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閑話~報告と苦悩④~

 北の情勢が危うい。

 手元の資料を見て、この国の国王―――ワンド・イス・リャーヤはそう思った。

 鬼気迫る勢いに、又必要性にも納得して一度は許可した軍備の増強。しかしその後の報告を聞くに、準備事態は以前から行っていたとしか思えない内容。裁可した直後には、約5千人分の装備が揃っていた。

 その時点で問い詰めるべきだった。

 計画は随分前から練られていたらしく、北の国に侵攻の準備があるのは本当の事だが、偶々丁度良いタイミングだっただけのようだ。何故なら、実際に北の国を調べたのは軍備の増強を決めた後だったのだから。

 であれば、順番が違う。

 奏上の際、北で戦の気配があると報告があったから考慮するに値したのだ。違うのであれば、只の暴走であり独断専行とも言え、自ら戦争を仕掛ける為に行ったと考えるのが妥当だろう。しかしながら、噓から出た実。順番は違えど、北の国が実際に戦争の準備をしているのは間違い無い。だからこそ、この件では独断専行で責める事が難しい。

 今は情報収集に努めるしか無さそうだ……。


 北の調査報告が届いた。

 どうやら、北の隣国では無く、更に北の軍事国家が動いているらしい。

 侵攻理由は調査不足により不明だが、何やら不可侵条約を無視する何かがあるのだと思われる。

 軍事国家ティスラーは我が国に侵攻した過去があり、御先祖様方が精霊達の協力の下、非常に少ない犠牲で返り討ちにしたと聞く。その際に、他国への侵攻―――正確には南側への侵攻をしない事を条件に停戦していた。つまり、現時点で条約を破っている。

 しかも、開戦宣言無しで事を起こそうとしている。

 各国からの非難は必至だ。


「其れでも尚、強行する理由がある…か」

「……陛下?」

「ああいや、何でも無い」


 結局、北に関してはこのまま辺境の判断に任せる事とした。



「……………な、何?」


 久しぶりに妃とゆっくり過ごしていた俺は、自分の耳を疑った。


「ですから、学院への通達をお願いしますね」


 新たに、学院行事として今年から始まる魔法競技会。

 その内容から、人材発掘を目的としているのは誰の目から見ても明らかだ。当然ながら、正当な評価以外は何の意味も持たない。だから妃は、不正をしないようにと注意文を通達という形で出せと言う。


「いや、態々そんな事をしなくとも、学院側も理解しているだろう?」

「何を仰るのです。今学院には、王子が2人在籍しているのですよ。教員が不正をしなくとも、生徒が自発的に譲る心配をしなくてはなりませんわ」

「いやいや、未だ子供だろう?…自分の力を誇示したい年頃だと思うんだが……」

「はぁ……。ダメですよ、そのような考えでは。不干渉が原則とは言え、子に言い聞かせる親は今でも……いえ、今だからこそ結構な数いるのです。将来の為、心証を良くしようと擦り寄る者も出てくるでしょう。その逆に、学院外での立場を持ち出す不届き者も出てきますわ。勝敗という、わかり易い餌が目の前にあるのですもの。絶対に利用する者が出てきますわ」

「………考え過ぎでは無いのか?」

「あらあら、陛下は心当たりが御座いませんの?」


 妃は微笑んでいるが、圧が強い。

 言われて思い返してみるが、周囲を気にしていなかったが故に心当たりが無い。と言うよりも真面に思い出せない。


「ふふふふ、思い出せませんか?」

「いや、その……」

「まあ、そんな事だろうと思っていましたの。自覚は無いようですが、取り入ろうとしていた者は(わたくし)が排除していましたのよ。……あの頃は大変でしたわね」


 突然遠い目をして妃が呟く。

 知らない所でも苦労を掛けていたのだと、改めて気付かされる。


「……わかった。正式に通達を行おう」

「ふふふ、宜しくお願いしますわね」


 掌の上で転がされている気もしたが、妃相手なら悪くないと思っているのはもう手遅れかもしれない。



「次から次へと……」

「?……如何なさいました?」


 執務室にて、報告書を確認して思わず呟いた言葉を宰相に拾われる。


「クハウ伯爵が何やら画策しているようだ」

「クハウ伯爵……ああ、慢心貴族ですか」

「ん?…何だ其れは」


 聞き覚えの無い別称が聞こえた。


「いえ、先代は非常に好ましい人物だったのですが、その息子とは思えない程思い上がった方でしてね」

「思い上がる……」

「ええ、御自分の領地では取り繕えているようですが、社交では結構なボロを出しているんですよ。貴族間では有名ですね。領地が街1つでなければ、取り繕う事もできていないでしょうね」

