救出………救助?
星が煌めくルースリャーヤ王国の夜空を、音速で飛行する。普通なら大騒ぎになる大きさのテュールは、精霊なので見える人は非常に少ない。その背に乗る私とティアは、高度の関係でやはり普通の人には見えない状況にある。
移動による風圧は、テュールのお陰で私達に影響は無い。
こんな状況でなければ、夜空と上空から見る景色を堪能できたかもしれない。
「テュール、もう少し左」
『あいよ』
軌道の修正を伝えながら、私は位置検出の魔具を常に確認する。
私の言葉はテュールが自分で拾ってくれている。だから呟き程度の声でも十分に伝わる。
「……もう少しで見えてくるわ」
『馬車が2台見えたよ。どうすんだい?』
「上空で待機していて、私は馬車の上に転移するから」
『気を付けるんだよ』
「ええ、ありがとう」
テュールの言った通り、2台の馬車が走っているのが見えた。
近付くと、先頭の馬車を牽いている馬が突然暴れ出す。その所為で後ろの馬車が急停止し、先頭の馬車は道を外れた。
「!?…何が起こったの?」
『……ほう、どうやら先頭を走っていた馬は外から来た馬のようだ』
「だから何?」
『説明は後さね。早く行った方が良いんじゃないかい?』
(そうだった)
「ごめん。行ってくる」
見つからないよう自身を透明化して転移する。
ルナリアさんが気絶しているからか、気配が良くわからない。馬車の構造も、中を確認し辛いように造られている所為でわからない。
(仕方ない…上を壊すか)
馬車の屋根接続部分を分解して切り取り、落下しないよう亜空間に仕舞う。
後続の馬車にルナリアさんは居ない。けれど、女の子が3人、どう見ても捕まっている―――手足を縛られ横になっている―――状態で発見した。
取り敢えず、状況は後で聞くとして女の子達も亜空間に入れる。御者は未だ気が付いていない。放っておくと、後々面倒になりそうなので酸素濃度を下げて意識を奪う。
先頭を走っていた馬車を探すと、街道を外れたまま突っ走っていた。
即座に屋根上に転移し、馬の様子を確認する。口から泡を含む大量の涎を垂れ流しながら、脇目も振らずに走って逃げているように見える。
(このままだとマズい……)
悪路を走っている所為で振動も酷く、車輪が先に壊れそうだ。
中に居るであろうルナリアさんにも影響が出ているかもしれない。
時折、中からルナリアさんのものではない悲鳴が聞こえてくる。
被害者か誘拐犯か、声だけでは判別がつかない。
(取り敢えず全員亜空間に放り込むか)
先程と同様に屋根を切り取り亜空間に仕舞う。
(――居た!!)
気を失っているルナリアさんを発見した。
此方は他に捕まっている子は居ないようだ。屋根が消失した事に気付いたようで、一緒に居た女性と男性が上を見て驚愕の表情をする。
「な、何だ!?」
「ちょっと、さっきから何が起きてんのよ!?」
透明化している私が見えない所為で、現状に理解が追い付いていないようだ。
――予定変更。
取り敢えずルナリアさんを亜空間に仕舞い、馬を馬車と切り離す。
慣性を残して走る馬車。馬が逃走した事でそのうち停まるだろう。
さて、この犯人っぽい人達をどうしたものか……。
先ず誰の手先かを確認しなければならない。この場だけの事とも思えないし、王都から態々北へ向かっているのも少し気になる。
「は?…商品が消えた!?」
「おい!何が起きてんだ?!」
「私が聞きたいわよ!!」
何か仲間割れが発生した。
いや、其れよりも……。
(は? … … しょ う ひ ん?)
