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3/氷の城建設禁止令

 ………………私は、何を見せられたのかしら。



 えええ? 落ち着きなさい、リベリア・ディペット。ディペット公爵夫人ともあろうものが何を取り乱す事がありましょうか。落ち着いて、私が何をしていたか整理しなくては。


 ええと、そう。確か私はいつも通り自室のベッドにいて。そこへ愛しの我が子……ルドガーがひょっこりと、あの旦那様によく似た紅いはねた髪をぴょこんと大変可愛らしく覗かせてくれて。体調はどうかと、これまた旦那様そっくりに優しく母を気遣ってくれた。そこまでは良いのよ、私達の息子はいつだって可愛らしいのだから。


 確かマルティ先生に魔法を習っていて、よければその成果を見て欲しいと言われて。あらあら大変可愛らしい、その愛らしさだけでも花丸をあげたいくらいだわと思いつつ何を見せてくれるのかと聞いた。それから、満面の笑みで答えてくれたあの子は……。



「制御すら出来ないならそんな力など二度と使うな」



 低く地を這うような声が耳に届き、ようやく意識がはっきりとして来た。何度か瞬きを繰り返して、ああ旦那様の声ね、と安心でき……安心? いえ、この声のトーンは。


 聴き慣れたその声は、いつものような優しさも穏やかさも一切ない。目の前に政敵でも居るのかと思わされるほどピリピリした空気に息を呑む。抑えきれない程の怒りに染まった声だった。この状況で、そんな声を向けられている相手は誰がと考えるまでもない。慌てて私は身を起こしてベッドから飛び出した。


「ルドガー!!」

「! は、母上……っ」


 飛び出した勢いそのままに、愛しの我が子を両手で抱き締める。部屋にいた侍女や使用人、旦那様からも私を呼ぶ声が聞こえたような気がしたけれど、今の私は、父の前で真っ青な顔をして俯き震える息子をこの腕に抱く事しか頭になかった。


 私達の一番最初の可愛い我が子(宝物)。抱き締めるとすぐにわんわんと声を上げて泣き出してしまった。先程までは泣き声は聞こえてこなかったから、きっと我慢していたのだろう。力いっぱい私にしがみ付いてくるその手は、あの夢で見たあの子のものより、とてもとても小さい。


 最近では声を上げて泣く事はめっきり減ったと言うのに、今だけは周囲の目を気にする事なくごめんなさい、と何度も謝り泣きじゃくる。その声を聞いて、私も込み上げてくる涙と愛しさを抑えられなかった。



 ああ、私は一体何を見たのだろう。



 夢なのか、未来予知なのかは分からない。けれど確かにあの場にいて、動き、喋っていたのはルドガーだった。……今、この腕の中にいる小さな存在が将来あんな風に成長するかもしれないのだと思うと……正直なところ、複雑ではある。人としてかなり……その、どうなのだろう、と思ってしまうのだ。とてもではないが、立派に成長したのね!! と拍手喝采は出来ない。むしろ我が子のする事と言えど流石に少し、ほんの少しばかり引いた。


 あれを、とりあえず夢だと仮定して。


 まず、王太子殿下の部屋を氷漬けにしちゃうのって不敬罪にならないのかしら。あの部屋に至るまでに、護衛は? 警備は? 使用人は? 誰もいないなんておかしいでしょう。もしかして既にあの子が……と言うか、あれ、完全に脅していたわよね? 分からない。分からないわ、二十五歳(推定)の愛しの我が子(ルドガー)!! 何がどうなってああいう状況になったのか、この母に分かりやすく説明して欲しい……っ!! 今このお腹の中にいる子は女の子なのね、楽しみだわ、なんて最初一瞬でも思ってしまった自分を殴りたい。だって、あの夢の中のディペット公爵家、完全に家庭崩壊しているのでは? 何故?!


