2-4. 宗麟さんが現状を把握したようです
大内家との大一番、『戦』の舞台である勢場ヶ原への道中。
吉岡長増、角隈石宗、臼杵鑑速の三人は声のトーンを落として相談事をしていた。
「思ったより動きが遅いですね。お姉さんたち、警戒されているのかしら?」
軍議の間で鑑理と道雪が二人で言い争っていた時。
実はこっそりと神社の者が来ていた。
使いの者は八幡様の総本宮、宇佐八幡宮の巫女。
大内家からの”宣戦布告”を伝えにきたようだ。
この時代の巫女は神事だけでなく、戦関連の使いっパシリもされていた。
つまり、今回の『戦』は八幡様の名の下に執り行われるらしい。
格式ある神社に裁いてもらうために時間を要したと推測できた。
「……本気」
石宗が苦々し気に呟く。
乗っている馬との体格差によるものか、声色とは裏腹に、妙にファンシーな雰囲気がある。
「そうねえ。宇佐八幡って豊後の神社よ? それをわざわざ大内家が指定するなんて」
「確実に大友家を潰しに来てますよ! 博多の半分じゃ納得できないって、ガメツ過ぎません?」
人の事は言えない。
豊後大友家と周防大内家は随分昔から国際貿易港である『博多』を取り合っていた。
現当主・義鑑になってから半分こしたのだが、
「宗麟様を見つけちゃったから、欲に負けたって事ですよね、これ」
鑑速が重い溜息を吐く。
彼女が吐くと本当に深刻な問題に見えるから不思議だ。
いや、深刻な問題なのだが。
「……連戦」
「そう、石宗の言う通り。大内家は少弐家との連戦で疲弊はしているはずよ」
「『戦』に勝ってるんですから、勢いに乗ってるのでは?」
鑑速のネガティブキャンペーンが止まらない。
「……陶興房」
「ああ、彼女。何でも過労で倒れたそうですね。お姉さん的には同情しますが」
「え、本当ですか!?」
陶興房は大内家の重臣である。
攻めも守りもお手の物。
加えて、内政なんかも請け負っている大内家の大黒柱だった。
彼女が今回いないのであれば、それは確かに朗報であろう。
「いやあ、それは幸先の良い!」
人の不幸を喜ぶ鑑速。
もはや清々しい。
「……陶晴賢」
「そうね。興房さんの娘である陶晴賢さんが、今回の戦の大将になるとお姉さんも思ってる」
長増は垂れ目を細め口元も引き結ぶ。
陶晴賢はまだ若輩とは言え、あの陶興房の娘である。
決して油断できない相手であった。
「龍造寺はちょっかいかけてこねえかなあ?」
思案にふける長増の後方から声がかかる。
そこには幾分かの期待が込められているようだ。
「道雪。変な事言わないで。言霊になったらどうするの」
「長増はそういうの信じるからなー」
馬上でケラケラと笑う道雪に、長増はムッとする。
道雪は煽りの天才だった。
「馬鹿は放っておいて……。ごめんなさい、長増。少し、頭に血が上ってしまったようで」
「少しかしら?」
「……すみません。大分ですね」
後方から合流したもう一人。
今は冷静な鑑理が長増に謝罪をする。
「まあ、いつもの事ですしねえ。戦術の説明します?」
鑑速が気軽に受け応える事に、鑑理はホッとした表情だ。
何だかんだで人の輪を大切にする彼女であった。
「そうね。お願いできるかしら?」
「……宗麟様」
「え? ああ、宗麟様には紹運と誾千代が側についているわ」
石宗の質問になっているのかどうか微妙な言葉には慣れが必要である。
鑑理ほどの付き合いでも、それは中々に難しかった。
「えーと、結局、今回は『団体戦;魚鱗』で行くことになりました」
「審判は?」
「宇佐八幡です」
「宇佐八幡?」
怪訝な顔の鑑理に長増がコクリと頷く。
「そう」
鑑理の反応はそれだけだった。
しかし、その瞳には闘志が揺らめき燃え上がっている。
「おうおう、燃えてんなー鑑理」
「道雪、人の事を言えて?」
「誰に言ってんだ? 私だぜ? 大内だろうが陶だろが、ぶっ潰す!!」
掌にバシンと拳を打ち付ける道雪。
それを好戦的な目で皆は見ていた。
「で、具体的な内容ですけど――」
「あ、僕も聞いていい? まだ良く分かってなくて、ごめんね?」
「いえいえ、そんな。では……」
「「「え……?」」」
そこにはいつの間にか、馬に乗った宗麟がいた。
「宗麟様! 私が解説しますので、どうかどうかここはお任せを!?」
宗麟に少し遅れて。
スッタカターとやって来たのは『高橋紹運』だった。
右耳の上あたりで一纏めに結わえられている黒髪が、旗のようにバサバサと踊っている。
今日は風が強いらしい。
「おにぃ、あたいと一緒にいよー!」
「大丈夫、勝手に一人ではいかないよ」
ツインテールが可愛らしい幼女『立花誾千代』は宗麟の腕の中だ。
七歳の彼女を歩かせるのも、一人で騎乗させるのもまだできない。
また、宗麟も幼い少女に兄と慕われて、満更でもない様子だった。
諸将からは羨ましそうな目線が誾千代へ送られている。
それにドヤ顔で返す幼女に、女性たちは醜い嫉妬を抱いていた。
「えっとえっと、宗麟様! 今回は母……じゃない、吉弘様たちにお任せしても、何にも何にも問題ないのですよ!?」
紹運に至っては若干十二歳なのだが、宗麟がいるだけで現場は紛糾する事を既に見抜いていた。
正直誰にでもできそうな洞察だが、現場の人たちの抑えられないパッションも理解できる。
「え、でも」
必死に食い下がる紹運に宗麟は悲しそうな顔をする。
紹運に限らず、その場にいる皆の意志が一つになった。
「「「やっぱり、この場にいて問題ないです!!!」」」
宗麟の前で自制心など、何の意味もなかった。
「そっか、良かったー。僕、邪魔なのかと思ったよ」
「誰だ、私の若にそんな態度取ったやつぁ!? 今ここで仕置きしてやんよ!」
「道雪殿、どうどう! それと、皆の、です」
意味不明の猛りを見せる道雪に鑑速が慌てて宥めに向かう。
「えっと、じゃあ、お姉さんから説明しますね。今回の『戦』は――」
こうして、具体的な戦術や立ち回りを宗麟は理解する。
この事で、大友家と大内家の大戦『勢場ヶ原の戦い』は、世に轟く事となったのだ。