その言葉を理解した瞬間、意識が飛んだ―――――
簡単な仕事の筈だった。
「ちょっ、馬が逃げてくわよ!?」
「知るか!一々俺に聞くんじゃねぇよ!!」
依頼内容は、商品の搬送。
この国では違法な奴隷の売買を、北の辺境で行う手筈となっていた。俺たちはその運搬を手伝うだけ。
商品は既に動けない―――意識を奪った上で縛り上げた―――状態で引き渡された。其れも、力の無い少女ばかりだから仮に逃げ出そうとしても俺にとっては問題無かった。
ただ1つ気になったのは、商品の中に身形が普通じゃない奴が居た事だ。恐らく貴族同士のいざこざで攫われた哀れな被害者なんだろう。
だが俺には金が必要だ。
例え汚れ仕事だろうが構わず受ける。
今回は割が良かった。
商品の調達は他の者がやり、俺達は只運ぶだけ。検問を行う門兵も買収済み。捕まる要素が何処にも無い。攫った事が騒ぎになったとしても、実際に攫った奴らと俺らの特徴は一切違う。
本当に楽勝で簡単な依頼。……そう、思っていたのに―――
「――マジで何なんだよこの状況!?」
急に馬が暴走し、悪路を走りやがった所為で体中が痛ぇ。
かと思えば、馬車の屋根が突然消える意味のわからん事態になっちまうし、何時の間にか馬は逃げるし、商品も消えてやがった!!
漸く馬車が停まって疲労困憊で外に出ると、もう1台の馬車は遠くで停車してやがった。何やってんだと御者の方を見ると倒れていやがる。
「……嘘だろ?」
「ねぇ、ちょっとあんた!今回の依頼は楽勝だって言ってなかった!?」
「喧しいわ!ちったぁ自分で考えやがれ!!俺だって混乱して―――」
「動くな」
「「――っ!!!??」」
それこそ突然だった。
急に目の前に現れた少女。その整った顔で、無表情に見つめられると背筋が凍る。
――こいつは本当に人間か?
そんな疑問が頭を過ぎりやがる。
何故なら、その少女が動くなと言った瞬間、俺と相棒は身動きが取れなくなったからだ。
――こいつはやべぇ。
本気でそう思ったのは、今の仕事を紹介してきた爺に会った時以来だ。……いや、目の前に居るこいつの方が何倍もやべぇ。
俺の本能が訴える。こいつには逆らうな、命が惜しければ黙って従えと……。
「な、何よアンタ!?」
(こいつ!!?)
――何考えてやがる!?
――こいつのヤバさがわかんねぇのかこのバカが!!
そう言いたいが、言って不興を買えばその時点で詰みだ。とても言えねぇ……。
「私の質問にのみ答えなさい」
「な―――――っ!!!??」
(あ?)
相棒の様子が可笑しい。いや、俺も何かが可笑しい。何がとは明確に言えないが、其れでも何かが起きている事くらいはわかる。
「っ!――っ!!?」
相棒が何かを言おうと口を開くが、何一つ言葉になっていない。
その事に気付いた俺は、全身の毛穴が開いた錯覚に陥った。冷汗がヤバい。
手段はわからん。
何時やられたのかもわからん。
何もわからん。
だが、どう思おうと逆らえない状況になったのは理解した……いや、させられた。逆らわないんじゃなく、逆らえないんだ。
この国では違法な隷属のサークレット。其れは、魔力登録を行った相手に逆らえないようにするものだと聞いた事がある。正しく今の状況が其れに近い。
「貴方達を雇ったのはだあれ?」
目の前の少女の皮を被った化け物が俺に目を合わせて聞いて来る。
――嘘は赦さない。
言外に、そう言われている気分になった。
無表情なのに…いや、無表情だからか感じる圧の強さ―――正直チビりそうだ。
雇い主の事は他言無用。……なのに、気付けば口が勝手に開いていた。
「雇い主は…ミーティア子爵令嬢だ」
「っ!!」
は?
俺は今何を言った?
相棒が騒いでいる……いや、騒ごうとしている気配がした。だがやはり動けず喋れないようだ。マジで意味がわからねぇ。
少なくとも俺は、言えないと言って嘘は言わず雇い主に逆らえないと伝えるつもりだったが、聞かれた事に答えていた。
――何が起きている?
