作戦は迅速に
「ん?……おい、何だか軍人の数が減ってないか?」
「はあ?そんな訳無いだろうに」
「いやしかし、いつもより人の出入りが……」
「そういう日もあんだろ?」
「……まあ良いか」
ティスラー軍の前線基地、其処に併設された仮設酒場の客人の中には、違和感を覚える者も居た。
この酒場は、長丁場になると判断した軍のお偉方が指示して出させたものだ。その役割は、士気の向上及び維持する事。いずれは前線ではなく中継地点となる予定である為、このような処置が取られている。
酒場のマスターは元軍人で、隊長も経験していた。その手の事にも詳しいからという理由で指名されていた。
「いや、確実に減っているさ」
「お、マスターもそう思うかい」
「ああ、しかし気にする事もあるまいよ。…確か、そろそろ補給部隊が戻る頃合いだ。恐らくそいつらが居なくなったんだろうさ」
「なんだ、そういう事かよ」
役割の都合上補給関係にも携わっているだけに、マスターは心配無いと若手の軍人に告げる。しかし、この話は半分正解で半分間違っていた。
「しっかしよぉ…ずっと待機命令のままだが、何時仕掛けるんだ?」
「さてね、俺が聞いたのは秘密兵器とやらの調子が悪いってんで、調整に必要な物を取り寄せてるらしいぜ。だから、あと数日は待機のままだろうな」
「んだそりゃ……。このままじゃあ腕が鈍っちまいそうだ」
「訓練くらいすれば良いだろうに」
「へっ、戦争に向けて体調を整えてんだよ」
「だったら、こんなとこに来ちゃあいかんだろう」
「おい、こんなとこで悪かったな」
「ああいや、すまんって。言葉の綾だよ」
今前線基地で起こっている“事件”とも言える出来事に気付かないまま、戦争のせの字も感じられない和やかな雰囲気で酒を飲み続ける兵士達なのだった………………。
「随分と不用心な人が多いのね。軍事国家だと聞いて警戒していた私が馬鹿みたいじゃない」
『そんなもんさね。前線とは言え、あたしらの国迄の距離はかなりある。近くの森もそれなりの距離がある上、目の前は障害物も無い平地だから接敵にも気付き易い。まあ、見張りに任せきりというのは感心しないがね』
「そうね。……さて、行動開始しましょうか」
私達は今、敵地に潜入している。
最初は偵察だけの予定だったのだが、此処の軍勢は1人も精霊を見る事のできる人が居なかったので、そのまま潜入する事にした。勿論、私は魔法で透明化しており、テュールは元の姿である。
念の為にと、出発前に学院へ1週間の休学届けを出した所、学院長直々に今後は自由登校ならぬ自由出席で良いとの返答が来た。更に、私は今年度を以って卒業となるらしい。ただ、選択授業はあと2回受講して欲しいとの事だ。
エイミさんに貰った例のレリーフが関係しているとしか思えない。なので、どういう事かと確認すると、既に私は卒業条件を満たしているとの返答があった。条件そのものは教えてもらえなかったのだが、一応過去にも何人か飛び級して卒業した人がいたそうだ。
現在、中の様子を確認しつつ、1人になった人から順に亜空間―――時間停止仕様―――に放り込んでいる所だ。誰かしらが異変に気付く迄此れを続け、騒ぎになりそうであれば囮用の魔具を使い、同時に外で待機しているティアへ合図を出すつもりだ。
来て早々に、輸送部隊とやらが帰還しようとしていたので、道中の広範囲を座標指定し、全員が範囲に入った瞬間に亜空間へ放り込んだ。
あれ程警戒していたのに、私の気配に気付く者は居なかった……のだが―――
「テュール。この子達が何なのか、わかる?」
『……いや、あたしの記憶には心当たりが無いね』
「ウウゥ…ァァ……」
「イヤ、ヤァァァッ…」
――正確に、テュールの方へと視線を向けて怖がっている子供達が檻の中に居た。
(あら、ケモミミの子も居る。……獣人?)
