2-2. 何の『戦』で勝負する?
大内家との『戦』が決まった後。
すぐにその内容に関する議論が始まっていた。
少弐家との戦いに勝利した大内側としては、この勢いのまま豊後へ攻めてくる可能性が高い。
すなわち、戦準備にあまり時間が残されていなかった。
宗麟を賭けて勝負をする以上、家臣たちは本気も本気だった。
「で、肝心の『戦』は何で勝負するんだよ?」
立花道雪がじれったそうに声をあげる。
「そうね……。”団体戦”ならば王道の五対五かしら」
「鑑理よぉ、私が一騎打ちに出てもいいんだぜ?」
「脳味噌は詰まってる?」
辛辣な鑑理に道雪が顔を引きつらせる。
「おう、どうした」
「何よ」
「若の前だぜ?」
「だから?」
鑑理は怪訝な顔になる。
道雪の言わんとしている事が分からないようだ。
「鑑理殿は娘もいますから、そんな色目なんて」
クスッと呟いたのは臼杵鑑速である。
こういう時に限って彼女の声は良く通る。
「あぁぁんっ!?」
「ひょっ!?」
羅刹もかくや。
鑑理の眼力で撃ち抜かれた。
顔面蒼白になった鑑速は助けを求めて顔を左右に振る。
「カッハァ! 鑑速に言われてやんよ!」
しっかりと煽る道雪に、鑑理の額で血管が浮き出る。
流れ弾っぽく鑑速も弄られているが。
「遊んでないで考えてー。お姉さんに丸投げは怒りますよー?」
「……」
石宗が無言で長増を見る。
心なしかいつもよりジト目だ。
私もいる、の抗議だろう。
「あのさ」
「「「はい、なんでしょうか? 宗麟様!」」」
こういう所は息ぴったり。
実は仲が良いんだな、と宗麟は一人納得した。
「寺で一通り学んできたつもりだけど、まだ『戦』を僕は実際に見た事もない。だから、解説も兼ねて戦術を聞きたいんだけど、良いかな?」
じゃれ合っているように見えて、しっかり軍議は進んでいると、宗麟は勝手に思っていた。
何故ならば、鑑理と道雪の言い合いに誰も注意をしなかったからだ。
しかし、実際は「またやってるよ、あの二人……」という諦めである。
ちなみに、諸将はそれぞれ長増と石宗に提案をしたりしていた。
本来はここに鑑速も入るのだが、今回は道雪の奸計により除外である。
「では――」
「はーい、勿論! ささ、お姉さんの隣に」
「待ちなさい、長増。ここは私が!」
「若っ、私の膝の上に座りながら聞きましょうぜ!」
「……」
「なんでてめえが座んだ、石宗」
「あ、じゃあ私が!」
「「「鑑速、邪魔」」」
「私の扱い雑過ぎませんか!?」
「義鑑様よりマシよ」
「鑑理殿、それを貴女が言っては……」
「その前に雑な扱いを否定していないからね。そういうところだとお姉さんは思うよ、鑑速」
「確かに! 長増殿、慧眼です! あ、こういうところ!?」
「……」
「なあ、石宗。若が呆れてこっち見てる気がすんだ」
「……他人」
「あいつらとは関係ありませんってか? そりゃあいい」
「……解説」
「私が『戦』について? 本気で言ってんの?」
「……冗談」
「笑えねえ。けど反論できねえ」
「ちょっと、そこ! 何、他人事みたいな顔してんのよ、道雪!」
「他人事だろっ!?」
「では宗麟様、こちらにー。お姉さんが分かりやすく教えますからねー」
「「長増、てめえ!!」」
宗麟は目の前で繰り広げられるやり取りについていけてなかった。
目を丸くして見守り、長増に手を引かれるままだ。
そして、こんな事をのたまった。
「えっと、どこからが戦術?」
その場にいた人全てが宗麟を二度見する。
(((まさか、あのバカなやり取りを解説だと勘違いしている……!?)))
