王都の教会
貴方は神を信じますか?
あ、いえ、別に怪しい宗教の勧誘ではありませんよ?フィクションに出てくる神では無く、よく聞く八百万の神みたいな、どんな物でも大事にしてねといった意味を含む存在や、心の拠り所的な存在を信じますかという事です。私の場合、存在は信じてますが、信用はしていない感じですかね………
カレーを作った2日後、その間特に目新しい発見も無くゆったり過ごしていた。
さて今日は何処へ行こうと考えていると、使用人の会話が聞こえてきた。
「で、その人はどうしたの?」
「それがね、頼る人が居ないからって教会に縋ったらしいよ」
「えー?でも縋ったところで聖女様が居ない今、あまり意味ないじゃない」
「そうよね。それに今の教会には悪い噂が———」
「ねぇ、ちょっと良いかしら?」
「え?あっ!お嬢様!!……ど、どうされました?」
少し気になる事があって話しかけただけなのに、異常にビクッとした反応をする2人。
「先程教会がどうとか言ってたけど、王都には教会があるの?」
「あ、はい!……と言うよりも、王都にあるのが本部で、他の主要な都市にもございます」
「そうなのね。それで、何処にあるのか教えてくださる?」
「えっと、お嬢様は行かれない方が宜しいかと思いますが………」
「あら?そう言えば先程、悪い噂がどうとか言ってましたわね」
「え、あ、その……えぇっと…」
「何か不都合でもあるのかしら?」
視線がずっとキョロキョロしていて、合う事がないこの状況は、何か隠してますと言っている様なものだ。
「いえその、今の教会には良くない噂話ばかりが広がっておりまして」
「その噂話とやらは、私に関係がありまして?」
「あの、お嬢様にと言いますか、貴族子女の方々に関係があります」
「教えてくださるかしら?」
「えと、その……」
「お・し・え・て!」
「は、はいっ!!」
スッと近付きながら、声に圧を込めてみる。そして表情は微笑んだままなのが脅しのポイントだ。
「さ、最近教会に行った子供が行方不明になったと騒ぐ方や、まるで別人の様になったと騒ぐ方も居て、そのどれもが貴族の方々なのですが、その………どの話も明確な証拠が無いので、噂話で広まってるだけなんです」
「そう………」
(行方不明は家を調べればわかる気がするけど、誰も調べてないのかな?……それに別人云々も本人を知ってる人が見ればすぐわかると思うけど………)
「でもちょっと用事があるから、やっぱり行くわ。付き添いも居れば、滅多な事は起きないでしょう?」
「で、ですが……」
尚も渋る使用人に無理矢理場所を聞き出し、リンとこの屋敷に勤めている男性の使用人を連れ、教会へ向かった………
「ここ?」
「はい、間違い御座いません」
男性の使用人に促されて中へ入ると、豪奢な内装をしたフロアが目に入った。
(威厳があるって言うより、ただただ贅沢してますって感じに見えるなぁ………前に写真で見た事のある大聖堂でもここまでじゃ無かったよ)
「視界の暴力だわ………」
「?どうかなさいましたか」
「いえ、何でもないの」
思わず呟いたのを聞かれ、何でもないと返し改めて辺りを見回すと、此方に気付いて近付いて来る人が居た。
「ようこそお越し下さいました。私は、司祭の位をいただいておりますマールと言います。本日はどういった御用件でしょうか?」
「ご丁寧にありがとうございます。礼拝ができればと思い来たのですが、大丈夫ですか?」
「はい。今丁度礼拝室は空いておりますので、此方へどうぞ」
「あ、その前に……リン」
「はい!………お納めくださいませ」
リンがお金を包んだ小袋を差し出すと、マール司祭は少し驚いた後、付近に居た人を捕まえて渡し、持っていく様に指示していた。
教会と言えば寄付金かなと思い、事前に準備していたのだ。
今後の為にも、少しでも良い印象を与えておけば、不利益になる可能性が減るだろうとの心算である。
礼拝室に案内され中に入ると、信仰の対象であろう女性型の像が有った。
「ではこれより、礼拝に関しての説明を行わせていただきます」
「お願いします」
「まず礼拝はお1人ずつとなり、他の方は一度外へ出て待機していただきます」
「1人なんですか?」
「はい。女神様からの神託や接触がある可能性がございますので、お1人で行っていただきます」
(信託は兎も角接触って何?ここに現れるの?)
