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幕間/小さな主従

ルドガーの侍女、タニア視点

 ディペット公爵家のお子様方には、幼少期から専属の侍女と従者がつけられます。主な仕事内容は普通の侍女と変わりませんが、それにプラスしてお子様方の遊び相手と話し相手を務めるように、と言われています。年齢が離れた相手とも円滑な交友関係を育めるように、との意図があるそうです。将来社交界に出る方々ですから、それも仕方のない事かもしれません……。次男のレオナルド様はまだ幼く、活発な方なので、専属侍女は行方不明にならないようしっかり目を離さぬ事、とも強く言われているそうです。毎日泣きそうになりながらレオナルド様を追いかけている最年少の同僚を見るたび、陰ながら応援しています。


 今日はお天気がよいので、お勉強の休憩時間は中庭を軽く散歩しようと、歩いていた時の事でした。私の少し前を歩いていた足が止まり、つられて私の足も止まったのです。振り返った紅い瞳は、旦那様のように他を寄せ付けない程の強さはなく、どちらかと言えば奥様に似た柔らかさを含んでいました。


「ねえタニア。タニアの魔法を見せて」

「私の……ですか?」

「うん」


 ルドガー・ディペット様。


 公爵家の長男で、次期公爵になられる方です。一番最初に家令のロベランド様から専属侍女を任命された時など、私はここで死ぬのかと思ってしまうほど驚き、お会いするまで毎日恐怖に震えてばかりでした。けれど実際にお側でお仕事をしていれば、不思議と慣れていきました。ルドガー様が八歳にして此方を気遣ってくださる大人びた方であった事も、幸いしているのだと思います。


「え、ええっと……少しだけ、ですよ?」

「うん」


 見慣れない真っ赤な魔法石がついた杖を大事そうに持っているルドガー様。軽く周囲に目をやり、此処がまだ中庭へ続く廊下であることを思い出しました。私の魔法では万が一などありえない事ですが、念のため中庭まで移動して、ようやくルドガー様の周りにふわりと優しく風を起こしてみせました。


 魔力持ちとはほとんど名ばかりで、私の魔力はとても弱く幼い子どもほど。このくらいが精一杯なのです。


 私の魔法を体験なさったルドガー様はと言うと、何をされたのか分かっていらっしゃらない顔で首を傾げていました。そ、そうなりますよね……ルドガー様からしたらそうなりますよね……。


 ちなみに、魔法の発動方法は人によって違います。私は指を振る事で魔法を使いますが、ルドガー様のように杖を用いて魔法を使う方もいます。他にも指を鳴らす者、足踏みする者、言葉を用いる者など、多種多様です。つまり、魔法の発動方法については一括りにする事はできません。


 ただ、幼い子どもは魔力コントロールが未成熟な為、慣れるまでは杖を持たせる事が多いのですが、そこから成長していく過程で、己の一番やりやすい方法を見つける方が大半です。勿論、幼少期に手にした杖がしっくり来ればそのままずっと杖を使い続ける人もいます。


 また、例外として旦那様は非常に魔力コントロールに秀でた魔術師ですので、何の動作も道具もなしに、呼吸をする事と同じように魔法を使われるそうです。私の知っている中で、そんな魔術師、魔法使には一度も会ったことがなければ聞いた事もないので、その事実を聞いた時には、思わず何の冗談を言っているのかと笑ってしまったのですが。公爵家では当然のように知られている事実だそうで、恐ろしいお方なのだと、その日の夜は中々眠れなかった事を覚えています。


「この優しいのが君の風?」


 ルドガー様は手で風を感じたり、視線を下へやって風によって靡く芝生を見つめたりと忙しない様子です。決してそんな意図は含まれていないのでしょうが、ルドガー様の言葉に私は思わず詰まってしまいました。


「うっ……そ、そうです。あ、温かい風にもなるんですよ!!」

「してみせて」


 苦し紛れに指先をまた振って見せれば、ルドガー様が僅かに目を見開く。微風ですが温かさを感じる事ができたのですね、有言実行できて良かったです。主人の満足そうな顔を見れたので魔法を止めれば、すぐに先程とは真逆の、少しばかり不満そうな目を向けられてしまいました。


「ル、ルドガー様?」

「…………良いなあ」

「……はい?」


 思わず零れた、小さな小さな呟きを聞き漏らす事はありません。きちんとルドガー様のお声を聞いても尚、発言の意図が分からなかったのです。ただ、ついうっかり間抜けな反応を返してしまった事は失態でしかないのですが。