「ほう…そんなに酷かったのか」

「まあ、良くも悪くも小悪党と言った所でしょう。そのお陰か、陛下の前では大人しかったので、陛下がご存知でなくとも仕方は無いかと」


 何となく嫌味を言われた気もするが、きっと気の所為だろう。

 兎に角、今はクハウ伯爵への対応だ。


「其れで、クハウ伯爵が何か?」

「あ、ああ……何、関税を一部引き上げるようだが、どう見ても1つの商会を狙い撃ちしているのだ」

「ユリア嬢の商会ですよね。其れなら存じております」

「………え?」

「王妃様よりお聞きしております。ただ、手は出さなくとも問題無いとの事でしたので、根回し等何もしておりませんが……。其れと、素が出てますよ」


 ちょっとショックだった。

 妃からは何も聞いていない。しかし、宰相は聞いていたと言う。

 いや、だが……。


「此れは放っておいても良いのか?」

「関税を上げただけなのでしょう。…領地の税金はその領主に裁量権があります。基本的に我々は口出しできません。民が貧困に喘いでいるのであれば事情は変わってきますが、幸か不幸か領民に対する税の徴収は我が国で最も低いのです。その他の悪事は残念ながら物的証拠が無く、我々が動く理由を作れません」

「むう……」

「其れに、ユリア嬢は対策しているみたいですよ」

「何?」

「王妃様の()()が頑張ったようで、確たる情報として持ち帰ったそうです」

(今回は目も動いたか……)


 目や耳と言われている者は、妃がその才を見出して直接部下にした者達である。その者達も妃に恩を感じている為、どの状況下に於いても妃の意向を最優先にしている。以前にも、妃だけが先に情報を入手して裏で動いていた事があった。最近は特にユリアが関係する事に注力している。

 何故こうも優秀な人材には偏屈な……変わった……個性的な者が多いのだろうか。

 この国のトップなのに………と思いながら、会話を続ける。


「内容を知っているのか?」

「いえ、其処迄は教えて頂けませんでした。代わりにと言う事かはわかりませんが、クハウ伯爵が例の北の勢力に(くみ)するという事は教えて頂けました」

「……離れているのにか?」

「ええ。と言っても、物資提供…其れも、武具関係のようですから、人材は一切提供しておりません。元々出入りしていた商人を用いての事なので、傍目からは取引相手を増やした程度の認識でした」

「……であれば、追及も難しいか」

「ですね。クハウ伯爵は証拠隠滅能力だけは優秀で、記録の改竄等物的証拠になり得る物は残しておりません。過去の証言を複数人から得られれば別ですが、報告を聞く限り難しいでしょう。1回の取引量が少数だった事もあり、いくらでも言い逃れできますからね。その上、判明した時期が悪かったですね。平時であれば反乱分子として処罰の対象にできましたが、今は準戦時中扱いです。其れも取引先は北の辺境。寧ろ、結果だけを見れば支援をしているだけとも言えます」

「だが、記録の改竄は十分処罰の対象であろう」

「其れについても状況証拠のみです。捕縛し罪に問うには少し足りません」

「ぬぅ……」


 面倒すぎる。

 民衆には支持されており、動機は兎も角、結果だけを見れば善良な領主とも言える。一方で、貴族社会では慢心貴族と揶揄される程には悪評が流れている。つまり何かしらのボロは出しているのだろう。

