四人の休日
綱一は必要な材料を一通り買い揃え意気揚々とレイチェルの工場へ自転車で駆けていた。
(あったあった、必要最低限だけどあった、ヤバル粉、卵、ハチミツ、モー乳、砂糖!)
(砂糖が思ったより高かったなぁ、五百g五千クランツかぁ、これでもだいぶ安くなって庶民の手の届く値段になったって言ってたなぁ)
(まぁ、元居た世界でも昔は一舐め金貨一枚の頃があったらしいからそういうもんかね)
そうこう考えながら走っているといつのまにやらレイチェルの工場まで目と鼻の先となっていた。
工場の前には十数台の荷馬車が積み荷を積んだ状態で広場に所狭しと停まっていた。
工場の脇へ自転車を停め荷をほどき木箱を抱えて中へと入る。
中には十数人の御者とレイチェルが羊皮紙のような皮で出来た紙を眺めていた。
「ただいまかえりましたー」
綱一はその脇を邪魔をしまいと遠慮がちに念のため一声かけ通りすぎようとする。
「アラ?コウイチサン、随分早かったんですね?街の方はオキニ召しませんでしたか?」
レイチェルは綱一に気づくとあまりの早い帰宅に少し驚いた。
無理もないまだ彼等が出掛けてから二時間程しかたっておらず日もまだ昇きっていないのだから。
「いえいえ、そういう訳じゃなくて、少しやりたいことが見つかったんですよ、少しキッチンを借りてもいいですか?後バターを使わせてもらいたいんですが?」
「ソウデスカ、いいですよ、イリヨウでしたら好きなだけ食材も使ってください」
「ありがとうございます……あの、外の荷馬車は?」
「あれは甲殻機の外部装甲デスヨー、つい今しがた届きマシテ、今欠品が無いかリストを確認しているところです」
「そうですか、ついにあれが……」
こうして毎日組み上がっていく甲殻機を見ていた綱一だったが、彼にも一抹の不安があった。
自分に扱えるのか、命をかけた戦いで果たして生き残れるのか、又、一週間とは言え寝食を共にした彼が彼女等がそういう目に合わないとは限らない。
そう考えると不安で仕方がなかった。
(いい加減覚悟を決めろ俺!一度死んだ身、誰かの役に立つなら……)
無論死ぬ覚悟ではない、彼の今後数十年この世界で生きるための選択だった。
気を落ち着かせ、彼は取り敢えず今の目的のためにキッチンに立っている。
「ボールよし、目の細かいザルよし、フライパンよし、さて作るか」
まずヤバル粉約二百gをザルを通してボールへとふるいにかけていく、ヤバル粉の玉を崩しつつ空気を含ませる。
ヤバル粉の入ったボールへ卵四つとモー乳を目分量で投入し、混ぜるひたすらに混ぜる。
お玉ですくってトロリと一本の筋が出来る程の固さまで混ざったら今度はコンロの役割を果たす熱属性の魔導石に魔力を込めおおよそ中火程の温度を保つ。
続いてフライパンが温まったら少量のバターを薄くしき生地を流し込み薄く伸ばす。
生地の端が軽く浮いて焼き色が付いてきたらひっくり返し数秒ほど焼けば引き上げお皿へと広げる。
同じ物を十枚程作り先に切っておいたフルーツを乗せ一枚ずつ巻いていく。
巻き寿司風クレープの出来上がりである。
お皿へと盛り付けられたクレープをキッチンにある中に冷属性の魔導石の入った金属の箱へと入れる。
こちらの世界の冷蔵庫のようなものだ。
「こっちの世界の食材だからどうなるかちょっと不安だったけどなんとかなったな……味も悪くなかったし後は皆が帰ってくるのを待つばかりか」
数時間後、甲殻機の装甲は全て外の広場へと各部位ごとに仕分けされ綺麗に並べられていた。
先程までは多くの人が声を上げながら荷下ろしをしていて騒がしかったが今では嘘のように静けさを取り戻している。
綱一は特にすることもないので、テーブルに座りレイチェルの淹れてくれた紅茶を啜りながら優雅に読書をきめていた。
すると不意に外から三人の話し声が聞こえてくる。
「たっだいまー!」
勢いよく扉を開け一番に入ってきたのは華だった。
「ただいま……戻りました……」
「戻りました」
それに続いて真弓と武も入ってくる。
「おかえりー、いっしょに帰ってきたの?」
そんな三人を綱一は片手をあげてその場で出迎える。
「ちょっと林道走ってたらたけしゃん見つけてさー」
「後ろから全力で追いかけてくる華さんには少し恐怖を覚えたぞ?」
華はカラカラと笑い武は少し苦笑いをしていた。
「ところでこうくん早いねー?あと外になんかイッパイ置いてあったんだけど?!」
「俺は昼頃には帰ってきてたから、あと外のは甲殻機の外部装甲らしい」
「そっか……あれ付けたらこれ完成しちゃうんだ」
