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side/父と息子の関係

 この世界には、魔力を持つ者と持たない者がいる。大半の人間が魔力を持たず生まれ、遺伝子や家柄に関係なく時折魔力を持つ者が生まれる。その魔力を持つ者の中でもまた、二つに分けられる。


 『魔術師』か、『魔法使い』か。


 魔術師は【塔】に所属し、主に魔法を使って魔物を狩る事を職にする者。魔法使いは塔に所属する事なく、日常生活の中でのみ魔法を使う者。多くは後者の魔法使いだ。職ではないため、自分から魔法使いです、と名乗る者は全くいないが。呼び名として昔からあると言うだけの話だ。ただ魔術師と言う職にはつかず、魔力のない者と変わらない様々な職につく。


 今現在、ディペット家の子どもで魔力を持っているのは長男のルドガーだけ。あの子が将来どちらになっても構わないし、どちらでも選べば良い。望んだ方を選ぶ事が許される立場にあるのだから。そもそも、子ども達に魔力があろうがなかろうが俺がする事は何も変わらない。



「旦那様、すぐに奥様のお部屋へ!! ルドガー坊ちゃんと奥様が……!」


 先祖代々、一族揃ってディペット家に仕えてくれている家令のらしくない叫びに即座に立ち上がる。近くに控えていた補佐のツヴァイに目をやり、頷き一つを返されたので書類の山を任せた。暫くすれば後を追ってくるだろう。


 執務室からリベリアの部屋までのたいした事のない距離が今だけは異様に長く感じていると、その途中の廊下でこちらへ一直線に駆けてくる小さな影があった。


「父様、父様。ミラベルいないのー」

「……はぐれたのか。部屋には?」

「いないのー。お返事なーい」


 リベリアと同じ淡い栗色の髪の毛と翡翠の瞳を持つ次男、レオナルド。魔力を持たない者の一人。


 今はまだ幼く、さして気にしている様子は見られないが、いずれ兄に対してコンプレックスのような物を抱くかもしれない。または、ルドガーがレオナルドに対して抱く可能性もある。魔力を持つ者と持たない者の間では良くある話だ。近しい場所にいて、毎日顔を合わせる兄弟なら余計に。この国での揉め事の元となる原因はこれと言っても良い。


 『これ見よがしに魔法を使っていたから』『お前達はオレ達のような人間を見下しているんだろう』『魔術師などくたばってしまえ』『こんな力など望んだわけじゃない』『お前は今までずっとそんな風に思っていたのか』『欲しいならこんな力くれてやるよ』


 そんな罵倒や嘆き、悲鳴は街に一歩出ればそこら中から聞こえてくる。あの口汚い連中のようにルドガーやレオナルドがなるとは思わないが、人間の感情と言う物は綺麗なものだけでは成り立っていない。


 ……ただ、魔力を持たない者の中でも極稀に、魔力を持たない代わりに特殊能力を持った者が生まれる事がある。特殊能力を持つ者は魔力の有無と同じように、遺伝子や家柄に関係しない。能力自体も個人によって異なる。特殊能力者を研究したがる変態がいるくらい珍しい存在だと言われている。


 ……随分と思考がずれてしまったな。


 今はレオに構っている時間は正直全くないが、目を離すとすぐに何処へでも行ってしまう、一欠片も落ち着きのないこの子を放置していくわけにもいかない。見張り兼遊び相手の専属侍女がいないなら尚更だ。


 昼寝から起きたばかりなのか、眠そうにむずかりながら足にしがみ付いてくるレオを抱きかかえる。そのまま部屋に向かおうとすれば、今は空き部屋になっている端の部屋からレオの専属侍女が出てくる姿が視界に入った。……侍女以外にその部屋から出て来る者は、いないらしい。


「レオ、居たぞ」


 すぐに床へ下ろしてやれば途端に嬉しそうにその侍女に真っ直ぐ駆け寄っていく。眩しいまでの体力は寝起きであろうと関係がないらしい。


 廊下を慌ただしく行き来する使用人達の様子や、レオと俺の姿を見て侍女は少し動揺したようだ。目が合うとさっと顔色を悪くした。


「ミラベル見つけたー!」

「は、はい……お一人にして申し訳ありません、レオナルド坊ちゃん」

「ご本読んでー。おやつ食べたいー」

「そろそろ授業の時間ですよ」


 侍女が頭を下げて、レオを部屋へ連れて行く。抗議の声が響いているが手を繋いでいるため逃げる事も出来ないだろう。……これから授業と言う事はこちらの騒動に気付かないだろうな、あれは。