混乱極まる事態に、俺の思考は纏まらなかった。
「貴女も?」
「――っ、そうよ……!?」
ああ…此れはダメだ。
理解できない。いったいどうなっているのか、打開する手段はあるのか、俺達はこの後一体どうなるのか誰か教えてくれ……。
相棒も、自分の意思とは関係なく喋った事に混乱し、続けて情報を引き出されている。
依頼主のミーティア子爵令嬢が誰と取引しているのか。
誘拐実行犯が誰で、どの組織が関わっているのか。
ミーティア子爵令嬢が懇意にしている貴族は誰がいるのか。
当然俺らが知らない情報もある。その際には口は開くが声が出ない。
自分の意思とは関係無く、勝手に体が動く事に気持ち悪さを覚える。
怖ぇ…さっき感じたのとは比較にならない程の恐怖を感じる。
段々と震えが強くなり始める体。汗も止まり、何も出なくなった。
動悸が激しくなってきやがった。ヤバい、意識が…もう……。
「これ、威圧を抑えよユリア」
俺が意識を失う直前、露出の多い美女が現れて何か喋っていた気がした―――――
「――ア、ユリア!!」
「……あぇ?」
「正気に戻ったかい」
気付けば、テュールが人の姿を取って私の右肩を掴んでいた。
私の目の前には、気を失って倒れた誘拐犯がいた。2人共漏らしている……。
「………私が?」
「うむ。主様の威圧に耐え切れなかったようじゃの」
「ティア……」
テュールの反対側にティアが陣取っていた。……威圧?
「威圧を出していたの?……私が?」
「そうさね、なかなかに強い威圧だったよ。一般人で耐えられる者はいないんじゃないかい?」
そう言われても、私は覚えていない。
どうやら、犯人の口から“商品”という言葉が聞こえてキレていたようだ。
冷静になると、段々先程のやり取りを思い出してきた。
無意識のうちにこの惨状を起こしたのは少々マズいかもしれない。
でも反省の前に……。
(さっきの話を紙に書き留めておかないと)
手持ちの紙に先程の会話を書き記す。
この2人は実行犯では無いだけで、犯人の一味である事に変わりはない。
小さくとも犯罪組織を囲っている事が判明したミーティア子爵令嬢。共犯とも言える付き合いの深い貴族が3人居るらしい。
この辺は公爵様に任せてしまおう。ミーティア子爵令嬢の顔を知らない私よりは、早めに対処してくれそうだ。
今書き記した紙と一緒に、この2人を引き渡して尋問にでも掛けてもらえれば、捜査に踏み切る理由には十分だと思う。
紙を仕舞い倒れている2人に目を向ける。
(汚い……)
亜空間に入れるなら関係は無いが、今の状態は生理的嫌悪感が出てしまい躊躇する。
「……洗いましょうか」
空気中の水分を集めて2人に水をぶっ掛ける。念の為何度か繰り返してから縛って亜空間に放り込む。
すると、終わった頃を見計らってテュールが話し掛けてきた。
「ユリアよ、すまんがあたしのお願いを聞いちゃくれんかね」
「?……何かあったの?」
改まった物言いに、私は少し警戒する。何か問題が起きたのかと……。
そして其れはある意味正解だった。
「この近くに棲んでおる精霊達の反応が弱々しい。様子を見に行きたいが、もし予想通りならばユリアの協力が必要なんだよ」
「一緒に行けば良いのね?」
「ああ、助かるよ」
再度元の姿に戻ったテュールに乗り、更に北へと移動する。
到着したのは辺境伯領の境界ぎりぎりの場所にある森だった。
『この辺だよ』
「探せば良いの?」
『いや、一ヵ所に集まっているようだ。このまま真直ぐ行けば見つかるよ』
「そう。なら行きましょうか」
促されるままに進む事数分。
目の前に現れたのは―――
「――っ、傷だらけじゃない」
初めてスーに会った時を思い出す。
あの時のスーも怪我を負っていた。結局、何にやられたのかは今も判っていない。