外にあるものが何かを知ったとたんに華の表情に少し陰りが見えたような気がする。
するとそれを察してか綱一が突然パンと手を叩き口を開く。
「そっそうだ!皆お腹すいてない?晩御飯までまだ少し時間があるけど」
「うちはもうお腹ペコペコー」
「私も……少し……」
「まぁ、確かに少し時間が中途半端だったか」
華は両手でお腹を押さえ、真弓は片手で軽くさする。
武は後頭部に手を当てどうしたものかと考える。
「ちょっと座って待ってて!」
そう言って綱一は席を立ち急いでキッチンへとかけていく。
三人の頭上には疑問符が浮かび上がり、言われた通りにテーブルへとつく。
綱一がキッチンへと行ったことからキッチンにいるレイチェルが何か作ってくれているのかと少し期待する一同。
キッチンから出てきた綱一の手にはやはり何か食べ物が乗っているであろうお皿が握られていた。
そしてテーブルに置かれたそれには三人が三人とも見たことのある、とても馴染みのあるスイーツが盛り付けられていた。
「クレープだ!」
「美味しそう……」
「これは……レイチェルさんが作ったのか?」
華と真弓はクレープに目を輝かせ、武は綱一に顔を向け問う。
「俺が……作りました……」
綱一はポリポリと首筋を人差し指でかきながら少し恥ずかしそうに答える。
「食べていいの!?」
華は少し食い気味にテーブルへと体を乗り上げ綱一に是非を問う。
まるでお預けをくらっている犬のように、もし仮に華に尻尾があるならブンブンと左右に揺れていることだろう。
「これでダメだって言ったら俺鬼じゃん、あぁそうだ一応種類が三つあって、ミカン風のマサン、この緑のがバナナ風のハヤヤ、ライチっぽいクリューゲルの三つあるんだ、お好みでハチミツもあるよ」
綱一は歯をむき出しにニッと笑い、そのあとそれぞれの味の違いや食感などを説明していく。
「うちはバナナ風のやつ!」
「私も……」
「じゃあ俺はライチっぽいやつをいただくよ」
「めしあがれー」
「いただきまーす!」
「いただき……ます」
「ありがとう、いただきます」
各々一口頬張り、華は足をバタつかせながら、真弓と武は静かに、綱一はなかなかの出来に満足しながら口々に美味しいといい噛み締める。
四人ともこちらに来て一週間、本来ならばあっという間に過ぎていく筈だったが、慣れない土地、全く新しい環境により四人にとってはとても長い一週間に感じ。
そして食材は違うとは言え程よく再現された故郷の味、彼等にとっては特別な味となったことだろう。
「えっと、姫路……さん?」
彼女の頬を伝う一滴の水滴、綱一は思う、確かにいい出来だと、しかしそれほどではない筈だと、それは彼にとっても予想外の反応、まさか華の瞳から涙が出るとは予想もしていなかった。
「あれ……何で涙が?おかしいな……」
「はなちゃん、美味しいね」
真弓は華に顔を向け満面の笑みで語りかける。
「うん、美味しい……こっこれはあれだもう二度と食べられないと思ってたらまた食べられて感激したやつ!」
華は苺ほどに顔を赤らめ両手は右へ左へと空を切る。
誰がどう見ても動揺しているのが手に取るようにわかる。
そしてその場は笑顔に包まれていった……。
一同はその後普通に食事を取りお風呂へ入り、そのまま寝静まろうとしていた頃。
綱一は風呂上がり、井戸の近くで夜風に当たりほてった体を冷まそうと涼んでいた。
辺りは静寂に包まれ程よいそよ風と時折聴こえる木々の微かなざわめき、月明かりのみがその場を照らす
するとそこに近づく一つの影。
「あっ……あの……」
綱一は突然声をかけられたものだから少し体をビクリと震わせ声の主の方を見る。
「驚かせ……あの、ご免なさい」
そこには寝巻き姿の真弓がいた。
「あの……お礼が……言いたくて……」
「クレープ?いいよいいよ好きでやったことだから」
「それもそうなんだけど……最近はなちゃんがずっと気を張りつめてて……その……ずっと心配だったの……でも……お陰で少し和らいだような気がする……の」
(最近東条さんが寝不足ぎみだったのは姫路さんが心配だったからかな?)
「クレープ一つで大袈裟だよ」
「ううん……その……クレープは……思いでの味だから……」
「ありがとう」
そう微笑み綱一にお礼を言うと真弓は小走りで自分の部屋へと帰っていった。
(初めて東条さんの笑顔向けられた気がする……あぁ……俺ってチョロいなぁ)
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