「そして、もしもそれらがあった場合には報告してください」
「それは個人的な事でもですか?」
「ええ、女神様の行った事は神聖なものです。なので詳らかにする必要があるのです」
(何一つ理解できない事言ってる気がする)
「ではどうぞ、心置きなく祈りを捧げて下さい。失礼します」
「あ、はい」
マール司祭は、私の付き添いで来ていた2人にも同様の説明をして一緒に出て行った。
改めて像の方に向き直り、正しい祈り方は知らないので、適当な位置で膝を着いて手を組み、目を閉じてみる。
(私の前世は散々でしたが、今はそれなりに楽しいです。でもどうせなら前世でももう少し幸せが欲しかったです)
———それは私に言われても知らないわ———
「………え?」
ふと脳内に声が響いた気がして目を開けると、先程まで居た場所では無く、白い空間の中に1人で居た。
あれ?と思い見回すと、後ろに一部庭の様になっている場所があり、そこにはテーブルと椅子があって女性が1人でカップを片手に此方を見ていた。
「ん?……えーと?」
「此方にいらっしゃい」
「え?あ、はい…」
先程脳内に響いた声と同じだと思いながら、誘われるままにテーブルに近付くと、空いている椅子が勝手に引き下がった。
(座れって事かな?)
何も言われないので椅子に座ると、目の前にカップが現れた。
(うわー……どう見ても普通じゃない現象のオンパレードだ)
「お久しぶりね」
「え?」
「あら?………あぁ、成る程」
連発する不思議現象に戸惑っていると、急に話しかけられた。それも以前会った事があるかの様な言い方で、頭に疑問符を浮かべている私を見て、何かを納得したのか1人頷いている。
「一部記憶が閉じたままになってるみたいね。このままだと話を進め辛いから、ちょっと失礼するわ」
「え?………あ———」
いつの間にか隣に居た女性が私の頭に手を当て、何か呟いた後に息を吹きかけられた。その直後、走馬灯の様に頭の中で記憶が再生されていく—————
意識がはっきりとした時、真白な空間に立っていた。
何処を見ても何も無く、自分が立っているのも意識しなければ気付かない程感覚が曖昧だ。
ここに至るまでの経緯がわからないが、直前では確か通り魔に刺されて倒れていたはず。それに、あれはどう考えても助からなかったと思う。
「………傷が無い」
腹部の確認をすると、刺された箇所は傷は疎か、服も切れ目が入っていない。
現状体に問題は無いが、場所に心当たりが無い。
「移動しようにも———」
「いらっしゃい」
何処に行けば………と言う前に遮る様に話しかけられ、声のした方を振り向くと女性が椅子に座っていた。
「えっと、何方ですか?」
「あら、貴方の世界では人に名を尋ねる時は自分からと言うのでは無いの?」
「そ、そうですね。僕は甲斐 優哉と言います」
「そう、知ってたわ」
「は?」
人を揶揄っているのだろうか?