 余りユリアにちょっかいを掛けられるのも困る。しかし、警告した所で素直に聞くかどうか……。

 この前、リズィからの報告でユリアの契約精霊が増えていたと聞く。

 王家の悲願も、もしかすると今代で叶うやもしれん。

 訳あって口伝も途中迄しか受け取っていないが、其れでも禁書庫にあった王家のみ閲覧が許される書物を信じるのなら、ユリアからの印象を悪くする訳にはいかない。

 我ら王族は勿論の事、この国に対しても不信や悪感情を持たれるのは困る。

 もしユリアが祖と共に在った精霊様を眠りから覚ませることができたのならば、その精霊様―――ルースリー様は必ずユリアの意に沿う行動を取るだろう。

 建国に携わった方だからこそ、国を亡ぼす事は無いと思いたい。しかし、ユリアが国外へ行く事への協力は惜しまない筈。

 まあそもそもの話、ルースリー様の眠る場所を知らない。書物にも、精霊が導くと書いてあるだけで、具体的な場所等を特定できる事は載っていない。もしかしたら、口伝の残りにその辺りが有ったのかもしれないが、今となっては確認のしようが無い。書物に載っていない理由も、可能かどうかは別として悪意ある存在から守る為かもしれない。

 今迄の報告から察するに、ユリアはこの国に未練が無いと思われる。其れこそ、家族や友人が居るという事だけがこの国に残る理由足り得るのだろう。

 もし、余計な手出しの末にユリアの家族、友人に危害が及べば……。


(考えたくない……)


 兎に角、クハウ伯爵は危険だ。

 このまま放置すれば、そう遠くない未来にユリアへ直接手を出すだろう。

 強引な手段を取ってでも何とかしなければならない。

 でなければ……。


(安心して王位を継承できんではないか)


 詳細を話せないながらも必死に頭を働かせ、何とか宰相に良い案は無いかと泣きつ……相談する事になった。



 学院の恒例行事―――研究発表会と撃剣試合―――と新たに加わった魔法競技会が終わり、研究発表会で優秀な内容だった者達への表彰を行う為の準備が進められていた。

 今回は3人が表彰され、その中には当然の様にユリアの名があった。

 撃剣試合を見ていた為に、魔法競技会の方は妃が見に行っていたのだが、其処でもユリアは理解不能な魔法を披露したらしい。

 空中での水球の維持。此れはまあわからなくも無い、実際に騎士団の中にもできる者は存在する。規模を考えなければだが……。

 そしてその水球の中に、氷で生成された魚を泳がせたと言う。その光景は幻想的で、とても人が創り出したものとは思えなかったそうだ。……ちょっと何を言っているのか意味がわからない。

 これらを興奮気味に報告してきたのはリズィだが、正直あの気迫は怖かった。もっと落ち着けと言ってやりたい……。


 表彰式は段取り通りに進んだ。

 毎年の事だから何も問題は無かった。

 ただ、ユリアの研究の成果に対する褒賞が足りないと臣下から文句が出ていた。

 仕方が無いではないか。妃が爵位の授与はダメだと言うのだから……。

 本来であれば、ユリアの研究は歴代最高評価となった為、過去に1度しか出た事の無い魔法伯という一代限りの特殊法衣貴族位を与える筈であった。この爵位は、魔法・魔術・魔具に携わる研究で一定以上の成果を上げた場合にのみ与えられる。過去の1度は、魔具を一般レベルで普及・使用を可能にした功績で叙爵したもので、当時普通の爵位を与え辛い状況下にあった為に新設された。階級としては伯爵以上侯爵未満といったものだ。

 妃が反対した理由ははっきりとは判っていない。しかし、何やら「今は不味いのです」と有無をも言わせぬ気迫で説得されてしまった。

 不満を申す臣下には「後日改めて褒賞を与える。しかし未だ準備が整っておらぬ故、今回は表彰の盾とバッジのみとした」と言い訳した。

 実際には何も決まっていない。と言うよりも時間が足りず、見合うものの選別ができていない。

 下手に見合わない褒賞にしてしまうと、不満を口にしていた臣下が勝手をする可能性がある。

 ……………一番の問題は、ユリアが何も気にしていないという事なのだがな。無頓着なのか、実は何が起きても自身の力で解決できると思い上がっているのか……いや、思い込みは視野を狭めると聞く。可能性の1つとして考えるに止め、結論は出すまい。


