1-2. で、どうすんよ?
「い、いやじゃあ! いやなのじゃあぁぁぁぁ……!?」
襟首を掴まれてズルズルと引きずられていくご当主様であり母、『大友義鑑』を唖然とした顔で少年は見送る。
それもそのはず。
実は彼。大切に大切に、それはもう大切に。蝶よ花よと母から過保護なまでに大事にされて、今まで育てられてきた。
その過保護っぷりは徹底されており、彼が「男子である」という事を隠しおおせていた事からも、察する事ができるだろう。
すなわち、母が何故そこまで駄々をこねているのか、彼には理解できるだけの知識を教えられていなかった。
「……塩法師丸様」
「あ、石宗」
名前を呼ばれた少年、”塩法師丸”は声の聞こえた方へと振り返る。
齢12歳になる彼は本日、元服の儀をする予定であった。
元服の儀とは、現代で言う成人式のようなものだが、加えて大人としての名を貰う。
つまり、少年の名が”塩法師丸”から”大友の何某~”に変わるはずの日であった。
集まった諸将も「めでたいめでたい!」と言っていたのに、こんな事になるなど予想もしていない。
そんな中、石宗と呼ばれた彼女『角隈石宗』は全く動揺した様子を見せていなかった。
現当主・義鑑の一つ前、先代から大友家に仕えている彼女は重臣も重臣。
御家の様々な業務を担っている加判衆の一人である。
流石の貫禄と肝の太さに、諸将は感心した視線を送る。
が。
本当は少し違った。
彼女はただ単に無表情で無口なだけである。
無愛想ではないのだが、如何せん、彼女をよく知らない人は気難しい方といった評価をしていた。
そして、彼女の見た目は盛っても中学生くらいにしか見えない。
本人は年の割にだいぶ幼く見える容姿に少しコンプレックスを持っていたため、威厳があるように見える、交渉事で内心を読まれないのは有利、といったポジティブシンキングで対外評価を治す気が無かった。
また、当主である義鑑がちんまいのも大きい。
「……説明」
「あ、うん。僕が男の子だって言っちゃ駄目とは言われていたけど、どうして皆がこんなに慌ててるのか分からなかったんだ」
少し困ったように「えへへ」と笑う姿を視界に入れてしまった人々は唐突に胸を抑える。
石宗は何とか踏ん張った。
今まで”女子”と思って接してきたとはいえ、そもそも過保護な母・義鑑の鉄壁ガードがあった。
すなわち、彼とそこまで接点が無かったのである。
普段から彼に会っていたのは傅役である『角隈石宗』。
勉強などのお世話をしていた彼女を含め、極々わずかな人々であった。
現金な物であるが、いざ”男子”と分かってしまえば、
(((え、めっちゃ可愛い……。仏かよ)))
母親のポンコツっぷりが露呈した今、その比較を受ける彼の株は滝登りをして龍になろうとしていた。
そんな庇護欲と情欲を抱かれているとは知らず、石宗の淡々とした単語を彼はふんふんと聞いている。
「……希少」
「そうなの? 確かに僕以外の男の子は見た事ないけど」
「……農民」
「へえ、男の子は農民の出が多いんだ。あっ、だから僕は珍しいのか」
「……寺社」
「ふむふむ。男の子を管理しているのが寺社で、僕がそこから漏れてるのが問題なんだね」
石宗の単語と会話を繰り広げる様子はシュールである。
他の者たちであれば、ここまでスムーズにはいかない。
「じゃあ、どうするの?」
大雑把に現状を把握した彼であるが、そこは12歳の男子。
今後を察するには、些か経験も年齢も足りない。
先を促すと、石宗は少し寂しそうな声色で告げた。
「……出家」
「えっ」
「……五年」
「えっ」