2-10. ここが戦の転換点
剣戟の音が響く。
裂くように走る稲光。
立ち向かうは一人の少女である。
「ぐぅ!?」
「おら、そんなもんか! 陶晴賢ちゃんよぉ!」
「まだまだ、です!」
大内家大将、陶晴賢は苦悶の表情を浮かべる。
しかし、その目には怒りにも似た闘気が揺らめいていた。
大友家が誇る武神、立花道雪。
”雷切”を発動している彼女の木刀には雷が宿る。
振り抜けば周囲に紫電が迸り、近づくだけで感電する危険すらあった。
「よっと」
「きゃあっ!?」
道雪の一撃を受け止めきれず、晴賢は後方へ大きく飛ばされる。
そして、彼女へ追いすがるように電撃が地を這った。
「ぐ、うっ、せいっ!」
対して、晴賢は木刀を地面に刺し急制動。
と、思いきや彼女は木刀から手を離す。
大分勢いは殺せたが、それでも地面を数回転がり、ようやっと晴賢は止まった。
他人が見たら、力が抜けて木刀を手放してしまったように映るだろう。
しかし、雷撃は前面に屹立する木刀へと吸い込まれる。
「へえ」
関心した声を漏らしたのは鑑理だった。
道雪との一騎打ちを傍観していた彼女だったが、晴賢の行動に常日頃から比較的厳しい視線をより鋭くする。
「道雪。”雷切”の弱点が読まれてるわ」
「わあってるよ。頭良いな晴賢ちゃん」
軽口を叩く道雪だったが、その目はスッと細くなった。
現在、彼女たちは数合打ち合ったのみではあるが、これは道雪相手に大健闘の領域である。
しかも、若干15歳の少女が、だ。
「……鷹の子は鷹だな」
クツクツとくぐもった声を漏らす道雪は楽しそうである。
彼女にしてみれば、全力を出せる相手を欲していたのであろう。
”雷切”は非常に強力な代物だ。
しかし、道雪の体へかかる負担とは別に、弱点ともいえる欠点があった。
攻撃の指向性が地面へ寄りやすいのだ。
元々、雷は天から地へと落ちていく。
それを”業”によって強引に蓄え、千鳥によって指向性を与えているのが”雷切”のカラクリである。
道雪の体に溜まった電気が千鳥へと伝導していく事で水平方向への放電が可能となっているのだが、道雪自身はその理屈を良く分かっていない。
つまり、地面へ突き立てられた木刀が攻撃の進行方向にあると、雷撃は地面へと吸い込まれるように霧散される。
「いやあ、正直侮ってた。わりぃな、晴賢殿」
道雪の言葉に晴賢は好戦的な笑みを浮かべる。
「やっと”ちゃん”付けを止めてくれたですね」
「なんだ、気にしてたのか」
「もうそんな年じゃないです」
「いや……そんな年だろ」
「もう15です!」
道雪からしてみれば十分に「ちゃん」の範疇だ。
しかし、晴賢にとってはどうでも良い訳ではなかったらしい。
「まあ、もう呼ばねえから。うん、安心しな」
「はいです」
面倒臭くなったのだろう。
適当な事を言っているなと気付いたのは鑑理だけだった。
「でもま」
道雪は千鳥を肩に乗せると、
「まだ、私には届かねえな」
”雷切”の解放を始める。
敏感にその兆候を察知した晴賢は身構える。
顔は緊張で強張っていた。
「これをどうにかできたら、お前は一端の武人だよ」
「今まで戦ってきた大内の兵は武人ではないと言いたいですか?」
「いや……」
道雪はニヤリと、いつものように意地の悪い笑みを浮かべる。
「あいつらは、武士だ」
思わず。
晴賢はポカンとした顔を晒す。
違いが分からなかったのだろう。
その一瞬で、
「『召天万雷』」
雷神の一撃が晴賢へ襲い掛かった。
△▼△
献上品として軍を離れた宗麟たちは、小高い丘へと登っていた。
『戦』に巻き込まれないようにするためだ。
その場には宗麟の側付きとして『高橋紹運』と『立花誾千代』がいる。
対して、大内家の男子には誰もついていない。
「初めまして、僕は大友宗麟。よろしくね」
そんな彼を見かねたのか。
敵同士であるにも関わらず、宗麟は随分とフランクに男の子へと話しかけた。
背格好が少女である紹運と似ていた事もあり、年下だと思えたのも大きいだろう。
そして、無言で縮こまる彼が、宗麟には酷く辛そうに見えたのだ。
しかし、声をかけられた彼は挙動不審になる。
その反応を見た宗麟は内心で反省した。
もしかしたら、何か御家から言われていたのかもしれない。
例えば、「敵とは馴れ馴れしくするな」などだ。
けれども、宗麟からしてみれば、今後ともそれなりの付き合いになる。
負けたら宗麟が大内家へ。
勝てば少年が大友家へ。
どちらにしろ一緒に過ごす事になる。
それならば、別に今から仲良くしても問題ないだろう。
そう、宗麟は結論付けた。
「は、はい。えっと、私は、その……」
いきなり挨拶をされるとは思っていなかったのだろう。
少年は俯くと、今度はモゴモゴとはっきりしない調子である。
「無理に名乗らなくても良いよ」
「え?」
しばらく「その、その」と口ごもっていた少年へ。
宗麟はニコリと微笑みを浮かべる。
『戦』が終わるまでは顔を見せる事ができない決まりのため、今も宗麟は羽衣を被っていた。
神事だから、という事だろう。
よって、宗麟から見ても少年の顔ははっきりと見えない。
それでも、彼が困っているという事くらいは、流石の宗麟でも分かった。
「大変だったろうからね」
宗麟にしてみれば、何気ない一言だった。
自分は違うが、世の男性の境遇は学んだ。
とても想像できないが、もし本当なら。
そんなぼやっとしたイメージの、ただの気休めに過ぎない言葉。
それでも、少年にとっては大きな衝撃となっていた。
「わ、私、は……大内、輝弘と、言い、ます」
途切れ途切れに、つっかえて口を開く少年――『大内輝弘』。
彼は、泣いていた。
「うん」
宗麟は静かに頷く。
そして、そっと立つと、そのまま輝弘の側へと歩み寄った。
「大変、だったね」
何と言葉をかけていいか分からず。
何が彼を傷つけたのかも、宗麟には分からなかった。
大内の姓を名乗る彼はきっと、現大内家当主・大内義隆の義理の息子に当たるのだろう。
大友家からは当主である義鑑の子、宗麟が出ているのだから不思議ではない。
ただ、
「ありがとう、ござい、ます……!」
今、この時の彼を、大内輝弘を救えるならばと。
宗麟は優しく、彼を抱きしめ続けた。