「ミラベル・ルーシーですか」

「ああ」


 いつの間にか追い付いていたようだ。後ろから聞こえたツヴァイの声に頷く。それ以上互いに言うべき言葉はなく、足を急がせた。




 そうして踏み込んだ彼女の部屋は、凍える程の寒さで、そこら中が氷で覆われてしまっている。では中心に置かれている、彼女がいつもいるはずのベッドは無事だろうかと見てみれば。


「リベリア!!」


 完全に氷で覆われていた。


 ベッドを中心にして、中に彼女を閉じ込めて部屋の天井に届くほどの大きな城が存在している。先にこの部屋にいたらしい侍女がひたすら奥様、と叫び他の使用人達がお湯を運んできたり毛布や上着を持ち込んで来る。部屋の隅には真っ青な顔をして固まっている愚か者もいたが、そちらに構っている暇は今はない。


 ベッドに駆け寄り、すぐに魔法を発動させる。リベリアを最優先にしながら部屋の氷を溶かしていく。幸いな事に、氷は薄く張られている。分厚い氷なら溶かす時間は相当かかっただろう。


 みるみるうちにリベリアを覆っていた氷が溶けて、びっしょり濡れた彼女が自由の身になる。すぐに彼女の侍女が腕に抱いていた毛布をもらって腕に抱いた。


「リベリア、リベリア……」


 毛布に包んだ体は冷え切ってしまっている。抱き込んで静かな呼吸が耳元から聞こえてきてようやく、安心したように息が漏れた。そしてゆっくりと彼女の体を見下ろし、身に纏っていた服も水気を含んで濡れてしまっている事に気付いた。このままではいけないと抱き締めたまま彼女の髪や服から不要なだけの水気を飛ばす。同じように、彼女を休めるためのベッドや部屋の家具からも水気を飛ばす。


 こういう時だけは、炎魔法が得意で良かったと心底思う。今発動させている魔法は炎を出さないが、炎魔法を応用したものだ。暫くすれば部屋の温度も元に戻るだろう。


 ベッドが人を休めるに値する程度の温かさを取り戻した頃、その男はようやく駆け込んで来た。


「アルストファー、状況は……うわ寒っ?!」

「呼吸はしている。眠っているだけのように見えるが、分からない」


 白衣を身に纏った黒髪の男。常駐医のオディット・ジン・スルト。学生時代からの友人であり、祖父から名前と医者を継いだ者だ。


 勢い良く駆け込んで来たくせに、部屋のあまりの寒さに驚いて身を抱き締めるように入口で立ち止まったジンを近くへ呼び寄せる。このくらいの寒さで文句を言うなという意味で睨んでやればニッコリと笑顔だけを返された。何の意味があるんだ。


「じゃあ少し診よう。アル、奥方に触らず魔法使えるか? 随分冷えてるな……」


 ベッド脇の椅子に腰を下ろしたジンに言われるままリベリアをベッドに寝かせ、魔法はそのままにする。


 少しずつ熱を分け与えてはいるが、一度に多くを分けると人体に悪影響を及ぼす危険がある。体の弱いリベリア相手なら余計慎重にならなくてはいけない。魔法の制御を誤れば彼女を失う。けれど今、この魔法を彼女に使わなければ失ってしまう。俺には彼女しかいないのに。決して彼女を失うわけにはいかないんだ。


 これまでに何度もリベリアが寝込む姿を見てきた。医師が「今夜が峠です」と言うのも何度か聞いた。その度に彼女の母が泣きながら謝るのを聞いたし、彼女自身が謝る声を何度も聞いた。彼女の父からそれとなく婚約の解消を何度もすすめられたが、それでもリベリアは生きて俺の妻となり、子まで生んでくれた唯一の人だ。


 彼女が生きて、幸せになる為ならどんな事でもしてやりたい。彼女が今まで苦しんできたよりもたくさんのことを、彼女が今まで悲しみ、泣いてきたよりもたくさんの幸せを。リベリアに与えてあげたい。彼女に笑っていて欲しい。側で生きていて欲しい。ずっと隣にいて欲しい。


 リベリアに望む事は、昔からずっと尽きない。たぶんこれからもそうだ。きっと死ぬまでこうなんだろう、俺は。それ以外には何もないから。


「うおーい、アル。立ったまま寝てんのかぁ?」

「起きているが」

「みたところ母子ともに大丈夫そうだ。このままゆっくり温めてあげると良いよ。目が覚めたらちょっと様子が見たいな」

「そうか……」


 バシバシと遠慮なしに力強く背中を何度か叩かれる。この優男、どこにそんな力を隠し持っているのか。睨んでも意味がないと分かっていてもやってしまう。すると顎で部屋の隅を示されたので、自然と渋い表情になった。


