1-1. 原因は母、愛情が重かった
「実はの……この子は男子なんじゃ」
開幕の一言は、そんな頓珍漢な言葉だった。
広間に集まった諸将は時が止まったかのよう。
一段高い位置に座する、己が主を呆けたまま見つめていた。
いやいや、まさか、え、マジ?
と言った雰囲気である。
「い、いやあ、なんじゃ? だって可愛い我が子を取られるなんて嫌なんじゃ、もん!」
小柄な体をクネクネと揺らしながら愛想笑いを浮かべる女性。
体に合わせてふわふわとした長い黒髪が躍る。
最後の一言に力を入れて、何をアピールしたかったのか。
場の空気に耐え切れず言葉を発したのだろうが、笑いを狙ったのか、素で喋ったのか。
今一つ判然としない。
場は余計に冷えた。
「え……っと。つまり、塩法師丸様は、男子、だと……?」
恐る恐る手を挙げて発言したのは少女。
と言っても体格は、クネクネしている女性よりよっぽど大人だ。
集まっている諸将の中でも決して年配ではない彼女だが、ツッコみを我慢できなかったらしい。
少女にしてみれば尊敬し忠義を尽くすべき対象である女性に対して、この時ばかりは「馬鹿なの?」といった感情を抱いていた。
そして、その感情は少女に限らず、その場にいた大抵の者が持っていた。
馬鹿、なの?
と。
「じゃ、じゃってええ~!?」
一応は主だし、と遠慮して言葉にされてはいない。
それでも視線は口以上に物を言う時がある。
今が正にその時だった。
鈍感そうで子供っぽい見かけでも、その辺りは敏感に察知できたのだろう。
とうとう女性は一段高い板張りの床に頭を押し付け、涙声で言い訳を始めた。
その姿は幼い童が首を垂れる姿に瓜二つ!
これから降りかかる暴力に怯えるようである。
「戦なぞして、もし負けたらどうなるんじゃ!? ワシら大友家はそこまで強くないんじゃぞ!? 可愛い我が子を取られとうないぃぃぃ~!!」
当主がそれ言う?
といった呆れが諸将の口からため息となって零れ出る。
しかし、そう言いたい気持ちも僅かながらに理解できた。
出来て、しまった。
確かにこの時代、男子は希少。
しかも当主の下に産まれた男子ともなれば、真っ先に奪われる存在だろう。
ーー男子がとんと産まれなくなって早数十年。
その原因は未だに分かっておらず、当時は世情に大きな混乱と恐怖を呼んだ。
その中で”神の御業”を披露した寺社が勢力を持ち始めたものの、無暗に戦を起こして人が減るのは誰もが得をしない。
そこで!
御家同士の争いを白黒つける手段として最近の主流となったのが、
『男をかけて勝負する模擬戦』――通称『戦』である。
「この子を取られとうない~~!!」
女性は隣に座っている可愛らしい子をひしと抱く。
キョトンした顔をしているので、己を抱く人がどれだけの事をしでかしたのか、よく分かっていないのだろう。
「や、とりあえず落ち着きましょう、義鑑様」
「そうです、義鑑様。私たちも落ち着きます」
「何でそんな事したのか、後でお説教ですから。まずはどうするか考えましょう、義鑑様」
「義鑑様、本当に後で折檻ですからね」
「皆がワシをいじめるーー!?」
ぴぃぴぃと我が子を抱きしめながら泣く女性。
この人こそが、九州豊後一帯を治める大名――『大友義鑑』、その人である。
この場面を見る限り、ただの泣き虫の我儘にしか見えないが、れっきとした大名家のご当主様である。
子供にしか見えなくとも、これで三児の母でもある。
……本当である。
さてさて。
では、男の子を隠していた事の何が問題なのか。
それは、この世界の男の子を「寺社」が管理している事に起因する。
すなわち、
「どうやって西寒田神社に言い訳するんですか? 普通に僧兵事案ですよ、隠し子とか」
「「「ほんと、それ」」」
可愛い御世継を護るために、まずはその問題を解決しなければならなかった。
しかし、
(((我が御家に男の子? 守るよ、勿論。絶対、どこの家にも渡さん!!)))
諸将の心は、当主をほっぽり出して一つとなる。
当の本人である男の子は、やはり事情をよく分かっていない様子で、ぐずっている母をあやしていた。
「母さん、当主なんだから泣かないで」
「やだ、息子にときめいちゃう、ワシ」




