2-5. 胸に秘めたる想いは決意、天高くに叫ぶは愛
――勢場ヶ原。
大内家の所領である筑前と、大友家の所領である豊後の丁度境目辺りに位置する平原だ。
ここで、以前から諍いの絶えなかった両家の雌雄が今日、決する事となる。
「義鑑さん、ご無沙汰しておりますです」
「お主も大変そうじゃの、晴賢殿」
風が強く吹く。
両軍ともにつぎ込めるだけの兵力を連れてやってきたのだろう。
平原の緑を埋め尽くすほどの大軍団が、中央に帯を作るようにできた空白地帯を挟み対峙している。
その空白地帯へ一歩を踏み出したのは両軍の大将。
「興房殿の調子はどうじゃ?」
大友軍総大将にして現当主、大友義鑑と、
「日頃の無理が祟ったようです。今も床に伏せっていますです」
大内軍総大将にして重臣・陶興房が娘『陶晴賢』である。
「いや、お主も相当に顔色悪そうなんじゃが。……大丈夫か?」
「敵将の心配をするなんて可笑しな方です。でも、ありがとうございますです」
若干15歳にしては、些か気苦労をしている様子の晴賢。
実は彼女。母である興房が倒れてから碌な引継ぎもできていない。
にも関わらず、母の業務代行を当主である大内義隆に押し付けられていた。
慣れない業務に四苦八苦している最中、宗麟の事が耳に入り、ご当主様の鶴の一声でこの場へと無理矢理送り出されたに過ぎない。
少弐家との『戦』に勝利したにも関わらず、大内軍の士気はそこまで高くなかった。
「そ、そうかの? まあ、お主がそう言うならワシに否やはないんじゃが」
流石に年長者として具合の悪そうな晴賢を気に掛ける。
義鑑はこれでも母なのだ。
宗麟と同じ年頃の娘が、今にもぶっ倒れそうな顔をしていれば普通に気にする。
「はい、問題ないです。巫部の皆さま、始めて下さいです」
「わ、分かりました」
少し困惑した様子で宇佐八幡宮から派遣された戦審判員の巫女、通称”巫部”たちが頷く。
「では、両者。『戦』にて八幡様に献上する方を!」
その言葉を合図に、羽衣を被っていた宗麟が一歩前へと出る。
ほぼ同じタイミングで大内家からも一人が進み出た。
「我が家からは、大友宗……ほんとに出さなきゃ駄目かのう?」
「義鑑様! 往生際が悪いのは実家でだけにして下さい!」
「じゃって、鑑理~~!」
義鑑がいつものようにゴネる。
しかし、彼女がここまで嫌がるのも無理はなかった。
『戦』は建前上、”神事”とされている。
神楽などの奉納舞と一緒だ。
そのために、戦関連の諸処は”寺社”が受け持っている。
この事により、『戦』の宣誓は宣戦布告を仲介した寺社が祀る神への献上品として、両御家が賭ける”男性”を一時奉納する。
その後、『戦』の勝者が”男性”を下賜される、という流れだ。
男性を物扱いしている事が良く分かる。
しかし、男性の扱いはどうであれ、立場としては”神よりの賜りもの”といった形。
預かる御家でも最高の待遇を用意しなければならなかった。
ただし、これはあくまでも建前である。
実際は男娼と似たような扱いをされている者も多くいる。
そもそも、寺社に納める精の供給源としての義務が生じているのだ。
この世界が男性にとってハーレムのような楽園かと言えば、決してそんな事はない。
それは男性もひねくれ者や人間不信、果てには傲岸不遜な者が続出するのも無理はないだろう。
そんな中、大友義鑑という女性の愛情は人一倍だった。
何故か農民に多く生まれる男性は、有力者の下へ強制的に養子へ出される。
つまり、その預かる側の人間に男子が生まれれば、寺社に報告をするだけで自らの子供を育てる事ができるのだ。
自らの産んだ子を、自らで育てる。
この時代において、母としてこれほどの幸福は他になかった。
そうなると、当然欲が出てくる。
「息子を取られたくない」「ずっと自分の側にいて欲しい」「誰にも渡したくない」
願いは至極当然のものだ。
一人暴走する事の多く、子供っぽい我儘を(鑑理に)怒られてばかりの義鑑。
彼女が「宗麟を隠そう」と後先考えずに行動するのも道理であった。
ただ、彼女の場合、下手に権力があったために、宗麟が12歳の元服を迎えるまでそれが可能だったのだ。
そして、寺社としても精を納める規定の年齢に達していなかった事もあり、宗麟は数年の出家という形で許された。
この偶々だけれども奇跡的に噛み合った環境によって、宗麟は育ったのである。
そう考えると、発端である義鑑が今更とは言え、『戦』で”宗麟を賭ける”事に大きな抵抗感を持っている事にも頷けるだろう。
勿論、諸将もそんな義鑑の感情を理解している。
また、彼女たち諸将にとっても、宗麟を差し出す事に忸怩たる思いを抱いていた。
大友家の皆は、正しく宗麟を愛していたのだ。
「母さん」
「宗麟……」
「じゃって、じゃってぇ」と涙ぐむ母・義鑑に。
宗麟はそっと近づき、抱きしめた。
「僕は大友家の皆を信じているよ」
「うむ!……うむ!」
「だから」
宗麟は一度そこで区切ると、
「僕は僕にできる事をする」
朗らかに。
それはもう、仏もかくやという綺麗な笑顔を浮かべた。
幸いにも羽衣を被っていたので、その殺傷力は減衰される。
それでも、
「そ゛う゛り゛ぃ~~~ん!!」
お母さんは号泣である。
宗麟の腕の中で一頻り泣いた――その後。
「大友家からは……大友家からは! 大友宗麟を献上奉るのじゃ!!」
決意の表情を浮かべた母、大友義鑑の姿があった。
そして、
「義鑑様……」
「なんだ、鑑理。泣いてんのか?」
「ぐっ!? な、泣いてないわよ!」
「へっ。そうかよ」
「道雪」
「んだよ」
「勝つわよ」
「当然」
「……必勝」
「お姉さんに後ろは任せて」
「石宗殿の策を元に、長増殿と私が最高の援護をしてみせます!」
「ええ、後ろは任せたわ。石宗、長増、鑑速」
「三人とも、焦ってコケんなよ」
皆は口角を吊り上げるように笑う。
一世一代の大舞台。
賭けるは戦国の華――男子。
譲れぬ戦いが、今、始まる!




