2-12. そして宗麟は立ち上がる
「宗麟様?」
疑問の声を上げたのは『高橋紹運』だった。
「おにぃ?」
宗麟の側に引っ付くようにいた『立花誾千代』も不思議そうに声を上げる。
しばらく嗚咽を漏らす『大内輝弘』を抱きしめた後。
宗麟は彼から今までのいきさつを聞いていた。
どこで生まれ、どのような環境で生活していたかを。
そして、一通り話を聞いた宗麟は徐に腰を上げた。
「紹運、誾千代」
「はい、何でしょうか宗麟様。何でも何でもやっちゃいますよ!」
「おにぃ?」
頼られると思ったのか、紹運は無邪気に喜ぶ。
対して、誾千代は怪訝な顔だ。
紹運の想像とは違うと、直感的に感じたようである。
そして、この時は誾千代の方が正解であった。
「ちょっと戦場に行くから、手伝いを頼めるかな?」
一瞬、二人は何を言われたのか分からなかった。
いや、二人だけでなく三人だ。
輝弘にも、宗麟が何を言っているのか分からなかった。
「え!? ど、どういう事ですか、宗麟様!? ちゃんとちゃんと説明して下さい!」
数秒ほど硬直。
なんとか現実へと復帰を果たした紹運だったが、やはり言葉の意味を上手く理解できない。
わたわたと慌てた様子で、宗麟をとりあえず座らせようとしている。
しかし、
「紹運は分かってないなぁ」
「誾千代!?」
思わぬ方向からの口撃に紹運はたじろいだ。
やれやれとかぶりを振り、ニヤリと口角を上げる姿は道雪にそっくりだ。
「ありがと、誾千代」
宗麟は誾千代の頭を撫でる。
彼女の顔がニヘラっと崩れた。
紹運はガーンという効果音が聞こえてきそうな顔になっている。
それに気づいた宗麟は、
「大丈夫だよ」
そういって紹運の頭も撫でてあげる。
紹運はほにゃーんとした表情になった。
誾千代はちっと舌打ちをする。
これに驚いたのは傍らで呆けた顔を晒す大内輝弘だ。
女性とこのように接する男性など見た事がない。
その衝撃は先ほど泣いた原因の比では無かった。
余計に宗麟への興味が彼の中で強くなっていく。
しかし、
「何をなさるおつもりですか」
宗麟へ待ったをかけたのは、『戦』の審判である宇佐八幡宮の巫部だった。
献上品である宗麟が逃げるかもしれないと警戒しているのだろう。
そんな女性たちに宗麟は向き直る。
そして、
「応援へ向かおうかと思います」
「「「うっっは……!?」」」
随分とあっさり告げた。
普段より二割増し程の笑顔を添えて。
羽衣効果があまり意味を成さない程だ。
これには巫部たちも仰け反って顔を背ける。
眩しすぎて目がつぶれると錯覚するほどだった。
「だ、駄目です!」
けれでも、そんな事で許す訳にはいかない。
彼女たちの心は揺れに揺れていたが、これは神事。
鋼の精神力で持ちこたえる。
「でも、『戦』で男性に関する制限はないですよね? 何故駄目なのか説明できますか?」
「え……?」
ここで、巫部たちは言葉に詰まる。
反論できなかったためだ。
そもそもの大前提を考えて欲しい。
『戦』とは、『男を賭けて戦う』という事だ。
しかも、男は神への献上品である。
つまり、”物”だ。
この時代の男が能動的に動く事など、常識的に考えてあり得なかった。
そんな男子が戦に参加するなど、考慮されている訳がない。
つまり、
「男が『戦』へ参加する事に、何も問題はないですよね?」
宗麟はにこやかな笑顔で事実を突きつける。
巫部たちは黙る他なかった。
「そ、宗麟様! それでも戦場へ行くなんて、とってもとっても危ないんですよ!?」
宗麟の行動が分かってもその意図が読めず、紹運が宗麟へと待ったをかける。
自分を心配してくれている事が分かっている宗麟は、もう一度紹運の頭を撫でた。
紹運はテレテレと身体を揺らして大人しく撫でられる。
誾千代は宗麟の足へしがみついた。
「おにぃ、何するの?」
ふふっと軽く笑った宗麟は、
「戦は将の数が決められているだけで、兵数に制限は無かったよね」
「うん」
幼い誾千代でも分かるように、宗麟は優しく話を聞かせる。
彼女たちに安心して納得してもらおうと思ったのだろう。
「鉢巻きは判定をするために必要なだけで、最初からしている必要もない。どちらかと言えば、戦う意志の表明に過ぎない」
そういって、宗麟は懐から家紋の付いた鉢巻きを取り出す。
どうやら、始めからこの展開を考えていたらしい。
紹運と誾千代は静かに瞠目した。
「なら、僕が鉢巻きをして戦場へ向かったらどうなると思う?」
「えっと……」
「驚きます。すっごいすっごい驚きます!」
言い淀んだ誾千代に代わって紹運が答える。
誾千代が見上げると、フフンと得意気な紹運がいた。
「そうだよね。すると、攻撃の手を緩めるはず。それと……今日は風が強いからね」
バチバチと火花を飛ばしあう二人に気付かないのか。
宗麟は陽光を手で遮るように翳すと空を見上げた。
たなびく雲の動きが早い。
「風?」
黙って聞いていた輝弘が不思議そうに呟く。
彼の方を向いた宗麟は再びニッコリと笑うと、
「火計に向いていると思わない?」
随分とエゲツない事をのたまった。