布で仕切りをされただけの、天井も無く野ざらしな空間。そんな場所に、檻があった。
その中に居る子供達は、何人かは獣の耳をしている。私がわかるもので、犬・猫・狐・兎の4種。他にも居るが、何の耳かがわからない。共通しているのは、頭に緊箍児―――西遊記の孫悟空が頭に着けている物―――のような物を嵌めている事だろうか。
見た目だけならラノベでよく出る人間寄りの獣人だ。しかし、この世界に獣人という種が居るとは聞いた事が無い。何故か半神人となっている私だが、その説明の中に獣人の単語は無かった。
という訳で全員を視てみた所、能力に差はあれど皆同じ魔獣人という種だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<魔獣人>
人と魔獣の間に産まれた種族。通常では交配不可だが、特殊な薬を服用させる事で遺伝子情報に影響を与え、交配可能となったもの。姿は母胎に寄り、特徴は両者のものを受け継ぐ。新種。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………へぇ」
所謂人体実験というやつだろう。恐らくは戦力が欲しくてやったのか、この場に居るという事はつまりそういう事なのだろう。
その事に思い至ると、怒りの感情が抑えきれなくなった。
『ユリア、殺気が漏れてるよ。抑えな』
「――ああ、うん。ごめんなさい」
目の前の子達が、一瞬ビクッとして私の方を向き、其れを見たテュールに窘められてしまった。
赦せないよね。こんな場所に閉じ込めて。
其れに……。
「こんなに怯えて……」
『いや、今この子達が怯えてる原因はあたしとユリアだよ』
「……………」
違ったらしい。
………ま、まあ、其れは其れとして、このまま放っておくのも良くないだろう。このままだと、戦争に利用されるだけだと思うし……。
少し悩んだが、私は檻ごと亜空間に入れる事にした。
『…どうするんだい?』
「全部終わったら、あの子達に聞いてみる。今後、どうしたいのかを」
今は時間が無い。
ゆっくりと話すのは終わってからでも遅くは無いだろうし、行く所が無ければ居場所の提供くらいならできる。
其れは兎も角……。
「数人とはいえ、何で私やテュールに気が付いたんだろう?」
『恐らく嗅覚が優れていたんだろうさ。ユリアが殺気を放った後、あの子らの鼻が僅かに動いていたからね。臭いで居場所を特定したんだと思うよ』
「……そうなのね。じゃあ、テュールは?」
『気配だろうね。魔物や動物の怯え方と似ていたよ』
「そう」
(特徴を受け継ぐ…ね……)
何とも言えない気分になってくる。私が面倒を見るのは逆効果だろうか?
常にでは無いにしろ、今後もテュールとは一緒にいるつもりである。テュールの気配が怖いのであれば、少なくとも同じ空間には居られないだろう。
『――おや、誰か此処に来るみたいだよ』
「隅で隠れて、様子を見ましょうか」
場合によっては派手に行動する事になるので、囮を使う必要も出てくる。
(いや、でも……)
入口は1つだけ。
入って来た瞬間に亜空間に放り込むのも有りかも………?
(いやいや、軍人じゃなかったらいけないし……)
一応前線基地な訳だから、一般人は居ないとは思う。でも、万が一という可能性もある訳で……。
そう、強制的に従軍させられているだけの軍人以外の人とか。ある意味被害者だという人も中には居るかもしれない。だからこそ、こんな面倒な方法を取っているのだ。
何はともあれ、見てから決めよう。
私が隅へ移動すると、間を置かずに人が入って来た。
「お~い、餌のじか……んっ!?」
入って来た男は、カートに食事らしきものを載せて現れた。だが、中の様子を見た瞬間に固まり、動かなくなった。
他に誰かが来る気配は無い。
服装も雰囲気も、軍人という感じはしない。しかし食事を持ってくるという事は、関係者で間違い無いとも思う。
私は忍び足でスーッと近付き、声を上げる前に亜空間に入れた。
『……もう基地を丸ごと余所へ持って行った方が早くないかい?』
「ダメよ。誰も居なくなった前線基地って事に意味があるのだから」
人だけが居なくなる前線基地。
原因もわからないそんな場所に、追加の人員を送ろうと思うだろうか。
調査隊の派遣くらいはするだろう。
では、その調査隊までもが突如行方を暗ませたら?
『やっぱりユリアは普通じゃないね。…まあ、好きにやんな。あたしは戦争さえ無くなれば良いからね』
「ごめんね、時間掛けて」
『構わないさね。別に精霊が危険な目に遭っている訳でも無し、あたしからすれば時間は問題じゃあ無いのさ。だが、あたしは良くてもティアは待ちきれないんじゃないかい?』
「あー………」
今回の作戦行動には、ティアも一緒に来ている。だが、前回ちょっと拗ねていた事もあり、御機嫌取りという意味合いが強い。
「前線基地に駐留している兵が、急に出陣や移動をされては困るから念の為に」
そう言って、今は前線基地近くの森で待機してもらっている。陽動の際には合図をするから協力してねと言い含めて……。
スー達もついて来たがっていたのだが、基地内部は危険だからと説得してティアと一緒に待機してもらっている。暇な時間が多いだろうから、終わったら沢山相手をしてあげよう。
