第207甲殻魔導小隊
ヴァルムガルとの戦いより二日後、綱一たち四人はヘルズヘイムへと召喚されてから増えた私物をまとめ街へと足を伸ばしていた。
あの戦いのあとヴァルムガルより告げられたのである。
すべての訓練過程は終了し甲殻機の修理点検が終了次第、前線への投入が決定したと。
そしてそれは翌日の明朝に迫っていた。
そして彼等はこの街を発つ前にお世話になった人に別れを告げるために街へと赴く。
綱一は中央広場に屋台を構える八百屋の親父の元へ足を運んでいた。
彼は休みの度にここへ足を運び果物や野菜を購入し、時には生で食し、調理し、振る舞い、美味への探求を深めていた。
もはやこの親父とは顔馴染みになっていた。
「おっちゃーん!」
綱一は大きく手を降りながら屋台へと近付いていく。
「お? らっしゃい! 今日はなににするんだ? いいクリューゲルが入ってるぜ?」
親父は豪快な笑顔で綱一を迎える、しかし綱一の神妙な面持ちにただ買い物に来たわけではないと察する。
「今日は買い物に来たわけじゃないんだ」
「あぁ、顔を見れば分かる……行くのか? 前線へ」
「うん、明日の朝には発つよ」
「……そうか……すまねぇなぁ、この戦争は本来おめぇ達には関係ねぇのに……」
「もう関係無いなんてことはないよ、最初は確かに流されるまま甲殻機に乗って訓練してたけどさ、おっちゃんや街の人たちの生活見てたらさ、みんな笑って生活してるんだなぁって、この笑顔を守りたいって思うようになったんだ」
「俺にどれだけの力があるかわかんないけどやれるだけの事はやってくる」
「すまねぇ……ありがとう…………これは選別だ持ってけ!」
親父はそう言うと抱えきれない程の果物を木箱に詰め綱一へと差し出す。
「道中で仲間と一緒に食え、これは今朝採れたてだ」
「おっちゃん……ありがとう、貰っとくよ」
「おう!」
「じゃ、俺そろそろ行くよ」
「……あぁ、またな」
綱一は木箱を自転車の荷台にくくりつけ屋台をあとにする。
(またな……か……、うん、また来よう、必ず)
真弓と華は街に繰り出せば必ずよるテコ焼き屋の店主と以前真弓に的を射抜かれたことにより以外とクリアできると言う噂がたち逆に繁盛している弓的屋の店主に挨拶をし、最後によく世間話をしている魔導石屋の店主の元に別れを告げに来ていた。
「おじさーん、こんちわーまた来たよー」
「あっ……あの……こんにちわ」
「お前たちまた来たのか、こんな親父の店に来てなにが面白いんだか……」
満面の笑みの華と少し申し訳なさそうな表情の真弓が店に近付いて来るのを怪訝な表情で店主は迎える。
口ではそうは言っているが彼は手際よくあらかじめ温めておいたティーカップにほどよく蒸らされた紅茶を二杯注ぎ二人の前に差し出す。
「おじさんの紅茶美味しくてさー、レイチェルちゃんにだって負けてないよ!」
二人は「いただきます」と一声かけ紅茶をすする。
「噂は聞いてる、こないだヴァルムガル様と一戦やりあったんだろ? ってことはそろそろ行くのか?」
「ありゃ? 誰も知らなかったのにおっちゃん耳が早いね」
「……はい、明日には」
「まぁな、職業柄魔法使いとの接点もあるしよ」
「そう言うことなんで、今日は別れの挨拶に来たの!」
「そうか……ちょっと待ってろ」
店主はそう言うと奥でなにやらごそごそと商品の在庫をあさり始める。
「コイツを持っていけ」
店主の手には手のひらサイズ程の白みがかった桃のようなピンク色の魔導石が握られている。
「なにこれ?」
「あの……これは?」
彼女等も何度かこの店に通ってはいるがこのような色の魔導石は初めて見る。
「これはこの世界に五人しかいない癒しの魔法を使える聖女様が御創りになった魔導石だ、効果は一度きり、身体の自己治癒力を高める効果がある、致命傷以外なら多少は治る」
「そんな……! 貴重そうな物もらえません!」
「そうだよ! 高そうじゃん?!」
「持ってけ、持ってけ、あくまで試作品だそんなに高くねぇよ、それにこういうのは安全な後方にあるよりお前さんたちが持ってた方がいい、それにお前さん達には異世界の話いろいろ聞かせてもらったからな、その礼もかねてる」
「おっちゃん……ありがとう」
「ありがとうございます」
華はその魔導石を受けとりそれを真弓に持たせる。
「これはまゆみが持ってて、多分それが一番いいと思う」
彼女の現状での役割りは後方支援、恐らく最も負傷率が低いと考えての判断だろう、負傷率が低いということは負傷した仲間の元へ移動もしやすいということ。
そしてもし仮に四人が同時に倒れた時、彼女には最後まで生き残って欲しいという華の願いも込められているのかもしれない。
「ごちそうさまー」
「ごちそうさまです、……とても美味しかった……です」
「おっちゃん紅茶いれるのうまいし喫茶店とかやったらいいと思うよ!」
「ははっ、考えとくよ」
店主は微笑しカチャカチャとティーセットを片付ける。
「じゃっ、おっちゃんうちらそろそろ行くね」
「あの……ごちそうさまでした」
「おう! 気を付けてな」
「うん、おっちゃんもね、いってきます」