 あの時は知っている顔がルドガーだけだったので、次男のレオや旦那様の様子までは分からなかった。分かった事と言えば、ルドガーがとても優秀な魔術師になっている事と、愛されるべき末娘がとんでもなく兄に嫌われているという事。王太子殿下の事はこの際触れないでおきましょうね。今、確か一歳ですもの。それから最後に、私が死んでいる、という事。



 ……これは……その。お前死ぬけどその後の家族はこうなるぞ、と言う神様からのお告げかしら……。


 実際のところ、確かに良く二人も出産できたなとは思っている。お母様達にも言われ助産師にも言われたわよ。三人目はやめておこうとやんわり旦那様にも止められたけど強請ったのは私だった。どうしても女の子を生みたくて。きっと可愛いですよと娘の可愛さアピールを三日ほどした後、あんまりにもしつこかったのかそれとも未来の娘の可愛さにやられたのか、旦那様が折れてくれたのだ。少しばかりやつれたような表情に見えたのはきっと気のせいだったと思う。その時、彼は私の手を握り言ってくれた。私は何よりもリベリアを優先するから覚えていてくれと。そこで、あれ? 割といつもの事では? などと言う使用人や私ではない。優先すると言ったら確実にするのだ。まさに有言実行。少しでも体調を崩せばベッドに運ばれ、悪阻に苦しめば、此方の苛立ちに触れてこない範囲で考え、寄り添ってくれる。時折運動にも手を貸してくれ、一緒に散歩をする時間は私の大好きな時間となった。臨月が近くなった最近では医師と助産師を屋敷に常駐させ何があっても良いようにと万全の備えをされている。


 そんな、人によっては愛が重い認定をされかねない旦那様がいると言うにも関わらず。夢の中のディペット公爵家は家庭崩壊していた。……本当に何故……?


「ごめんなさい、ごめんなさい母上……!!」

「ルドガー……」


 必死に謝り続けるルドガーの涙は、止まるところを知らない様子。どのくらい泣くのを我慢させていたのかしらと考えて、背中に回していた手を頭へ移動させた。


 旦那様に似た髪の色は、癖っ毛らしく所々はねている。こうして頭を撫でるのも何だか久しぶりな気がして、私はどれくらい子ども達とふれあえていないのかと愕然としてしまった。乳母に面倒を見てもらっているとは言え、子ども達との交流を持たない母など。……貴族にはそういう家庭も多いけれど、それでも。子どもの頭を撫でるのを久しぶりだと感じるような母にはなりたくなかった。体が弱い。そんなどうしょうもない事を、理由にはしたくなかったのに。


「私の方こそごめんなさい、ルドガー。もっとあなたやレオとの時間をたくさん取ってあげれば良かった。いつもベッドの中にいて、まともにあなた達の側に居てあげられていなかった」


 寂しい思いをたくさんさせてしまいましたね。


 ずっと撫でていると少しずつ落ち着いて来たのか、謝罪の泣き声よりも鼻をすする音の方が聞こえるようになって来た。


「ルドガー、あなたが謝る事なんてないのよ。ほら、母はこの通りピンピンしていますからね」


 抱き締める腕を緩めて、頭を撫でていた手でそっとルドガーの頬に触れる。さらさらでぷにぷにの最高級の肌触りを持った癒し系頬っぺたは、涙の跡で濡れていたけどとても温かい。思わず軽く指でつつけば反射的にだろう、ん、とその小さな口から自然と声が漏れた。うふふ、大変可愛らしい。


「でも……母上、ひんやりしてる……」


 指先冷たかったかしら。あら、と自分の頬に手を当ててその温度を知ろうとしたが良く分からない。なんて言うのかしら、じ、常温……?


 首を捻る私を目の前に、ルドガーがおろおろとし始める。その泳ぐ視線は、黙って私たちの様子を見守っていた旦那様で止まった。目が合いそうになると、慌てて顔を背けてしまうあたり、私が目覚めるまでの親子間でのやりとりが気になって仕方がない。一体何があったと言うの……。


 威厳のない父親より威厳ある父親が良いのかもしれないけれど、子どもに怖がられる父親と言うのは……うーん。どう思います、旦那様。ちょっとしょんぼりしていませんか?