 各大臣との会議を重ね、ある程度の目途を付ける事ができた。

 やはり魔法伯は授ける方針となった。ただ、今は学院に通っている為、卒業を待って叙爵という形になった。

 一部の大臣は法衣ではなく土地を与え、領地を治めさせては如何かと奏上してきた。主に、ユリアが魔法競技会で行使した魔法を見ていた者達からだ。恐らく、ユリアの魔法による土地開発を行わせようという魂胆なのだろう。


(成功した場合の後の事は考えていないのだろうな……)


 奏上してきた者達の顔を思い浮かべ、確か他者を利用する事に躊躇いを覚えない連中だったと思い出す。何かしら援助等の理由を付け、功績を横取りする算段でも付けていたのかもしれない。

 まあ、土地を与える気は無い。考えるだけ無駄だろう。

 だが不安なのは、妃が楽しそうにしていた事か。あの表情は何かをウキウキで企んでいる時のものだ。

 いつもの事とは言え、何の相談も無く企むのは心臓に悪いから止めて欲しい。

 残りの褒賞内容を詰めていると、真剣な表情をした宰相から面会依頼が来ていると報告される。


「?……面会依頼なのか。謁見依頼はいつもの事だが…何だ、他国からでも非公式に誰か来たのか」

「いえ、その……ユリア嬢です」

「………何?」

「面会依頼は、ユリア嬢からです」

(……………何故だ?)


 此れ迄ユリアは王家を避け、登城の際にも用が済み次第すぐに帰ろうとする程だった。まあその辺は妃が手を回してすぐには帰さなかったが……。

 つまり、何か火急の用件があると見て間違い無いだろう。

 だが其れならば、謁見依頼ではないのが少々腑に落ちない。他の面々に聞かれたくないという事なのだろうが…さて、どうしたものか……。


「今ある謁見依頼を全て1日ずらし……いや、延期したら煩いのがいたな。…ふむ、3日後くらいに捻じ込んで他はずらしてくれ」

「畏まりました。其れで、その……」

「ん?…他に何かあったのか?」

「いえ、そのユリア嬢からの面会依頼なのですが、実は連名になっておりまして……」

(連名だと?)

「誰だ?」

「其れが、ルースリーという聞いた事の―――」

「――何!?」


 まさか!……此処に来てルースリー様の名を聞く事になるとは思わなかった。

 思わず宰相の言葉を遮ってしまったが、今は其れどころでは無い。


「最優先でユリアとの面会を行う!他の者は全て後ろにずらせ!!」

「は?…宜しいので?」

「構わん!…煩い連中には適当に言って黙らせておけ」

「……それ程の存在なのですか?」

「思っている通りの方であれば、な………」


 本物かどうかは既に問題では無い。

 その名が出た時点で、会わないという選択肢が無い。僅かでも可能性があるのならば、無視はできない。

 ただ気になるのは、ユリアが何時、そして何故ルースリー様と共に在るのか?という疑問だ。まあ本物である場合は、という前提だが。

 兎に角、会わなければその真偽は定かではない。

 更に、1つ心配事がある。ルースリー様が精霊だという事だ。今、王家で精霊を見る事のできる者が全く居ない。


(仕方が無い、か……)


 本物である前提で行動しなければならない。

 ならば、リズィを呼び同席させるしか無いだろう。全てを話す事はできないが、最低限は説明しなくてはならない。

 時間が惜しい。


「急ぎ通達を。余人を排して面会を行う。特に煩い者には、王の権限で黙らせろ。其れから、魔学技工士長のリズィを呼んでくれ」

「……承知致しました」


 宰相は何か言いたげではあったものの、雰囲気から何かを察したのか言葉を呑み込んだ。

 さて、妃と一応はライデルにも話しておかねばなるまい。

 面会の結果によっては、今後の国の行く末をも左右する。

 頭の中がごちゃごちゃしている。本当に、ユリアと関わってから多忙を極めている気がするのは気の所為ではあるまい。しかし、今回の事で恨み言を言う訳にもいかない。

 寧ろ、王家の悲願が掛かっているのだから……………。


ブクマと評価、ありがとうございます。

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