戦慄のマイケル
夜もすっかり更け宴会は落ち着きを見せ始めていた。
床で眠るもの、つまみを囲い談笑するもの、一人静かに飲むもの、各々に今日の終わりを過ごしている。
綱一 真弓 華は数年前にこちらに来たと言う黒人と白雪と共にテーブルを囲み談笑していた、同国出身であり歳も近い事もありわりと直ぐに意気投合したようで二人が死亡してからの日本の出来事や三人が来る前のこちらでの戦いの日々などをについて話している。
それを傍目に武は一人カウンターで飲んでいた。
目の前の厨房では作務衣に身を包んだ初老の男性がテキパキと後片付けに勤しんでいる。
「ほらよ、酒はあるのにつまみがないんじゃあじけねぇだろ?」
厨房の男はカウンター越しに武に煮物を差し出す。
「ありがとうございます」
「兄ちゃん、それに一緒に来たあの子達も日本人だろう?」
「ええ、まさかこちらで同郷の人間が何人もいるとは思いませんでしたよ」
「小隊の配属はなるべく同じ人種が集まるようにしているみてぇだよ、その方がトラブルが少なくていいみたいだね」
「そうですか……オヤジさんも甲殻機に?」
「いや、ワシはもう歳だからねぇ、あれの動きに体がついていかなくてな、今は予備搭乗者って扱いになってる、今はしがない居酒屋の店主さ」
「しかしあんた等もまだ若いのに何でこんなところに来ちまったんだい?」
「それは……俺のせいです……俺があの子達を……」
武は少しうつむき顔をしかめ酒に映る自分の顔を見つめる。
「すまねぇな、あまり聞いて欲しくないことだったか、まぁだいたい察したよ、だが老婆心ながら言わせてもらうが、あの子達はあんたを恨んでるようには思えないよ? あんまり責任を感じることはないんじゃないかな?」
「……」
「なんだぁ~? 辛気臭い顔しやがって? 飲んでるかぁ~?」
そこへ突然武の後ろからマイケルが肩をくむ。
「隊長!? ちょっと飲みすぎじゃ?」
武は突然の出来事に驚きマイケルの顔を見ると目は据わっており顔は真っ赤だ。
誰がどう見ても出来上がっている。
「隊長はよせやい、それは仕事中だけでケッコー、正直柄じゃねぇのよ」
「おう、マイケル、水だ飲め」
オヤジは木製のジョッキに水を並々いれるとそれをマイケルは受け取りグビグビとそれを飲み干す。
「ふー、武よ俺はお前がどうなってこっちに来たかは知らん! だがあんまり気負いすぎるんじゃないぞ? それに酒の席ってのは楽しむもんだろう?」
「はぁ……」
「飲め飲め! 嫌なことは取り敢えず飲んで忘れろ! いずれお前は207を引っ張っていくんだからな!」
「あの、それはどういう?」
武がマイケルの発言の真意を聞こうとすると同時に扉が勢いよくバンと開け放たれる。
開け放たれた扉の先には銀髪の若い女性が仁王立ちしていた。
耳が長く尖った見た目は十代後半程の控えめに言っても美女と言える程の容姿の持ち主だ。
そして彼女は辺りを見回すとマイケルに顔を向け開口一番。
「マイケル! 帰りが遅いと思って来てみればやっぱりまだ飲んでた!」
そう声を荒げるとズカズカと彼に近寄っていく。
「なっなっナターシャ!?」
マイケルは彼女を見るなり表情は焦りを隠せなくなり酔いも一気に覚めていく。
「いつも言ってるでしょう! 帰ってきたのならまずラバットを寄越すか顔を見せなさいって!」
ナターシャと呼ばれた女性はマイケルに近づくと人差し指をズビズビと彼の胸へ何度も突き立て詰め寄っていく。
「おおお落ち着けナターシャ! 今日は歓迎会で、その準備とかだな……」
「それでもラバットを寄越す位は出来るでしょう! ……こっちは貴方にもしもの事があったらって……不安なんだから……」
「相変わらずお熱いねぇ」
綱一達とテーブルを囲っていた黒人はその一部始終を目の当たりにしボソリと呟く。
「あの人は?」
綱一はナターシャと呼ばれた人物が何者なのか気になり黒人に訪ねる。
おおよそ想像はついているがいかんせんどう見ても歳は三十は離れているのではと思い親子かと予想を立てている。
「あの人は隊長の奥さんだ」
「あーやっぱり奥さん……ええ!? それにしては若すぎじゃ!?」
「マジ?」
まさかの答えに綱一も華も真弓でさえも驚きが表情に出ていた。
「若すぎ……ねぇ、まっ年の差婚ではあるわな」
「あらあら、貴方達は?」
大声を出した綱一にナターシャは気付くとそちらへ歩みを寄せていく。
「はじめまして、私はナターシャ・サンツリー、マイケルの妻です、以後お見知り置きを」
彼女はスカートを軽くたくしあげ綱一達に会釈をする。
「まさか隊長にこんな若い奥さんがいるなんて……」
「隊長もすみにおけないね」
「あらあら若いだなんて、ふふふ」
彼女は若いと言われ頬に手を当て笑みをこぼす。
「若いって言っても彼女はもう470歳うぼふっ!」
ナターシャの横に並び立ったマイケルは若いということを訂正しようと彼女の年齢を告げた瞬間肘鉄がみぞおちに食い込む。
「え……470……え?」
「マジ?」
「全然……見えません」
本日何度目かの絶句を綱一達は経験した後黒人に彼女について聞くことになる。
「ナターシャは長命のエルフ族だ、俺達の十倍は寿命が長い」
エルフ族、弓と風の魔法を得意とする種族である。
耳が長く尖り男女ともに容姿端麗な姿をしているのが特徴である。
基本的に人間の十倍ほどの寿命を持っている。
一説には体の細胞分裂が遅く成長速度が遅い故と言われている。
そのため怪我の治りも遅く、怪我を負うことを恐れ古来より遠距離から狩の出来る弓を好んで使用してきた。
そのため弓の扱いに長けたものが多い。
「所で隊長はどうやってこんな美人を射止めたの? なれそめとか聞きたいなぁ」
「華ちゃん、いきなりそんなこと聞いたら失礼だよ」
「あらあら、かまわないわよ? マイケルと初めて会ったのは五年ほど前かしら? エルフと魔導士の合同作戦の時に感じたの、あぁこの人は私と魔力の波長が近いって」
「魔力の……波長?」
「ご存知無いかしら? 魔力にはそれぞれ波長があってその波長が近い者同士引かれ合うの」
「へー」
「……」
華は納得したようなそうでないような少し複雑な心境である。
しかし綱一はどこか思い当たる節があった。
「さっ、挨拶も済ませた事だしマイケル? 帰りましょう?」
「いや、俺はもう少し飲もうかな……」
「マイケル?」
「はい、帰ります」
マイケルはナターシャの圧に押され素直に従い帰路につく。
「帰ったら私が御酌してあげるわよ」
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