「ジンを呼べ。それから、何か温かい飲み物を。他の者は戻って良い」

「はい」

「ルドガー、お前も部屋に戻りなさい」


 旦那様の指示で使用人達が部屋を出て行く。皆、一様に安心したような表情をしているのが有難い。そっと肩に温かなショールをかけてくれた侍女に礼を告げた。


 ジンと言うのはお屋敷に常駐してもらっているお医者様で、人懐っこくて子供が大好きな方。旦那様の旧くからの友人でもある人だ。姿が見えないので、たぶん今はレオについていてくれているのかも知れない。


 部屋に戻れと言われてしまったルドガーは、不貞腐れた表情を隠そうともしないでぎゅうと私に抱きついて来た。いや、しがみ付く、という表現の方が正しいのかも知れない。父の言う事を素直に聞きたくないのかしら。あれ、これはもしや早すぎる反抗期……?


「返事は」

「……はい、父上……」


 しょんぼりしてしまったルドガーの頭を撫でようと手を伸ばした瞬間、急に体が浮いた。と言うより、抱き上げられてしまった。旦那様に。


 ……念のためにもう一度言いましょう。


 旦那様に、抱き上げられました。突然。

 あまりに突然すぎて声が出ず、いえそれよりもしょんぼりする愛しの我が子を慰めてやりたかったのですけれど!! タイミングが!! 今だけは悪いです旦那様!!


「母は父の魔法で温めよう。今のお前に出来る事は反省し、今後どうするかだ」

「大丈夫よルドガー、母は元気ですからね」


 私の不満が伝わったのかそうでないのか、旦那様がルドガーに声をかけてくれる。私も何とか安心させたくて声をかけたけれど、返ってきたのは、はいの一声だけで相当暗いものだった。……どう考えてもあのままにはしておけない。旦那様が退室した後で部屋に行って見なければ。


 そんな私の決意を知らないまま、旦那様は優しくベッドに運んでくださった。このまま眠れと言う事なのだろう、しかしそうはいかない。我が子の様子を見に行くという重要な使命がまだ残っているのだから。姿が全く見えなかったレオの様子も気になるところではあるし。こんなところでぐっすり眠りに落ちるわけにはいかない。


「リベリア、手を」


 言葉少なめに手を出すよう言われ、ベッドに入ったまま素直にそれに従う。ベッド脇の椅子に腰を下ろした旦那様と手を繋ぐと、じわじわとその手から温もりが体全体に広がっていくのが分かった。


 ディペット公爵家当主、アルストファー・ディペット様。彼が得意とするのは炎魔法。元々研究者気質な彼は、試行錯誤の末にこうして他者に自分の熱を分け与える魔法を習得した。その理論を前に一度説明してもらったのだけれど、魔力を持たない私には難しすぎたと言いますか。そう言うものなんだなあとしか思えなくて、最終的に良く分からないけど旦那様すごい、と言う結論になった。すごく簡単に例えるなら、火のついた大きなランタンから火のついていない小さな小さな、すぐに溶けて無くなってしまいそうな蝋燭に火を分けるイメージ……だそうだ。ランタンは火を分けるものではないのでは? なんて突っ込みは不要らしい。


 この魔法はとても気持ちが良くて、目を閉じて体が少しずつぽかぽかになって来るのを感じていると、自分の体はこんなにも冷え切っていたのだと改めて理解する。これはルドガーも心配してしまうわね。本当に申し訳なさしかない。


「ごめんなさい、貴方にも心配を……」


 かけてしまって、と言いたかったのにその声は突然の嵐にも似た人物によって遮られてしまった。


「おはよう奥様!! 夫婦の歓談中すまないね、同衾中なら尚のことすまないね!!」

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