3-26. 武士の本懐、それと意地
「もう諦めなって」
元春は言う。
「晴賢は、義長ちゃんは、十分やったよ」
これ以上は意味がないと言う。
毛利と大内の両兵は未だ激しくぶつかり合っている。
しかし、その大勢は決まっていた。
毛利の、勝利だ。
「武士として引けないのは分かってるし。でも、毛利家が求めているのは、そういう事じゃないんだし」
元春が言っている事は矛盾している。
蹂躙を、暴力を、略奪を。
憚らずにそう言ってきて、大内を慮るのは何故なのか。
ただし、義長や晴賢は察していた。
「元春殿は、毛利家は、悪者を演じているのではないですか?」
目の前の吉川元春や、書状で宗麟から聞いた毛利隆元だけかもしれない。
だとしても、決して彼女たちが『悪』とは思えなかった。
少なくとも、義長と晴賢はそう感じていた。
「……あーしは、毛利家だし」
元春が答える。
答えとなってはいない。
「だったら、ウチらは負けを認められんたい」
ハッキリと、義長は言った。
「……そう、だね。うん。分かってたし」
元春は静かに木刀を腰へと納める。
そこには既に、迷いはない。
「じゃあ、もう少しあーしたちの天下だね」
元春の構えは厳島で見た。
老婆のように腰を曲げ、四つん這いかと見紛うほどの低い姿勢。
抜刀術――『逆落とし』。
「……」
晴賢も静かに構える。
体は限界に近い。
いや、既に超えているのかもしれない。
それでも、ここで引くわけにはいかなかった。
そこには既に、迷いはない。
元春の木刀に空気が圧縮していく。
彼女の”業”は――『破裂』。
力点を選ばずに空気を極小規模の範囲において弾けさせる。
一見すれば強そうに見える。
だが、その本質は瞬間的な”発破”だ。
それは相手を怯ませる、ただの猫騙し。
しかし、使いようによっては正しく脅威となる。
低い姿勢からの抜刀術。
刃を体に隠し繰り出される縦一文字は接触の瞬間に、
「消える刃の恐ろしさ、もう一度味わってみるし!」
死角を強制的に作り出す!
「表面から来ると分かっていれば!」
晴賢は木刀を――振らない。
正面へと押し出すように、構えた姿勢のまま前へと一歩を踏み出した。
ただの間合いの内。
道雪の一撃を額で止めた元就には及ばない、中途半端な距離だ。
しかし、これが晴賢の間合いである!
ここで、勢場ヶ原にて晴賢が道雪の”雷切”と対峙した際の話をしよう。
彼女は秘策を持っていた。
打ち破られたのは結果であるが、勝負へ持ち込めると晴賢は考えていた。
何故ならば、
「私だって、”業持ち”なんです!」
元春の”業”が胎動する。
彼女の体から伸びた一筋の殺意。
『破裂』の業により生じた不可視の牙は晴賢へと喰らいつく。
――はずであった。
簡潔に言えば、打ち上げるかのよう。
晴賢へと伸びた咢は見えない力で顎を打ち抜かれ宙に舞った。
「はっ!?」
これには元春も驚愕。
物理法則など知らない彼女であっても理不尽以外に言葉が出てこない。
「隙!」
晴賢の”業”は――『反射』。
瞬間的に一点におけるベクトルを捻じ曲げる。
道雪においては雷が一点に集束しなかったための敗北だ。
逆に言えば、木刀や矢などにおける力点が分かりやすい武器に絶大な効果を発揮する。
見えなくとも、正面から来る。
それさえ分かっていれば、晴賢の”業”から逃れる事は出来ない!
「ありぃぃぃいいいい!!」
大内の”武”は、
「なん、のぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
「でやぁぁぁぁああああああ!!!」
生半可な覚悟で語るものでは、決してありやしないのだ!
すれ違わ、
ない!
再び木刀は鎬合いを始める!
お互いの必殺をもってして、未だ崩れぬ牙城。
一度の立ち合いを経て、お互いの実力は完全に拮抗していた。
「貴女は歌舞いているつもりかもしれませんです!」
至近距離となった顔を突き合わせ。
晴賢は怒鳴るように口を開く。
「恰好、口調、化粧! 確かに歌舞いていますです!」
「それは褒め言葉ってことで!?」
元春は口角だけを吊り上げる。
もはや顔に余裕はない。
「ある意味では褒めているですけれど、だからこそ!」
弾く。
距離を取るものの、晴賢はよろけ膝をついてしまう。
既に体力の限界なのだろう。
見逃すわけがない元春は、
「ありがと、ね!」
有無を言わさず殴り込む。
しかし、その太刀筋に以前のキレはない。
体にガタが来ているのはお互い様だった。
晴賢は元春を見据え。
迫りくる凶刃を見据え。
しな垂れている鉢巻きを払い。
「貴女は何を求めているのですか!?」