「僕もこんなふうに優しくできたら、よかったのに」


 慌てて再び指を振り、ルドガー様の周囲に柔らかな風を起こします。中心に立つ私の主人は、八歳と言う年齢にそぐわない程に切ない、大人びた表情をしていました。とても、八歳の少年がするような顔ではありません。そして八歳の少年を、そんな顔にさせていいわけがありません。けれど一回の使用人である私に何が言えるのでしょう。何が出来るのでしょう。


 ディペット公爵家は、貴族では珍しいことに『愛のある家庭』です。旦那様と奥様の関係は非常に良く、奥様がお子様方のことを天使と呼ぶ事も多々あります。この点については、ルドガー様もレオナルド様も奥様がそう呼びたくなるのが良く分かるくらいに、愛らしい顔立ちをされています。私だけでなく屋敷の使用人は皆思っているのではないでしょうか……。


 話が多少逸れてしまいましたが、旦那様も不器用ながらお子様方の事を思い、接しておられます。それでも、ルドガー様ご自身の中に満たされない何かがあるのでしょう。


「私も、そう思ってしまう時が何度もあります。昔からずうっと。ルドガー様くらいの年齢の時には、幼馴染によく馬鹿にされたので……」

「……」

「あっ、あの、内緒にしてくださいますか? その、あんまりにも馬鹿にしてくるので、腹が立ってある時彼……その幼馴染のことを、こう……魔法を使って転ばせてやったのです」


 ぐっと力拳を作って見せると、ルドガー様はぽかんと口を開けて静止してしまいました。流石に教育的に良くなかったでしょうか。どうか私の過去の行いは反面教師のような何かに思っていただけると良いのですが……でもやっぱり、今でもその時の事を思い出すとスッキリしますね。


「ほんとにタニアが? 他の子じゃなくて? いっつもオロオロびくびくしてるのに?」

「は、はい。私がやりました……」


 いえ、オロオロびくびくしていてもですね、怒りという感情があまりにも大きかったと言いますか。

 気を取り直すように咳払いを一つ。


「魔法は誰かを助けますが時にこうして、悪いことにも使われます。ですからルドガー様がどうありたいかを願えばきっと、力はそれに応えてくれるはずですよ」


 私とルドガー様とでは、持つ力の差は天と地程にかけ離れています。けれど魔法を扱う者と言う僅かな共通点を持つ者の言葉として、主人の憂いを晴らすまではいかなくとも、僅かに肩の力を抜く程度のお手伝いができたらと願うのです。


 どのくらい言葉を伝えることが出来たのかは分かりません。何を言っているのか全く分からなかったとしても、それはそれで構いません。


 暫く黙り込んでいたルドガー様でしたが「そっか……そっかぁ……」と何度か繰り返された後、ようやく年相応の笑顔を浮かべてくださいました。



「……タニア。冬は温かい風を、夏は涼しい風を、僕の側で吹かせていてくれる?」



 小さな小さな手に繋がれた私の荒れ果てた手。使用人の手ですから軽々しく触れてはいけませんと言うべきなのかもしれませんが、そんな言葉は頭から抜け落ちていて出て来ませんでした。


 ルドガー様が考えて、ルドガー様なりの言葉で紡がれたものです。八歳らしい笑顔で、八歳らしからぬ発言をされる我が主人のお願いを誰が断れると言うのでしょう。


「君の風みたいに、優しくいたい。守れるようになりたい。もう、このまえの母上みたいに、きずつけたくない……」


 繋いだ手も紡ぐ声も、震えている。事故とはいえ、数日前の出来事はあまりにも衝撃的で、屋敷中の誰もが肝を冷やした事です。当事者となってしまったルドガー様の心に深く刺さっていても、なんら不思議はありません。小さな小さな手を両手で包み込むように、少しでも主の震えが和らぐことを願って。頷きを一つ返しました。


「はい。私はずっとあなたのお側にいます、ルドガー様」

「約束だよ」


 ただの侍女である私が、主人に対して気安すぎる言葉だったかもしれないことは、痛いほどに分かっていました。けれどこの日改めて、私は強く心に誓ったのです。


 いつか不要だと言い渡されるその時まで、何があっても誠心誠意、ルドガー・ディペット様ただ一人だけにお仕えしようと。

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