『魔力切れの症状だよ』
「え?」
『存在の維持が難しく、魔力を上手く取り込めない精霊―――主に幼年期に裂傷という形で発症するのさ』
目の前に存在する精霊の数は7匹。
そのどれもが幼くは見えない。でも、其れならあの時のスーは幼かったからあの状態になっていたという事だ。何かに害された訳では無かったらしい。
『この子達は無理をしたんだろうね。恐らく、この国に害意の有る者を追い返していた筈だよ。本来なら契約者から供給されて補う魔力が足りず、この状態になったのさ』
「だったら、魔力を供給すれば良いのね?」
『ああ、頼むよ』
私は頷き、目の前の精霊達に近付く。
私に気付いた精霊は、一瞬威嚇するものの、後ろのテュールに気が付いて大人しくなる。
精霊達は、イタチ・リス・ネズミ・シカ・フクロウ・ハト・オオカミに見える外見をしている。1匹ずつスーの時と同じように傷を癒す。
様子を見ていると、傷が塞がるのと同時に精霊の魔力が満たされていく。どうやら、私が治療に使っている魔力をそのまま吸収しているようだ。
全員を癒し終えると、元気が出た皆は私に擦り寄ってくる。
『皆お礼を言いたいようだよ』
鼻先や体でスリスリされているのは、感謝してくれていたようだ。
各種もふもふに纏わりつかれ、ちょっと癒される。
『ユリア、すまないが名前を付けてやってくれないかい』
「え?」
『この子達は、昔からこの地を守ってきた子達なんだよ。契約者がいなくなってからも頑張っていたようだが、自然に任せた魔力回復には限界があるんだよ。この子達が言うには、北の国から間諜が頻繁に来ていたそうでね。撃退するのに少し無理をしたようだ』
「私が契約して、魔力を供給するって事ね?」
『ああ。お願いばかりですまないね。…あたしは古き友にこの国を託されていたと言うのに、肝心の契約相手が長い事現れなくて寝てばかりだったからね。己の無力さを感じる悔しさは理解できるつもりだよ』
「……わかった」
精霊達に名付けの許可を貰い、1匹ずつ名前を付けていった。
イタチはイル、リスはリル、ネズミはネル、シカはシル、フクロウはフル、ハトはハル、オオカミはオルにした。……うん、我ながら安直な名付けだ。でも皆喜んでいるので許して欲しい。
「そう言えば、さっきの馬の話なんだけれど……」
『ん?…ああ、前にあたしの気配の話をしただろう』
「えーっと……あの、魔獣がテュールの気配を怖がって…って、まさか!?」
『そうさね、この国で生まれ育った動物はある程度あたしの気配に耐性ができるのさ。だから近付いた所で取り乱すような事は無い。だがね、外の動物にはその耐性が無い。そういう訳で、さっき錯乱して逃げ惑った馬は外の馬だと判断したのさ』
言われて納得する。
前に聞いた話だと、テュールが居るから王都より南側に獣が近付いて来ない。魔獣はもっと気配に敏感だから、この国だけでなく周辺諸国にも近寄らないといった感じの説明を受けていた。
でも馬車を牽く馬は、普通に南側の地域にも行き来している。
てっきり私は、この世界の馬には恐怖心が無いのだと誤解していた。
まあ、其れは其れとして……。
「其れじゃ、帰りましょうか」
『ありがとうよ』
「ふふっ、このくらいは大丈夫よ」
「むぅ、結局妾の出番が無かったのじゃ」
「まあまあ、次はティアにも手伝ってもらうから」
次の予定は無いが、やや落ち込んだティアを慰める為には嘘も方便だろう。
帰りはテュールに人型に変化してもらい、転移で一度寮の私室へ。
テュールとティアを置いてアクォラス公爵家へ戻ろうとした時、テュールがこう言った―――――
――国王に会わせて欲しい。
ブクマと評価、ありがとうございます。