ただ、待機していたのに出番無く終わってしまった場合、スー達は良いとしてもティアは拗ねる気がする。
(拗ねたティアは手強いんだよねー……)
「ま、まあ…何とかするわ」
『クカカッ、大変だねユリアも』
(テュールの笑い方って独特)
軽く現実逃避しながら、私は黙々と作業を続けていった。
夜、残った兵士の見張り以外は全て寝静まった。
気が緩んでいるのか、単に警戒心が薄いのか、周囲の人間が減っている事に誰も気付かず、騒ぎが起きる事なく時間が過ぎていった。
陽動が必要無くなったという事であり、ティアが拗ねるのが確定してしまったという事でもある。
『もう良いかい?』
「ええ、大丈夫みたい」
私の言葉を聞いて、テュールが人型になる。
「はい、此れ」
「ふむ…此れを起動すれば聞こえなくなるのかい?」
「ええ、使い方は説明した通りよ。範囲だけ注意してくれれば良いから」
「あいよ」
テュールに渡したのは簡易防音結界装置。
物音で起きる人が居るかもしれないので用意した。使用者が動くと効果が切れるという欠点がある為、テュールに起動してもらって私が行動するといった役割分担にしたのだ。
早速、見張りから順に急襲した。
単独の人はそのまま、複数で居る場合は1人を酸欠にして意識を奪い、他が寄って来た所を纏めて亜空間に放り込んだ。
仮設の寝所にも格差があった。
恐らく階級で変えているのだろう。豪奢になればなる程に、1部屋あたりの人数が少ない。
防音しては亜空間に放り込み、防音しては………と、黙々と続ける。慣れてきてからは完全に作業と化していた。
終わる頃には、空が薄っすらと明るくなり始めていた。正直眠い。
「……一段落ね」
「一旦休みな。周囲の警戒はあたしがやっといてあげるよ」
「そうね、お願い……いえ、先にティアを呼びましょう」
「あぁ…そうだね」
待機しているティアのところへ行くと、案の定拗ねていた。
時間は掛かったが何とか宥め、一緒に前線基地へ戻って仮眠を取る事にした。しかし思っていた以上に疲労していたのか、寝所を綺麗にした私は、仮眠どころかそのまま泥のように眠りについた……………。
ユリアが眠った後、周辺を探る。
この場から、人の足で1日程度の距離には誰も居ない事を確認し、警戒はそのままに再度ユリアを眺める。
「もう少し、あれこれ手伝えと言われると思ったんだがねぇ……」
本来ならば、この場の制圧や戦争に関して言えば、ユリアは全く関係無い。
精霊の安寧の為という、ただそれだけの理由であたしがユリアに願った。勿論ユリアにならできるだろうという確信があったからだが、それでもユリア自身にやる義務や理由は無かったんだよ。
ユリアには感謝している。
永い眠りについていたあたしに、自由に動ける今をくれた。
眠りにつく当初、あたしはもう2度と目が覚めないと思っていた。其れでも仕方が無いのだと諦めていたのさ。
期待していなかった訳じゃあ無い。しかし、相当難しい―――不可能に近いという事には気が付いていたからね。
意識が戻った時、表情には出さなかったがかなり嬉しかった。
久々に会話した。其れも、あたしの事を怖がる事も無かった。昔でさえ、成長途上であったあたしを怖がる者は沢山居た。成熟してからは言わずもがなだね。
だけど、ユリアは違った。
本人は気が付いていないみたいだったんだが、あたしのように古くから存在する精霊は、その生きてきた時間に見合う存在感が圧となって具現化する。其れはつまり、精霊が見える者にとっては圧力を感じ、無意識の内に恐怖を覚えるものなのさ。動物や魔物があたしを恐れるのも、気配に敏感で見えずともその存在を感じ取れるからなんだよ。だが、ユリアからは怯えた様子が見られなかった。
稀に平気な者も現れるが、其れは魔力の強い者のみ。保有量だけでなく、質や密度も。
つまり、ユリアはその魔力の強い者だった訳だね。
あたしにとっては幸運だった。だから、名付けを頼み契約を望んだ。その時に、ユリアが望むのなら、あたしは力を貸す事に決めたのさ。又、望まずとも、ユリアに不利となる事態は回避させるとも。
正直、今の時代の現状を知った時には、王族には失望したんだがね。
其れでも、国には愛着がある。
だから、この国に生きる精霊の為に争いは止めさせると決めた。しかし、あたしがやる場合は殲滅しか選択肢が無いんだよ。器用じゃないからね。
今のこの状況はあたしの我儘さ。だがその分、ユリアに頼まれれば協力を惜しむつもりは無かったんだがね……。
結局ユリアが頼んだのは、移動と魔具とやらの起動だけだったのさ。
驚いたね。
らしいと言えば、らしいのかもしれないね。
そんな娘でなけりゃ、あたしを起こすだけでなく自由にしようとは思わないだろうからね。
嬉しいんだが、心配にもなる。
ユリアは他人に施しをするんだが、自分が頼る事をしない。……いや、簡単な事は頼んでいるようだが、困難な事や大規模な事は自分で抱えるんだよ。
あたしは未だ付き合いが短いんだが、其れでもそう思ってしまうね。
「この先、ユリアを支える人が現れると良いんだがね………」
誰にともなく、あたしは呟いた―――――
ブクマと評価、誤字報告多数ありがとうございます。
読み返してるのに誤字があると恥ずかしいですね(/ω\)