それはもう”良い子”とか”純粋”の範疇ではない。
色々な意味で宗麟が心配になる。
とりあえず、彼は簡単に騙されるだろうという確信だけは得られた。
一人にしてはいけない子である。
「……宗麟様。申し訳ありません。皆で説明します」
頭を垂れたのは吉弘鑑理だ。
その顔は罪悪感に塗れている。
宗麟に見えない角度で他の者たちへ視線を送ると、各々頷きが返ってきた。
宗麟を戴けば、その結束力や岩にも勝る。
「まずは『戦』の基本をおさらいします」
んんっと口元に拳を当てて喉を整えると、鑑理は宗麟の対面に正座した。
「まず、寺社を経由して”宣戦布告”が行われます。今回は大内家が宗麟様を欲して行うでしょう」
鑑速が宗麟の前にお茶を出す。
そして、鑑理との間に豊後の地図を広げた。
「”宣戦布告”は拒否できません。受けて『戦』を行うか、降伏かの二択です」
「『戦』の後は御家同士を寺社が取り持って和睦を行うんだよね」
「はい。その認識で間違いありません。また、『戦』の審判を行うのも寺社です」
頷いた鑑理を引き継ぐように、今度は宗麟の向かって左側に座った吉岡長増が語り出す。
「『戦』を行う場合、合戦内容等は宣戦布告を受けた側が指定できますね。例えば――」
一度言葉を区切り、長増は柔らかそうな手で地図の一部を指さす。
「数で有利な場合は平地を指定したり、逆に劣る場合は山間部を、といった具合です」
「他にも戦の仕様も決められるんすよ」
向かって右側で胡坐をかいていた道雪が補足する。
「私は真正面からぶつかるのが好きなんすけどねー」
そして、ゴツイ手で自らの頭を掻きながらあっけらかんと笑った。
戦い方に性格がそのまま反映されているのが良く分かる。
「そう。『戦』で一番大事な点は道雪殿の言う仕様――”陣形”です」
真面目腐った顔で語るのは臼杵鑑速だ。
人差し指をピンと上に向けて喋る姿は、見た者を妙にほんわかとさせる。
「最近、流行っているのが”団体戦:鶴翼”でしょうか」
「団体戦?」
耳慣れない言葉に宗麟は首を傾げた。
青年に対しての表現としてはどうかと思うが、非常に愛らしい。
思わず皆は視線を逸らせてしまう。
「は、はい。”団体戦”とは大多数でぶつかる戦方法でして、予め決められた将が倒された時点で残った兵数に関わらず”負け”になっちゃいます」
鑑速が続けた言葉に「なるほど」と宗麟は頷く。
「あと、”鶴翼”とかの言葉の意味は、団体戦の中で敵を倒したと判断する基準になる取り決めを指すんです」
段々と複雑になっていく内容に宗麟の顔の真剣味が増す。
つられて諸将の頬も赤くなっていく。
顔を直視するのが辛くなってきたようだ。
「主に八種類の陣形がありますけど、さっき出した鶴翼だと”額に巻いた鉢巻きを奪われたら退場”、という判定ですかね」
鑑速が必死に平静を装って言葉を紡ぐ。
少々早口になってしまったのはご愛嬌だ。
「……羽」
「そうそう、たなびく鉢巻きが鶴の羽に見えるから鶴翼って言うそうです!」
石宗の呟きにへえと感心する宗麟は無垢である。
そろそろ女性たちの胸が裂けそうだ。
「どうでしょうか、宗麟様。おおよその仕様は説明致しましたが、質問等あればご随意に」
鑑理が早速締めにかかる。
これ以上は身が持たないと判断したのだろう。
ただでさえバカ騒ぎで体力を消耗してしまったのだ。
宗麟の前でした痴態への羞恥心と、単純に宗麟の近くにいる緊張感がピークに達しようとしていた。
「うん、とりあえずは分かった。でも」
「なんでしょうか?」
「鑑理、娘さんがいたんだね。見た目が綺麗で若いから全然気づかなかったよ」
「ふぁっ!!??」
場に電撃が走った。