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5/混線

「それで、ノアトまで追い出して私に何のお話が?」

「ま、そーなるよねえ。ごめんね、分かりやすかった?」


 大きく頷いて見せると肩を竦められる。そんな素振りで懐柔されるような人間でもないので追求の手はやめない。


「ジン様。質問を質問で返すのは無しにいたしましょう」

「分かった。時間もそうないし、簡潔に聞くよ」

「何でしょうか」


 彼は一度だけ部屋の扉の方を確認して、声をより一層潜めた。


「貴女はルドガーが王太子殿下を脅す夢を見た?」


 言葉が出なかった。


 一瞬何を言われたのか、とも。驚き、暫し珍しく真剣な表情のジン様と見つめ合う形になってしまった。ようやく我に返った時、咄嗟に彼から逃げようと後ろに下がろうとしてーー手をつき損ねた。


「落ち着いて。大丈夫ですから」


 ベッドから転げ落ちそうになったのを、寸でのところで椅子から立ち上がったジン様の腕に引っ張られるような形で助けられてしまった。心臓がバクバクとうるさく高鳴っているのがわかる。若干パニックに陥りかけているのを、何とか落ち着かせようと深呼吸をする。その間、ジン様は急かすような事はせず無言のまま待ってくれていた。


「……あの子は、そんな事などしません」

「そうだね。夢の話だから」

「……王太子殿下だってまだ生まれたばかりです。そんな方を脅すだなんて無理がありますわ」

「未来の王太子殿下、が正しいかな。ある程度成長された後の姿だったんだろうね」


 まるで自分が見た夢を話しているかのような口ぶりに疑念を抱く。


 もしかしてあの夢はこの人が? ジン様は魔術師でも魔法使いでもない。けれど、特殊能力者であれば……もしかして? 特殊能力者が持つ能力は個人によって様々であり、一例にこうとは決められていない。だから特殊能力者を判別する事は容易ではないのだけれど……私は目覚めたばかりで、夢の話をまだ誰にもしてない。旦那様にはきっとこの内容は打ち明けられない。黙ってそっと忘れてしまおうと思っていた事だったのに、何故この人が知ってるのかしら。実際に見た者でなくては知れないことを、どうして。


「あれは、あなたが見せた夢なのですか。オディット・ジン・スルト様」


 もしそうならば、何の為に?


 声が震えてしまわないよう虚勢を張ったつもりでいたけれど、どうだろう。答えを聞くのが怖くて実際には少し震えていたかもしれない。


「……それはーー」


 強い意思を秘めた深い青色の瞳が、泳いだ。





「ひっ……!!」

「ん、ミラベル? どうしたの突然」


 厨房の片隅に、侍女数人の姿があった。ノアトは厨房に保管されている貴重なルミの花のお茶を淹れに。ミラベルはすっかり機嫌を損ねて部屋に閉じこもってしまった主人に、何か出せるおやつはないかと求めて。そして最後にルドガーの侍女であるタニアは、今まさに厨房を後にしようとしている時だった。


 突然悲鳴を上げたミラベルにつられてノアトが声を上げ、タニアが何事かと振り返る。作業をしていた料理人たちも彼女に目を向けたが、それは一瞬の事で怪我をしたわけではない事が分かると皆すぐに自分の作業に戻った。


「……っ」

「鼠でもいた?」

「顔色が悪いですね、少し座りましょうミラベル」


 真っ青な顔で俯いてしまったミラベルに、先輩侍女である二人が声をかける。しかしぎゅっと強く唇を噛み黙り込んでしまった彼女に、二人は困惑するしかない。ミラベルは茶器を取り出そうとして急に動きがおかしくなった。その茶器に何か仕込まれていたのかとノアトがミラベルから茶器を受け取り見てみるが特に変わった様子はない。体に異変もないので、毒や針が仕込まれているわけでもなさそうだ。タニアは邪魔にならないよう厨房の隅に一つ椅子を置き、そこにミラベルを座らせる。よく見れば彼女は小さく震えていて、それに気付いたタニアとノアトの視線が絡んだ。


「……今何か御用命をされていますか、ノアトさん」


 ただごとではないと悟ったタニアが先に口を開いた。料理長から不審なものを見るような目を向けられていたが、気にしている場合ではない。


 ノアトが一つ頷いた。


「スルト先生、今は奥様のお部屋なの。走っていけばお茶なんて必要ないでしょ」

「では、」

「だっ、大丈夫、大丈夫です。お医者様は呼ばないでください……!!」


 今まさに駆け出そうとしたところで話の中心にいたミラベルが待ったをかけた。ぎゅうっと両の手を握り、真っ青な顔のまま側に立ってくれている二人を見上げる。


「すみません、気分が悪くなってしまって……その、でも、すぐに平気になりますから。お二人は仕事に戻ってください」


 誰が見ても一目で大丈夫ではないと分かる様子のミラベルに、タニアとノアトはまた顔を見合わせた。年齢的にはノアトが上だが、公爵家で働いて長いのはタニアだ。最終的にはタニアの判断に委ねられた。最年少のミラベルの事を思えばあまり無理をして欲しくない、と言うのがタニアの本心だが、考えた末に厨房に長居をするのもあまりよろしくないと判断する。