いや、それよりも気になる事を言っていたので確認が先かと心を落ち着ける。
「貴方の世界……とは?」
「説明が面倒だわ」
「………………」
思わずジト目になる
「わかったわ。言うからその目は止めて」
「お願いします」
「そうね、先ずここは貴方の居た地球では無いわ」
「それは……まあ、何となくですがそんな気はしてました」
「そして貴方は今死んでるわ」
「………生きてますよ?」
「はぁ………それは生きてる時の状態を真似て創った仮初の体よ。味覚や触覚は無いわ」
「そ、そうですか」
言われてみると、確かに触った時の感触が無い事に気付く。
「納得したかしら?」
「一応は………」
「そう、なら次に、貴方が死んだ理由だけど、地球の管理をしていた神の職務怠慢ね」
「え?神?」
「あぁ、貴方にわかる表現をしているわ。ただの呼称と思いなさいな」
「あ、はい」
「それでその職務というのが、運命の輪の管理ね」
「運命の輪?」
「そうね、運命と言うのは循環しているの。巡っていると言えば良いかしら?そしてそれは人の場合産まれた時から決まっているのだけれど、基本的に放置していると他の影響を受けて輪から外れるの」
「外れると、どうなりますか?」
何となく結果はわかってしまったが、はっきりと聞きたかった。
「貴方の様に不遇な人生を送って、やがて死ぬわ」
「そう………ですか」
やっぱりと内心思い、続きを聞く。
「今回の件は重要視されたから、即座に対処する事になったの」
「対処?」
「今貴方が此処に居るのが答えよ」
「え?じゃあ死んだら必ず来る場所じゃ無いんですか?」
「当たり前じゃない。1日でいったい何人が亡くなっていると思ってるの?全員来ていたら本来の職務ができないじゃないの」
「なる……ほど?」
「さて、理解したかしら?」
「えと、此処に来た理由はわかりましたが、この後僕はどうなるんですか?」
「それは今から話す内容よ」
「あ、はい」
自分で言い出した事だが、死んでいるなら今後も何も無いのでは?
「貴方は私の管理している世界で生まれ直してもらうわ」
「貴女の?」
「そうよ、それより貴女と言うのはやめ………そう言えば名乗らなかったわね」
「………………」
「その目は止めて欲しいわ………ちょっと癖になりそうだから」
「で、お名前は?」
もう遠慮する気が無くなってしまった。
「私はレイエルよ。敬称無しで呼ぶ事を、特別に許してあげるわ」
「それは……どうも」
「……呼ばないのね。まあ良いわ。話を戻すと、産まれ直すと言っても、一応優位に立てる様手は尽くすわ」
「それはどういう?」
「そうね、そもそも私の世界は、貴方の居た地球と違っているの。今回は記憶のある状態で生まれ直すから、戸惑うと思うわ」
「違いを教えて貰っても?」
「そうね、身近な所で言えば衣食住がちがうわ。家と衣類の差は少ないけれど、食文化が結構違うわね。それから重力が地球の9割程度ね。後は………そうね、生き物あたりも違うわね」
「生き物?………動物とか?」
「それも含めての生き物よ。精霊や妖精といった普通の人には見えない種族も居るわ」
「え?……何かゲームみたいだな」
「そうね、地球に存在するゲームの世界を参考にして創ったもの。と言っても細かい部分は面倒で適当にしたけれど」
「適当って……」
「だから魔法とかはあるけれど、ステータスといった物は無いの」
それなら具体的な数値を示して要望を出せないじゃないか………
「さて、何か要望はあるかしら?」
「………技能の習得が早くなる様にして欲しいかな」
「あら?それだけで良いの?」
「まあ、習得が早ければ何とかなるかと。それに魔法があるなら、大抵何とかなると思うし」
「魔法は誰でも使える訳では無いわ」
「え!?」
「使える様にしておくから、安心しなさいな。後はそうね、身体も頑丈にしておくわ。死にたく無いでしょう?」
「ありがとうございます」
「それと、一度記憶は封じるわ、大体自我の確立する5歳くらいで思い出すようにしておくから」
「え?自我って5歳くらいでしたっけ?」
「私の世界ではそうなのよ」
「はあ、そうですか」
「他に何か無いかしら?」
「いえ、無いですよ」
「そう、じゃあ行ってらっしゃい」
そう言って手を振るレイエル。
段々景色が薄まってきた所で、一つ聞き忘れがあった事を思い出す。
「そう言えばレイエル」
「?何かしら」
「向こうで僕は何をすれば良いの?」
「特に無いわ。好きにしなさい」
「え?………あ、なら好きにしますね」
「ええ、またね」
薄れ行く景色の中で、レイエルの微笑みが印象に残ったのだった—————