 再び背中をジンに叩かれ、何人かのお付きに囲まれて突っ立っている息子の前に立った。


 ルドガーの表情は俺が部屋に入ってきた時から変わらず真っ青なままだ。専属の侍女が側について同じように青い顔をしながら俺に頭を下げているが、今は侍女に用はないので部屋から退室させる。


「説明しろ」


 短く、ルドガーにそれだけ告げた。大きく肩が震えた気がしたが、気にしている場合ではない。声が届いていないはずもない。静まりかえった部屋で誰かが息を呑む気配がしたが、ルドガーは俯き固まったままだ。


「……説明しろ、ルドガー」


 もう一度だけ同じ言葉を繰り返した。


「アルストファー様、」

「今はルドガーからの説明を待っている」

「……失礼いたしました」


 見兼ねたツヴァイが割り込もうとしたがそれをばっさりと切り捨てる。ツヴァイ以外は皆静かに見守っていた。どのくらい待てば話し出すだろうかとリベリアの方をぼんやり見つめていると、何故かジンと目があってしまった。奴はあーあとでも言いたげに足を組み、暇そうにしている。


 落ち着いたら酒で潰してやろうかと画策していると、ようやく小さな声が聞こえてきた。


「……き、昨日っ。マルティ先生に、魔法を習って……氷魔法が、僕によく合っていますね、って、すごく大きな魔力がありますね、って言われて。褒められたから。…………きょ、今日。今日なら、お昼から授業ないから。母上に、見てもらいたいなって。氷のお城を作ったら、綺麗とかすごいとかって……褒めて、くれるかなって……思って」

「……」

「そ、そっ。そしたら、分かんなくて。大きさ、どのくらい、って。分かんなくなって、どうしようどうしようって何にも出来なくなって、それで。それで、それで……。……っ、ごめんなさい!! ごめんなさい、ごめんなさい……!!」


 深い溜息以外、何も出てこなかった。その溜息にすらルドガーは怯え、震えている。


「馬鹿者。マルティはお前に授業以外で魔法の使用を許可したか?」


 驚いた表情で俯いていた顔を上げ、俺を見つめた。そして何度か目を瞬かせ、あっと口を開ける。答えを聞かずとも、その分かりやすすぎる表情で全てを察してしまった。


「しっ、してない……!!」

「だろうな。お前は魔法の授業を何処でした?」

「……お庭……」

「そしてお前が母に魔法を見せようとしたのはこの部屋だ。屋外と屋内では全く違う。屋外ならば遮るものも障害物も少ない。けれどこの部屋は庭と比べてどうだ?」

「……せ、せまい……」


 徐々に涙声になって来た。後で改めてマルティに言っておく必要があるな。


 幼い我が子と言えど、将来公爵の名を継ぐのはこの子だ。多少冷たいと思われようが事実は事実として伝えておく必要がある。例えそれが他人から見れば言い過ぎだと感じる事であろうとも。手遅れになってから気付くのでは、あまりに遅い。力を持つ者はその力に溺れる事なく、確実に制御し使用するべきだ。


「ルー。お前は、」

「母様ー!! 母様ぁああああ!!」

「申し訳ありません、大変申し訳ありません!!」


 ……。


 騒々しい事、この上ない。


 俺の様子を感じ取ったらしいルドガーがまた震え小さく声を上げる。騒々しい原因のレオをジンが小脇に抱えると、そそくさと逃げるようにしてレオの侍女の手を引き出て行った。


 一体どのタイミングでかは知らないが、リベリアが大変だと知ったのだろう。マルティの授業を放り出し、追いかける侍女を振り切り飛び込んできたのか。


 誰に似たのかと少しばかりやりきれないような感情になりつつも、遮られてしまった言葉をもう一度言い直す。


「ルー。お前の魔法で、母とその腹にいる赤子が死にかけた」

「!!」

「今回は二人とも助かった。けれど魔法を使うと言うのはそう言う事だ。いつ誰の命を奪ってもおかしくはない」


 今にも涙がこぼれそうになっている。それ程までに突き付けた言葉が怖いのだろう。けれどそれで良い。


「制御すら出来ないならそんな力など二度と使うな」


 いつかこの家を背負う事になるルドガーの魔力は、この屋敷にいる魔術師の誰よりも強い。強いからこそ、余計に制御が難しいんだろう。魔術師になろうが魔法使いでいようが、それはどちらでも構わない。けれどどちらにしてもその力を制御できなければ全く意味がない。制御できない力はただの暴力であり、天災であり、他者に快く受け入れてもらえる事などない。生きていく為にはどうあっても他者と関わっていくしかない。他者にその力を悪用されない為に、この子がこの子らしく生きていく為に、ルドガーは何としても己の魔力を制御できるようにならなくてはいけない。

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