華は額に指を当て少し崩れた敬礼のポーズをし、真弓は軽く会釈をしその場を立ち去っていく。
彼女等の表情に陰りはなく少し笑みさえ浮かべていた。
「ったく、ほんとは不安でたまらないだろうに……」
彼女等の後ろ姿を店主は見えなくなるまで見送っていた。
そして同時刻、武はレイチェル工房にて椅子を逆に向け背もたれに肘をつき左手に魔導石を握り色を次々と変化させながら自身の甲殻機を眺めていた。
「おや? 君は街へは行かなかったのかい?」
そこへ先程レイチェルの作業の様子を見に来たヴァルムガルが武の後ろから声をかける。
武はヴァルムガルに気付くと椅子に正しく座り直し、彼もテーブルを挟んで椅子に腰かける。
「ええ、俺は誰かと親しくはしていませんからね、特に挨拶をする人はいません」
「それでも君に感謝をしたいという声は多く来ているよ? 引ったくり七件に盗み三件の咎人を取り押さえ、おまけに喧嘩の仲裁も二件したみたいじゃないか、この短期間に」
そこで武は表情に影を落とす。
「やはり全部見られていたんですね」
「まあ、君達は我々にとっては大事な人材だからね、護衛はつけさせてもらっていたよ」
「俺は昔からどういうわけかそういう現場によく遇うんですよ……」
(そう、この体質のせいで俺はあの子達を巻き込んだ……それにアイツも……)
「ともあれ彼等に代わって私の方からお礼を言っておこう、ありがとう」
ヴァルムガルはそう言うと軽く頭を下げた。
「いえ、俺も最終的には護衛の人に助けてもらっていましたから、その人にお礼を言いたいくらいです」
「ふむ、では私の方から伝えておくよ」
そして一夜開けて翌日。
レイチェル工房にて、四人は甲殻機を背に整列、向かい合うようにレイチェルとヴァルムガルが立っていた。
そしてゆっくりとヴァルムガルが口を開く。
「この世界の争いに関係の無い君達を巻き込んだ事は本当にすまないと思っている、しかしどうか前線で戦っている者達の力になって欲しい」
「今さら水くさいですよヴァルさん、ここまで訓練してきて嫌だとは言えませんよ、それに一度は死んだ身だし誰かの役に立てるなら俺は本望です」
頭を下げるヴァルムガルに対し綱一は答える。
「こうくん、そこは俺達でいいんじゃない?」
「わっ……私も……どれだけ力になれるかわかりませんけど……がんばります」
「乗りかかった船です、やれるだけの事はやってみますよ」
「……ありがとう」
「ではミナサンこれを受け取ってください」
レイチェルはそう言うと四人にそれぞれ衣服のようなものを配り始める。
彼等はそれを受けとり広げてみると、それはまるでライダースーツのような黒いツナギ服だった。
サイズは各々違っており身体のラインにフィットするように出来ており、首もとから下腹部にかけてファスナーがついている。
「出撃の際はこれを着て出てクダサイね、裏地にミスリルを編み込んでアリマスので多少は攻撃を防いでくれます、しかし防御面では鎧には劣りますのでクレグレモ生身で戦場にはでないでクダサイ」
「おおー、なんかパイロットスーツって感じ」
「これ身体のラインくっきり出そうでなんか恥ずかしいなぁ」
「ありがとう……ございます」
「では君達はこれから207小隊の魔導士として戦場に赴いてもらう、階級は上から赤級橙級黄級緑級青級藍級紫級の七つ、君達は一番下の紫級だ、現場の指揮官の指示に従って行動してくれ」
「目的地ハ城郭都市ネルリゲンです、道案内はこの子が務めてクレマス」
レイチェルの言葉に呼応するようにレイチェルの背中からひょっこりと小動物が現れる。
それはまるで兎のような生き物、しかし相違点は背中にコウモリのような羽を持っていた。
「この子はラバットのイオン、ミナサンの小隊所属の伝書兎にナリマス」
ラバットとは翼兎族、好奇心旺盛で人懐っこい、風魔法を使い飛行速度は最高時速二百キロにも達するため飼育され伝達用に飼われる事が多い、生息範囲は広く数も多い、死亡すると肉は硬くなるため食用にはあまり向かない。
「では、よろしく頼む」
「ヴァルさん、レイチェルさん、お世話になりました」
「いってきまーす」
「お世話に……なりました」
「行ってきます」
明石綱一 東条真弓 姫路華 西脇武 はヴァルムガルとレイチェルに一礼し各自甲殻機へと搭乗しレイチェル工房を後にする。
そして北の林を抜け、開け放たれた城門をくぐり外へ。
少し進んだところで後ろから突如声が聞こえる。
それは力強くよく響き辺りに木霊する。
「全騎抜刀!」
城壁の上には数百もの鎧に身を包んだ兵士が整列しており、号令と共に全員が腰の鞘に納められた剣を抜き天に掲げる。
「捧げ剣!」
全兵士が一矢乱れぬ動きで剣を持つ右手を眼前につけ剣を直立させる。
その動きは壮観の一言につきる。
「第207甲殻魔導小隊に虹神アルテイリスの加護あらんことを!」
四機は彼等を見届け空飛ぶラバットのイオンの後を追うように王都サルムを後にする。
「行ってきます」
読んでいただきありがとうございます
これにて第一章ヘルズヘイム召喚編は完結です
評価感想などいただけると嬉しく思います