「……何かあってからでは遅いですから、無理をしてはいけませんよ。先に戻りましょう、ノアトさん」

「そうね……分かったわ。辛かったらハリエッタさんに早めに申し出るのよ」

「はい、ありがとうございます」


 心配そうにしながらもそれぞれの仕事に戻っていく先輩侍女の背中が完全に見えなくなってから、ミラベルは恐る恐る震えながら掌を開いた。


 そこには力を入れすぎてしまったせいでぐしゃぐしゃになった、小さな紙切れが一枚。



【ミラベル・ルーシー、早くしないとあなたの秘密は暴かれる】



 見た事のない筆跡でそう綴られていた。






 揺らぎは幻だったのかもと思ってしまうほどに一瞬だけだった。瞬きの後にその瞳はいつも通り、感情の見えないものになってしまった。


「それは、違うよ。僕にそんな能力はない」

「では何故私の夢を知っているのです」

「当ててみて。僕は僕についての話をしたいわけじゃないから」


 本当に心の底からどうでも良さげな話し方だった。私にとっては重要な事なんですけれど。この問いにまともに答えは返ってこないと諦めて、問いかけの内容を変えてみる。


「ジン様は、あれが実際に起こるかもしれないとお思いですか?」


 夢の内容を詳しく口に出す事はやめた。ジン様が全て知っているものと一先ず仮定して、一番恐れている事を聞くことにした。


 それに返されるのはどうか否定であって欲しい。そんな事は思わない、と一言軽く笑い飛ばしてくれれば良い。今の彼の雰囲気ではそれが有り得ない事も、この先の内容の為に人払いをしたのだと言う事も、理解したくないのにそうなんだろうなと理解している。だからこそ、否定して欲しい気持ちとされるはずが無いと諦めにも似た気持ちが鬩ぎ合っている。


「思うよ。家庭崩壊と言う点では、なってもおかしくないと思う。……『妹』がどう言う子なのかは気になるところではあるけど」


 思わず顔を両手で覆ってしまった。ああ、ノアト早く戻ってきて。


「落ち着いて、奥様。僕が言いたいのはね、ルドガーの事じゃないんだ。貴女自身の事だよ」

「……私ですか? 夢に出ていませんでしたが」

「……まずそこに疑問はなかった?」

「……」


 そこに、疑問? そこ? ……何処です?


 覆っていた顔を上げて、ジン様と顔を見合わせる。そのまま瞬きを数回繰り返した後、これ以上ないほどに大きな溜息をつかれてしまった。


 何で。何でですか。


「貴女は何故、亡くなったのか。疑問には思いませんでしたか?」

「それは、お産の時に……」

「うん」


 お産の時に、赤子を無事出産したかわりに命を落とした、らしい。疑問に思わなかったのかと言われれば、それは……それは。


「…………先月は体の調子がとても良かったんですよ」

「うん?」


 思いきり首を傾げられてしまったが言葉を続ける。


「出産が近くなったせいかと思っていたけど、今月に入って体調が良い日と凄く悪くなる日があって」

「……はい」

「それが、徐々に体調を崩す日と良い日との間隔が短くなっているような気がしていて」

「……」

「昨日の体調が一番最悪でした」

「早く言ってください!!」


 悲鳴にも似た叫びだった。即座に今は、と聞かれるが今日は問題ないと正直に答える。慌てて医療用鞄の中を探り出す顔をベッドに横になりながら盗み見た。……ジン様が言いたかったのは、こう言う事であっているのだろうか。でも、正直、良く分からない。


 今までの経過で順調ですね、と何度も言われていた。確かにお産は命がけで、絶対がないと言う事も分かっている。けれどもし。もしも、順調なお産を()()()順調ではなくさせることが出来るなら? 体調の良い日と悪い日。幼少期から今まで幾度となく体調を崩して来て、初めて言い様のない違和感を覚えた。体調が悪いのは本当だけれど、もっとこう、しんどさや苦しさと言ったものが何か違うような。そんな気がして。……もしも、体調を()()()悪くすることができるなら?


 ……ああ、考えたくない。でも、でも、でも。あの夢の中の私は、もしかしたら。もしかしたら、今の私も近い未来に?


「限りなく黒に近いグレーだね。なんせ貴女一人の一度の夢だ、同じ夢を二度三度と見れば話は違うんだけど」

「もう見たくないです」


 軽く投げかけれた視線は暗に今すぐ寝ろと言っているようだった。もう少しだけ、落ち着きたい。つまりどう言う事なのかを考えたくないけれど、考えなくてはいけない。


「見るんじゃないかな。貴女の能力だろうし」

「は? いえ、私に魔力なんてーー」

「ううん、魔法じゃなくて。『未来予知』。特殊能力だと思うよ」


 その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

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