2-1. 周防の大内さんが喧嘩吹っ掛けてくるってよ
「それでは、軍議を始めます」
ピンと張り詰めた空気の中、大友三老が一人、『吉弘鑑理』が厳かに告げた。
御家の今後を決める重要な軍議である。
諸将も当初は顔に緊張の色を滲ませ、迂闊な発言を慎んでいるようだった。
なお、宗麟の手前、下手な発言をして嫌われたくないという俗物的な思惑も共通認識だ。
そして、当主であるはずの義鑑はレッツ折檻タイムでこの場にいない。
宗麟に至っては初の軍議という事もある。
居並ぶ家臣たちに比べ、幾分固い印象だった。
そんな初々しい姿に女性陣はホッコリとしてしまう。
軍議なのに、どこか和やかな雰囲気を醸し始めた。
「まずは報告を。鑑速」
「はい、承りました」
眼鏡をクイっと上げて応えを返したのは、大友三老の最後の一人、『臼杵鑑速』だ。
妙に濃い人物ばかりが揃う大友家の”良心”が吉弘鑑理であれば、彼女は大友家の”基準”である。
特に特徴的な外見や性格をしている訳でもない。
物腰は穏やかで、そこそこに頼りがいがあり、どことなく幸の薄そうな顔をしている。
パッと見で目立たない事務処理能力の高さと、その汎用性を買われて三老に名を連ねている人物だった。
それだけで充分に凄いのだが、如何せん影が薄い。
安定感という意味では大友家随一なのだが。
「先日、田手畷で行われた少弐家と大内家の『戦』は少弐軍が勝利したのですが……」
「大内のとこの陶興房が、今度は出張って来たんだろ? まあ、荷が重かったって話だ」
鑑速が言葉を濁すと、後を継ぐように声が挙がる。
カラカラとした気軽な口調は、宗麟のおかげで軽くなったとは言え軍議の場にはあまり似つかわしくない。
そんな喋り方をする人物は、家中で一人しかいなかった。
「道雪、まずは聞いていなさい。貴女が口を開くとすぐに場がややこしくなる」
「……黙る」
「道雪さん、すこーしお静かにね。お姉さんとの約束」
「お前ら、実は私のこと嫌いだろ……」
重臣一同から総スカンを食らった女性は『立花道雪』。
体も態度も大きい彼女は、いわゆる脳筋である。
気さくな性格は位の低い者たちからは支持されるが、同僚以上からは受けが悪い。
「時と場を弁えなさい」と鑑理からは耳にタコができるほど言われていた。
「あ、私は別に道雪殿のこと嫌いではないですよ?」
こういう時、鑑速は妙なフォローを入れるが、誰の耳にも届いていない。
彼女はそういう不憫なポジションである。
「まあ、いいわ。鑑速」
「は、はい」
鑑理に促されて、少しわたわたとしながら手元の資料をペラペラ。
探していた項目が見つかったのか、鑑速の周りでパアっと花が咲いた。
彼女も彼女で分かりやすい。
鑑速を見て肩の力が抜けた宗麟を、皆が微笑ましそうに見ていた。
謎の好循環がここに生まれる。
「えっと、先日行われた勢場ヶ原の戦では、田手畷で大活躍した龍造寺家兼殿が寝返りまして……ひぅっ!?」
「寝返って」の下りで宗麟が辛そうな顔をすると、何故か鑑速が家臣一同から睨まれた。
理不尽な仕打ちに彼女の震えが止まらない。
「はいはい、皆さん。落ち着いて鑑速さんのお話しを聞きましょうねー」
ここで長増が手を軽く叩いて皆の意識を戻す。
流石お姉さん、伊達にお姉さんしていない。
司会の吉弘鑑理、仲介の吉岡長増、解説の臼杵鑑速である。
こういった時、道雪はちゃちゃしか入れず、石宗は黙秘しかしない。
大友家において発言力の強い人物は彼女たち5人だが、皆の前で喋る機会が多いのは鑑速で、被害を被りやすいのも鑑速だった。
幸薄、ここに極まれり。
そんな彼女に救いの手を出せるのは、
「でも、龍造寺殿が肥前を取る事を、よく大内殿が許したね?」
真剣な顔で思案していた宗麟だけである。
大友家のヒエラルキーにおける頂点、絶対的支配者。
崇拝を集め、中には彼を拝む人すらいるという。
何故帰ってきて1日でそこまで噂が広まっているのかは定かではない。
しかし、皆が宗麟を蔑ろにする事は、天変地異が起きてもないという確信はあった。
「ひゃ、ひゃい! えっと、その!?」
宗麟耐性を未だ身に着けていない大友家の一般人枠・臼杵鑑速。
如何に事務処理能力が高いとは言え、宗麟に声をかけられれば普通に慌てふためく。
「大内の狙いは若、って事っすよ」
そんな彼女に取って代わって、ここぞとばかりに答えを返したのは立花道雪であった。
片膝を立てて少し前のめりになると大柄な体の凄みが増す。
「聞いた話によりゃあ大内の野郎、最近は随分とお遊びが好きなようじゃねえか」
獰猛な獣を彷彿とさせる唸り声。
いや。
腹に響く道雪の殺気が、彼女の言葉に乗っていた。
ここで宗麟はピンと来た。
自分が還俗する情報を事前に知っていたのだと。
それで少弐家にちょっかいをかけられないように、肥前という土地で龍造寺を釣ったのだ。
大名の子息となれば肥前よりも欲しいというのは、当時の価値観では頷ける話だった。
しかし、彼女たちにとって最重要なのはそこではない。
「お遊び、ですか」
鑑理の底冷えする声が地を這う。
「……お遊び」
石宗の呟きが池へ投じた波紋のように広がる。
「お遊びねえ」
長増の不気味な微笑みが地を揺るがす。
「お、お遊び……」
鑑速の脳内で妄想が加速する。
「そう、お遊びだ。次の獲物はうちの若なんて、ふざけていると思わねえか……?」
「許されません」
「……極刑」
「手加減無用ですね」
「そ、そうです!」
「ようし、決まったな! 若、向かってくる敵は殲滅あるのみ、だ!」
「ありがとう、道雪、みんな」
宗麟は皆が自分を大切にしてくれている事に感謝を述べる。
いつか、自分が彼女たちを守れるようになりたい。
そのような願いと決意を胸に秘めながら。
ただし、
(((宗麟様の貞操は、死んでも渡さん!!!)))
彼女たちは、宗麟の想像より数段は俗物だった。