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幕間/『ツヴァイ』①

当主・アルストファーの補佐、ツヴァイ視点

「この三冊の貸出手続きをお願いします」

「はいはーい……おやこんにちは、補佐殿」


 ディペット公爵家には、大広間かと錯覚するほどの広さをした図書室がある。ディペット家の血なのか、歴代当主は皆研究家気質で、書物を大層好んでいるそうだ。その為、保有する書物は多い。ルドガー様が生まれて以降、お子様向けの絵本も増えてはいるが圧倒的に研究資料のような……少々読む人を選ぶような、マニアックな書物が多い。


 しかもそれは減るどころか増える。なんせ何代も前から溜め込まれてきた書物の山だ。いい加減、管理体制を整えなければとこの図書室にも人を一人、配置されるようになった。


 カウンターの奥からのっそりと姿を見せたこの男は、整えられていない頭髪に着崩した衣服、目の下の隈が目を惹く。一見して公爵家の使用人に相応しくない容姿をしているが一応、司書の仕事はできる人間である。一応。


「手続きを」

「あー、そう急かしなさんな。『特殊能力について』『防壁魔法の全て』『特殊能力者の起源』……旦那様の研究用ですかい?」

「お答えする必要はありません」

「ま、そりゃそうか」


 名はクレイン。家名はない。歳は二十五。平民の生まれで、平民で唯一、特待生として国立の学院へ入学し後に主席で卒業。


 学院卒業後は、彼の知恵を借りようと数多くの商家や貴族が声をかけたらしいが、すべての誘いを断ったと聞く。ある貴族は家名を背負わせても良いと言ったらしいが、結局は個人でひっそりと研究をしていた。……そう面接の際に言っていたが、何がどうなって最終的にディペット公爵家の司書に希望を出すことになるのか。


 志望動機は『本に囲まれて静かに研究がしたいので』というふざけたものだったが、これが旦那様の興味を引いてしまったらしい。面接をしていたはずが、いつの間にかどんな研究をしているのか、どんな器具を使うのか、特殊能力をどう思うか、などと言った研究談義になってしまった。普段口数が多くない旦那様とは言え、奥様と研究という二つに対する熱量だけは桁違いである。口を挟む隙すら与えられなかった此方と家令を横目に、クレインの雇用が流れるように決まってしまったのだ。定期的に研究報告のレポートを提出する、という条件付きで。


 図書室のカウンター奥。その管理部屋で、実際に何かしらの研究をしているらしく、今もこうして声をかけるまではそちらに篭っていたようだ。



「レッ、レオナルド坊ちゃーん!! どこですかあー?!」



 手続きを待っていたところに、窓の外から聞こえてきた声。自然と体がそちらを向いて、外を見下ろせば金色の髪が光っているのが視界に入った。綺麗に結い上げているにも関わらず、慌てているせいなのか若干乱れている。泣きそうになっているその声の主は、だいたいいつも小さな主人を探していた。


 ミラベル・ルーシー。ディペット公爵家に仕える使用人の中では、最年少の十六歳。


 貧困街の生まれで両親はおらず、下に数人の兄弟がいる。彼女に侍女の仕事を紹介したのは家令だと聞いたが、それまでは小さな教会で世話になっていた。

 来た当初はいつも顔色が悪く、何をするにも失敗ばかり重ねていたようだったが、慣れてきたのだろう。侍女仲間や彼女の主人であるレオナルド様など、多くの人間に囲まれ慕われ、振り回されてすらいる。仕事の面でも、侍女が板についてきたように見えた。


 なぜクレインに引き続き、ミラベル・ルーシーについて考察しているのかというと、目下、彼女が要注意人物であるからだろう。とは言っても、ここ暫くの彼女を見ていると、なんというか。正直すぐに殺せるな、としか思えないが。


 これを油断とするか、結論とするのかは、自分と()()()()で見解が分かれている。自分はこれを結論とし、もう一人はこれを油断と言った。


 まだ目を離してはいけないよ、人間は平然と嘘をつける生き物だから。


 ……言われなくてもそれは痛いほどに知っていた。……けれど。花畑の中を、膝をついて主人を探す侍女など中々いないだろう。いくら主人が小さいとは言っても、膝をついて探すほどではない。猫じゃないんだから。


 クレインとミラベル・ルーシーの違い。怪しいのはどちらかと問われればどちらも怪しい。だが悪質で気持ちの悪い、異常性を持っていると感じるのはどちらかと問われると。


「元気だねえ、ありゃレオナルド様の侍女か?」


 話しかけてきたクレインの手には先程の三冊の本があった。同じように外を見下ろすその目は、ミラベル・ルーシーをきっと映している。


「手続きは済みましたか」

「もちろん。ドーゾ、補佐殿」


 にこりとこちらへ向かって浮かべた笑みは、社交辞令だと分かりやすく見てとれる。仕事ができる。それは重要だ。けれど、薄汚い欲に塗れた人間という生き物は何処にでもいる。目の前の男がそうと言うわけではないが、自分の今までの勘が『この男に気を許してはいけない』と告げている。

 ……なにより、


「妙な小細工はやめてもらえますか」


 この男は、ヒトを人だと思っていない。自分や、ミラベル・ルーシーへ向けた眼差しが全てを物語っていた。貧困街の者を蔑む目。弱者には何をしても良いだろう、それは許されるだろうと思っている立場の者の目だ。貴族に多く見られる考え方だが、このクレインという男のそれはもっとあからさまで見るに堪えない。


 渡された三冊の書物を受け取ると、予想通り指先に痺れが走った。この痺れは……雷属性の攻撃魔法。


 この男はこうして時折、まるで此方を実験台かのように魔法をぶつけてくるのだ。初対面の際、殺意を真正面から向けたせいかと、最初は思った。けれどそれにしては此方の反応を伺うような態度しか見せて来ない。しかも向けてくる魔法は微量なものだ。死に至るほどではなく、けれど確かに痛みを感じる程度。


「あれえ、分かりやすかったですかい? おかしいな、補佐殿に魔力はないよね?」

「……」

「どうして()()()()()()()()魔法を感知してるんだろう。あっ、もしかして野生の勘とか? はっはっはあ、補佐殿は勘が鋭そうですな」

「自身は強者であると勘違いしていると、痛い目を見ますよ」


 自分はもう一人とは違って、何の力も持たない。魔力もなければ魔力感知など出来やしない。出来るのは旦那様の盾となる事と陰ながらお支えする事と人を殺す事。それ以外は人間以下。けれど悪意だけは、感じ取れる。

 見極めている。嬲っている。見下している。この男は、ヒトで実験をしている。そして、自分はそうする事を許される立場にいると信じきっている。


 反吐が出そうだ。


 不愉快そうに顔を歪めたクレインを一瞥して、用事も済んだので図書室を後にした。小脇に抱えた三冊の本の重さを感じながら、空いたもう片方の手の中では出番を逃したナイフが光る。



「レオナルド坊ちゃん、おやつがありますよー!!」



 窓の外から聞こえる泣きそうなミラベル・ルーシーの声だけが、やけに耳に残った。

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