えるわけにはいかない。

 私は懐から取り出したポーションを飲み干し、体中に溢れてくる魔力に口角を上げた。


「私はポーション屋の店主よ。魔力回復のポーションを作るくらい朝飯前」


 古龍は私が回復したのに気づいたのか、その双眸を見開く。

 しかし、突進の速度は緩めない。

 まだ自分が優位だと思っているらしい。

 なら、その驕りを打ち砕こう。


「《アイアンパイク》」


 今度は地面から、古龍の眼前に鉄の槍を打ち出す。

 それに対して、古龍が大きく速度を落とした。

 たった一本でビビるとは、さっきの痛みがよほど堪えたらしい。

 完全足を止めてはいないが、それで十分。

 私は古龍の腹に飛び付いた。


「最期にいい事を教えてあげる。私、接近戦の方が強いの。――《ブラッド・スプラッシュ》」


 私が魔法を唱えると、古龍の全身を血液が高速で突き破る。

 生物の体液に干渉するとなると直接触れなければならない。

 騎士たちが作った細かな傷のおかげ、それをするには容易かった。

 古龍は絶命した。

 辺りが静寂に包まれる中、誰かが呟く。


「鉄血の魔女……?」


 その呟きに騎士たちがざわついた。


「鉄血の魔女って、あの神鳥レグヴァスを屠ったという伝説の?

 」

「第一層の洞から出てきたのを最後に失踪したと聞いていたが……」

「でも、あの戦い方といい、あの古龍を倒した魔法といい……」

「というか、古龍を倒したのか?」

「あ! やった、やったんだ!」

「待て、確認する」


 騎士たちがざわつく中、ジェラルドが恐る恐る古龍の生死確認をしに来た。


「……確かに、死んでる。死んでるぞ!」


 ジェラルドの発言から、堰を切ったように喝采の声が上がった。


「うおおおおぉ、鉄血の魔女が古龍を倒したぞ」

「すげえ、さすが伝説の冒険者だ!」

「鉄血の魔女、万歳!」


 ……ん?

 彼らの言う鉄血の魔女って、もしかしなくても私のことだよね。

 なんか、古龍が倒れたというよりは、喜びの声が私に向いてるのは気のせいだろうか。


「……どうしてこうなった」


 ***


 後から分かった事だが、神鳥レグヴァスというのは洞で出会ったあの鳥のような魔物のことらしい。

 レグヴァスと遭遇した冒険者は数いれど、格の違いを察すると逃げ帰る者がほとんどだったらしい。

 中には果敢にも戦いを挑んで、即死したのを目撃したという談あった。

 そこへ、巷じゃ名の知れた冒険者だった私が、レグヴァスと思しき魔物の亡骸を商人に引き渡すところを見られていたらしい。

 推定危険度Aランク・神鳥レグヴァスを屠った鉄血の魔女はその日を境に姿を消した。

 あの日から唯一無二の仲間を失い、魔物を売っぱらった金で一攫千金の目標を失い、ただ思いつきで第三層にポーション屋を開いたなどとは誰も想像しなかったということだ。

 以上がジェラルドから聞いた話だ。

 なるほど、すでにAランクの魔物を倒していたならば、同格の古龍と私が渡り合えてしまったのも納得がいく。

 納得がいかないのは、そのレグヴァスとやらを私が一人で倒したかのように語られることだ。

 実際には仲間のライアンと協力して倒したのだが、言っても詮無きことだ。

 ライアンは死んだ。

 であれぱ、私がなんと言おうと彼は敗北者なのだ。

 今更どうこう言う話では無い。


 私は古龍を倒したのち、国王直々に表彰された。

 本来であれば国が滅びるかどうかという古龍との戦いにおいて、死人がほとんど出なかった、そなたのおかげだと。

 とはいっても、ゼロではなかったことには心が痛む。

 その死人も私が来る前だったらしいので、私にはどうしようも出来なかったが。

 それに、被害を抑えたという点では、ジェラルドの功績の方が上だろう。

 大人数を指揮しながら古龍相手に戦線を維持出来ていたというのは、もはや戦上手という域ではない。

 もちろん、ジェラルドも表彰されていた。

 それとともに、治安維持部隊の大隊長を任せられたらしい。

 若くして異例の大出世だそうだ。

 ついでに私も国軍に入らないかというお誘いを受けたが、全力でお断りした。

 名前も知らない騎士の死にこんなにも心を痛めてしまう自分には、死と常に身近にある軍属は耐えられないだろう。

 ジェラルドからの口添えもあり、国王様はなんとか諦めてくれた。


 それから数日後、私が普段通りにポーション屋を営んでいると一人の客がやってきた。


「相変わらずガラガラだなあ」

「こんにちは、ジェラルドさん。来てそうそう店の悪口のとはどういう了簡かしら」

「いや、あれだけ活躍したのに少しも客足に変わりがないとは驚いてな」

「誰にも教えてないもの、ここで店やってる事。それにジェラルドさんはこの方が好きでしょう」

「違いない」

「いつものでいいの?」

「ああ、頼む」


 ジェラルドは短く首肯すると、適当な椅子に腰掛けた。

 どうせいつもと同じものを用意するのだから大して時間はかからないのに、疲れていたのだろうか。

 私が訝しんでジェラルドを見遣ると、彼はいつになくそわそわとした様子だった。


「……何か?」

「いや、その、魔法が」


なんだか歯切れが悪い。


「魔法?」

「えっと、ずいぶんと強かったんだな。知らなかった」

「正直自分でも驚いたけどね。第二層に降りるときは死地に向かうつもりだったもの」

「なんで、魔法を使いたくないんだ? あんなすごい力を持ってるのに」

「私は別にすごくなんて……」


 ジェラルドはただ純粋に疑問に思っているようだった。

 私はちゃんと答えたかったが、思わず目を逸らしてしまった。

 少しは前に進めたかと思ったけど、そうでもないらしい。


「あ、すまん。悪いこと聞いたな」

「いえ。それに今は少し、使ってもいいかなって思ってるから」


 それ以上ジェラルドは追及してこなかった。

 気を遣わせたと思ったのだろうか。

 魔法を使ってもいいというのは本心だ。

 嘘偽りではない。

 最近は魔法の訓練を再開したりもしている。

 もう洞に潜ったり、冒険者として活動することはないだろう。

 それでも、私の魔法が誰かの助けになるのなら、そう思わせてくれたのは他でもないジェラルドだ。

 だから、彼には全部話したい。

 大丈夫、私は少しばかりの自信を取り戻せた。

 きっと、いつか打ち明けられる日が来る。

 それまでは。


「そんなことより、ご要望の品物をどうぞ」

「毎度助かるな」

「ポーションがあるからって、無茶はしないようにね」

「ああ。心配せずとも、大隊長ともなれば最前線で切った張ったは少なくなる。ちょっともの寂しいがな。だからまた来させてもらうさ」

「はい、またのご来店お待ちしておりまーす」


 それまでは、続けて行こう。

 彼が贔屓にしてくれるこの寂れたポーション屋を。

気が向いたら同じ世界観でシリーズ作るかも。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 隊長さんが渋めの大人でしたね。 ラストも希望を感じさせてくれる終わりかただったと思います。 [気になる点] 店の切り盛り、客が来なさすぎるとそれはそれで大変そう。
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